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落ち切るまでに断ち切って
砂時計
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送っていくとごねる和博を、「たった一駅だし、そんなに気を遣うならもうここへは来ないよ?」と脅して踏み留まらせて、のんびりと駅までの道を歩く。
せめて駅までと泣きそうな顔をする和博に、「何でそんなに心配するの?」って思ってしまう私は酷い女だ。
こんなぼんやりした子、和博以外興味なんてもたないよ?
思うけど、言わない。
言っても「でも」とか「違う」とか言われちゃうだけだと分かってるから。
だったら余計なことは言わずにこの関係にピリオドを打つことを匂わせて黙らせる方がいい。
「せめてあと5分」
玄関先でギュッと抱きしめられて、耳元でそう声を落とされた時、世の中は5分間で回っているのかな?ってぼんやり思った。
だとしたらやっぱり和美の言った「5分以内に決断する」というのは大切なことかも知れない。
そんなことを考えながらコツコツとヒールの音を響かせながら歩いていたら、薄暗い路地の先、ぼんやりと明かりが灯っているのが目に入った。
路地の入り口にA型の立て看板が出ていて、『あんてぃーくしょっぷ幽現屋』とどこかゆらゆらした文字で書かれていた。
あんてぃーくしょっぷ、が平仮名なのは意図的?
そもそもこんな所にこんなお店、あったっけ?
和博の家を訪れるのは初めてじゃないのだから、気付いていたら記憶に残っているはずだ。
最近できたお店かな?
いつもならこんなに何かに惹かれることなんてない。
そのことが何だか不思議で、思わず吸い寄せられるように路地へ入っていた。
「いらっしゃいませ」
私に負けないぐらい長い髪を、サイドでゆるっと編み込みにした女性がお店の入り口にいて、路地に迷い込んできた私に声をかけてきた。
「お客様は今、5分間にとても縛られていらっしゃいますね?」
唐突にそんなことを言われて、私は驚いてしまう。
「あの、ここ……」
“あんてぃーくしょっぷ”と書かれていたけれど、あれが平仮名だったのは実はそこも含めて「占いの館」の屋号だったりしたの?
ふとそんなことを考えた私に、女主人はクスッと笑うと
「外の看板にありましたように、アンティークショップです。……他所様にはないような面白い古物を取り揃えてございます」
そう言って店の中へと誘った。
私は彼女の不思議な雰囲気に押されるように店内へ足を踏み入れる。
「申し遅れました。わたくし、ここの店主をしております久遠桜子と申します」
年齢は三十路に至るか至らないかぐらいだろうか。
とても綺麗な人だった。
彼女に名乗られた私は、思わずそれにつられるように「森原です」と名乗ってしまってから、お店で自己紹介はおかしかったと赤面する。
「大丈夫です。ここは物とお客様との縁を結ぶお店ですので、お客様のお名前は結構重要なのです」
婉然と笑って、「下のお名前もお伺いしても?」と畳み掛けられた。
そういえば彼女もフルネームを名乗っていたな、と思った私は「森原、美代子です」と半ば誘導されるようにぼんやり答えてしまっていた。
「森原様、最近5分間にやたらと縛られていませんか?」
さっき、店外で言われたのと同じ言葉をもう一度繰り返されて、私はドキッとする。
「どうして……そんなこと……」
分かるんですか?という言葉は寸でで飲み込んだ。
「森原様がいらっしゃる少し前から、“これ”が次は自分の番だからと騒ぎまして」
言われて目の前に置かれたのは、ペリドットの粉が中に詰まっている様な、綺麗な緑色の砂をたたえた砂時計で。流線型のラインがとても美しかった。
砂時計というと普通どちらかのフラスコ状のガラス容器を下にする形で置かれていることが多いと思うのに、これは何故か横向きに寝かされていて。
それが前提であるかのように、フラスコ状の底辺一部に転がらないための平らな凹みが設けられていた。
「砂時計?」
つぶやいたら「はい。5分計です」と返る。
5分――。
ああ、これを売りたいからこの人はあんなことを。
そう思ったけれど、久遠さんは「お代は結構ですので、この子とほんの少しの間一緒に過ごされてみませんか?」と仰って。
「あの、でも……」
お金を受け取らなければ商売にならないのでは?
そう思うのに、何故かそれが聞けなくて。
「うちの骨董たちに選ばれたお客様は特別です。いつもこうではありませんのでお気になさらず――」
言って、私の方へ砂時計をほんの少し押すようにして近づけると、「必要ないと思われたらいつでもお引き取りいたしますので」と微笑まれた。
その砂時計は見れば見るほど何故か持ち帰りたいという気持ちが膨らんでくる。
「本当にいいんですか? あの、代わりに何か……」
つぶやくようにそう言ったら、「でしたら、そちらを」と、和博に初めてプレゼントされた例のペリドットのフック式ピアスを指さされた。
「でもこれは……」
言いかけて、そんなに大事なもの?と改めて考えたらそうではない気がしてきて。
私は少し迷ってからそれを外すと、「使い古したものですが、大丈夫ですか?」と久遠さんに手渡していた。
「問題ありません。大事にお預かりしますね。もしその子が必要なくなったらまたこちらと交換と言うことで」
言われて、私は少し肩の荷が降りた気がした。
もしも和博にどうしても納得がいかないと言われてしまったら、その時は交換してもらおう。
そう思って。
久遠さんは私の言葉を聞くと砂時計を緩衝材でクルクルと丁寧に包んでから、紐の持ち手がついた小さな紙袋に入れてくださった。
「どうぞ」
手渡された砂時計を受け取る私に、久遠さんが「最後にひとつだけ宜しいですか?」と声を低めた。
せめて駅までと泣きそうな顔をする和博に、「何でそんなに心配するの?」って思ってしまう私は酷い女だ。
こんなぼんやりした子、和博以外興味なんてもたないよ?
思うけど、言わない。
言っても「でも」とか「違う」とか言われちゃうだけだと分かってるから。
だったら余計なことは言わずにこの関係にピリオドを打つことを匂わせて黙らせる方がいい。
「せめてあと5分」
玄関先でギュッと抱きしめられて、耳元でそう声を落とされた時、世の中は5分間で回っているのかな?ってぼんやり思った。
だとしたらやっぱり和美の言った「5分以内に決断する」というのは大切なことかも知れない。
そんなことを考えながらコツコツとヒールの音を響かせながら歩いていたら、薄暗い路地の先、ぼんやりと明かりが灯っているのが目に入った。
路地の入り口にA型の立て看板が出ていて、『あんてぃーくしょっぷ幽現屋』とどこかゆらゆらした文字で書かれていた。
あんてぃーくしょっぷ、が平仮名なのは意図的?
そもそもこんな所にこんなお店、あったっけ?
和博の家を訪れるのは初めてじゃないのだから、気付いていたら記憶に残っているはずだ。
最近できたお店かな?
いつもならこんなに何かに惹かれることなんてない。
そのことが何だか不思議で、思わず吸い寄せられるように路地へ入っていた。
「いらっしゃいませ」
私に負けないぐらい長い髪を、サイドでゆるっと編み込みにした女性がお店の入り口にいて、路地に迷い込んできた私に声をかけてきた。
「お客様は今、5分間にとても縛られていらっしゃいますね?」
唐突にそんなことを言われて、私は驚いてしまう。
「あの、ここ……」
“あんてぃーくしょっぷ”と書かれていたけれど、あれが平仮名だったのは実はそこも含めて「占いの館」の屋号だったりしたの?
ふとそんなことを考えた私に、女主人はクスッと笑うと
「外の看板にありましたように、アンティークショップです。……他所様にはないような面白い古物を取り揃えてございます」
そう言って店の中へと誘った。
私は彼女の不思議な雰囲気に押されるように店内へ足を踏み入れる。
「申し遅れました。わたくし、ここの店主をしております久遠桜子と申します」
年齢は三十路に至るか至らないかぐらいだろうか。
とても綺麗な人だった。
彼女に名乗られた私は、思わずそれにつられるように「森原です」と名乗ってしまってから、お店で自己紹介はおかしかったと赤面する。
「大丈夫です。ここは物とお客様との縁を結ぶお店ですので、お客様のお名前は結構重要なのです」
婉然と笑って、「下のお名前もお伺いしても?」と畳み掛けられた。
そういえば彼女もフルネームを名乗っていたな、と思った私は「森原、美代子です」と半ば誘導されるようにぼんやり答えてしまっていた。
「森原様、最近5分間にやたらと縛られていませんか?」
さっき、店外で言われたのと同じ言葉をもう一度繰り返されて、私はドキッとする。
「どうして……そんなこと……」
分かるんですか?という言葉は寸でで飲み込んだ。
「森原様がいらっしゃる少し前から、“これ”が次は自分の番だからと騒ぎまして」
言われて目の前に置かれたのは、ペリドットの粉が中に詰まっている様な、綺麗な緑色の砂をたたえた砂時計で。流線型のラインがとても美しかった。
砂時計というと普通どちらかのフラスコ状のガラス容器を下にする形で置かれていることが多いと思うのに、これは何故か横向きに寝かされていて。
それが前提であるかのように、フラスコ状の底辺一部に転がらないための平らな凹みが設けられていた。
「砂時計?」
つぶやいたら「はい。5分計です」と返る。
5分――。
ああ、これを売りたいからこの人はあんなことを。
そう思ったけれど、久遠さんは「お代は結構ですので、この子とほんの少しの間一緒に過ごされてみませんか?」と仰って。
「あの、でも……」
お金を受け取らなければ商売にならないのでは?
そう思うのに、何故かそれが聞けなくて。
「うちの骨董たちに選ばれたお客様は特別です。いつもこうではありませんのでお気になさらず――」
言って、私の方へ砂時計をほんの少し押すようにして近づけると、「必要ないと思われたらいつでもお引き取りいたしますので」と微笑まれた。
その砂時計は見れば見るほど何故か持ち帰りたいという気持ちが膨らんでくる。
「本当にいいんですか? あの、代わりに何か……」
つぶやくようにそう言ったら、「でしたら、そちらを」と、和博に初めてプレゼントされた例のペリドットのフック式ピアスを指さされた。
「でもこれは……」
言いかけて、そんなに大事なもの?と改めて考えたらそうではない気がしてきて。
私は少し迷ってからそれを外すと、「使い古したものですが、大丈夫ですか?」と久遠さんに手渡していた。
「問題ありません。大事にお預かりしますね。もしその子が必要なくなったらまたこちらと交換と言うことで」
言われて、私は少し肩の荷が降りた気がした。
もしも和博にどうしても納得がいかないと言われてしまったら、その時は交換してもらおう。
そう思って。
久遠さんは私の言葉を聞くと砂時計を緩衝材でクルクルと丁寧に包んでから、紐の持ち手がついた小さな紙袋に入れてくださった。
「どうぞ」
手渡された砂時計を受け取る私に、久遠さんが「最後にひとつだけ宜しいですか?」と声を低めた。
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