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(18)すべての真実
ゆるゆる毛玉キャラ
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「あ、あの……萌風先生の自画像ってホントに信武さんが……?」
何の気なしにつぶやいた日和美へ、信武が緑茶飲み比べセットの箱を手に取ると、その内側にサラサラッと見慣れたゆるゆる毛玉キャラを描き上げてしまう。
それを見て、萌風もふ先生はやはり目の前にいる信武なんだと妙に納得させられてしまった日和美だ。
「『犬姫』も版元がつぶれちまって長いこと宙ぶらりんだったのを玄武が権利を買い取ってな。電子書籍版でのみ出し直したんだが……そん時に著者近影もこのイラストへ差し替えた。日和美が倒産した出版社から出てた文庫版を持ってんのはいつももらってるファンレターで知ってたから……お前と接点を持った時点で茉莉奈が萌風の顔だってことはバレちまうだろうな?とは思っちゃいたんだよ」
喫茶店で、茉莉奈から社に届いたファンレターや、社屋内に保管していた『ゆらたう』の初版本を受け取っている所を目撃されたのは想定外だったが、信武と一緒にいれば、いずれ日和美が茉莉奈と鉢合わせすることは十分予想できることだった。
そうなったとき日和美に萌風もふのこと、茉莉奈との関係性などをどこまで話すかずっと迷っていた信武だ。
結果、揺れている間はどうとでも言い訳が立つよう、茉莉奈が萌風もふ本人で、自分とは別人であるかのように日和美に話していたのだけれど――。
喫茶店で茉莉奈と打ち合わせをしていたところを見られ、否応なく日和美に拒絶された傷が癒え切らないままに今日のサイン会。
日和美に茉莉奈といる所を再び目撃されてしまった信武は、彼女の傷ついた表情を見て、全てを話さずにいることのリスクを思い知らされた気がして。
日和美が手にしていた本を引っ手繰るようにしてサインとメッセージを認めた時には、信武の心は日和美に何もかも包み隠さず打ち明ける方へ定まっていた。
***
「あ、あの……ごめんなさい、信武さん。もしかして……貴方にとって萌風先生であることはその、トップシークレットだったんじゃないんですか?」
期せずしてそれを暴くみたいになってしまったと気に病んでいる様子の日和美を、信武は「バーカ」とねぎらった。
「俺が本気で秘密にしてぇと思ったら、お前を丸め込む嘘なんざいくらでも思い付けるんだよ」
「えっ?」
「なぁ、忘れちまったの? 俺はプロの作家なんだけど。虚構の世界を作り出すのなんて朝飯前だと思わねぇ?」
実際嘘を嘘で塗り固めて自分が萌風もふであることを隠すことは、小説のプロットを練る作業に似て、やろうと思えば造作もないことだったはずだ。
だが、信武がそうしたくなかったのだから仕方がないではないか。
***
「――そう言えば信武さん。記憶が戻られた日に持ってらしたオフィスラブものがあったじゃないですか。あれって……」
「ああ、これのことだろ?」
日和美の視線がカウンターの端に置いたままにしていた文庫本に移ったのを確認して、信武は日和美から離れるとそれを手に取った。
何の気なしにつぶやいた日和美へ、信武が緑茶飲み比べセットの箱を手に取ると、その内側にサラサラッと見慣れたゆるゆる毛玉キャラを描き上げてしまう。
それを見て、萌風もふ先生はやはり目の前にいる信武なんだと妙に納得させられてしまった日和美だ。
「『犬姫』も版元がつぶれちまって長いこと宙ぶらりんだったのを玄武が権利を買い取ってな。電子書籍版でのみ出し直したんだが……そん時に著者近影もこのイラストへ差し替えた。日和美が倒産した出版社から出てた文庫版を持ってんのはいつももらってるファンレターで知ってたから……お前と接点を持った時点で茉莉奈が萌風の顔だってことはバレちまうだろうな?とは思っちゃいたんだよ」
喫茶店で、茉莉奈から社に届いたファンレターや、社屋内に保管していた『ゆらたう』の初版本を受け取っている所を目撃されたのは想定外だったが、信武と一緒にいれば、いずれ日和美が茉莉奈と鉢合わせすることは十分予想できることだった。
そうなったとき日和美に萌風もふのこと、茉莉奈との関係性などをどこまで話すかずっと迷っていた信武だ。
結果、揺れている間はどうとでも言い訳が立つよう、茉莉奈が萌風もふ本人で、自分とは別人であるかのように日和美に話していたのだけれど――。
喫茶店で茉莉奈と打ち合わせをしていたところを見られ、否応なく日和美に拒絶された傷が癒え切らないままに今日のサイン会。
日和美に茉莉奈といる所を再び目撃されてしまった信武は、彼女の傷ついた表情を見て、全てを話さずにいることのリスクを思い知らされた気がして。
日和美が手にしていた本を引っ手繰るようにしてサインとメッセージを認めた時には、信武の心は日和美に何もかも包み隠さず打ち明ける方へ定まっていた。
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「あ、あの……ごめんなさい、信武さん。もしかして……貴方にとって萌風先生であることはその、トップシークレットだったんじゃないんですか?」
期せずしてそれを暴くみたいになってしまったと気に病んでいる様子の日和美を、信武は「バーカ」とねぎらった。
「俺が本気で秘密にしてぇと思ったら、お前を丸め込む嘘なんざいくらでも思い付けるんだよ」
「えっ?」
「なぁ、忘れちまったの? 俺はプロの作家なんだけど。虚構の世界を作り出すのなんて朝飯前だと思わねぇ?」
実際嘘を嘘で塗り固めて自分が萌風もふであることを隠すことは、小説のプロットを練る作業に似て、やろうと思えば造作もないことだったはずだ。
だが、信武がそうしたくなかったのだから仕方がないではないか。
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「――そう言えば信武さん。記憶が戻られた日に持ってらしたオフィスラブものがあったじゃないですか。あれって……」
「ああ、これのことだろ?」
日和美の視線がカウンターの端に置いたままにしていた文庫本に移ったのを確認して、信武は日和美から離れるとそれを手に取った。
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