アンティークショップ幽現屋

鷹槻れん(鷹槻うなの)

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或いは誘蛾灯のような

禁忌

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 僕はアパートに着くと、早速いま持ち帰ったばかりのランプを取り出した。

 散らかったテーブルの上を片付けて、ど真ん中に置く。

 そうしておいて、棚から百円ライターを取ってきたものの、火をつけられずに躊躇ちゅうちょした。

 窓を開けていても蒸し暑い六畳一間のアパートの中、うなじを汗が伝い落ち、背中に抜けてTシャツに染み込む。
 汗で身体に張り付いた服が気持ち悪かった。

 ランプを前にして、久遠くおんさんが帰り際に声の調子を変えて付け加えた、「但し、これだけは守ってくださいね」という注意事項が、ぐるぐると頭の中を回る。

 ――いいですか? 決して真っ暗闇でこのランプに火を入れてはいけません。

 ランプなのに暗闇で使ってはいけないというその文言もんごんはとても異様で。僕は戸惑い、そして恐ろしく感じ、それを使うことに躊躇ためらいを覚える。

 でも、このランプを目にしたときの、何とも形容しがたい気持ち。僕はその感情にあらががたく、不安に思いながらもそれを持ち帰ってしまったのだ。

 ――ルールさえ守っていれば、なんにも恐れることはありません。

 僕の記憶の中で、丁寧に包んだランプとオイルが入った袋を手渡しながら、久遠さんが嫣然えんぜんと微笑んだ。


 ひたいから汗が伝い、ほほすべってあごからズボンにポタリと落ちる。
 暑い……。
 暑すぎる……。

 外を歩いて帰ってきたこともあって、僕の思考回路は熱で段々麻痺してきていた。

(ええい、ままよ……!)

 僕は部屋の明かりをつけたまま、ランプに手を伸ばし――お店で彼女が見せてくれた通りの手順でそれに火を灯した。

 途端、部屋の中がひんやりとした冷気で満たされる。

「あぁ……涼しい……」
 思わず嘆息とともにそんな言葉を吐き出しながら、どうしてこれを使うとこんなに涼しくなるんだろう?と考える。

 電気を切ったらその答えが分かるんだろうか?

 人間、禁忌タブーだと言われたことは破りたくなってしまう生き物だ。

 僕は、ゴクリ……と生唾を飲み込んだ。

 おもむろに立ち上がって電気のスイッチの引き紐に手を伸ばす。

 たとえ電気を切ったところで、テーブルの上には例のランプがある。
 真っ暗闇になることだけはないだろう。

 引き紐を引く、カチン、カチン、カチン……という乾いた音が三回して、段階的に照明は明度を落としていき、やがて……切れる。

 僕は真っ暗闇の中、テーブルの上でほのかな明かりを広げるランプを見て、ホッとする。

「何だ、何も起こらないじゃないか」
 そうつぶやいて視線を上げた僕は――。

 壁や天井を突き抜けて部屋に入ってくる、透き通った人々の群れを見て愕然がくぜんとする。

「ヒッ……!」

 余りに恐怖が大きいと、悲鳴も上がらないのか。

 僕はガクリとその場に崩折くずおれた。いや、正確には腰を抜かした。
 電気をつけたくとも、立ち上がれなくては、引き紐に手が届かない。

 彼らは、テーブルの上で炎を揺らし続けている、例のランプの明かりに引き寄せられているらしく、次から次に部屋へ入ってきた。

 その様は、まるで誘蛾灯ゆうがとうに引き寄せられる羽虫はむしのごとく、止めがなくて――。

 どんどん引き寄せられる霊たちの群れに、僕の部屋は徐々に幽界ゆうかいの者たちで満たされていく。

 物凄い数の霊たちが作り出す人ごみに囲まれて、僕は今度こそ身体の芯から深々しんしんと冷気に包まれて行くのを感じていた。



   『或いは誘蛾灯のような』了(2019.8.23)
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