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(18)すべての真実
さまざまな秘密
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故意ではなかったとは言え、作家デビューをして初めて。雑誌の連載を落とし、発売間近だった単行本の原稿締め切りさえも脅かしたのはまぎれもない事実だ。
信武はその点について弁明する余地なんてないことを自分でも分かっていたから。
要らないことは一切言わず、茉莉奈にそう約束した。
茉莉奈は信武の決意を汲んでくれたのか、ほぅっと吐息を落とすと、差し出したままにしていた信武の手に、勝手に預かっていたこの部屋の鍵を握らせてくれた。
***
「――ところで信武。例の新作なんだけど……前に渡したの、役に立ちそう?」
気持ちを切り替えたように声のトーンを変えて聞かれて、「ああ」と答えた信武は、机上に置かれた文庫本へ視線を流す。
あれについてもまだ日和美にしっかり説明できていなかったし、今日マンションへ彼女を招いたら、そこも含めてちゃんと説明しなきゃな、と思って。
そもそも沢山言わなきゃいけないことがあり過ぎて、何からどう話すのがベストなのかと考えたら、ちょっぴり頭が痛くなった信武だ。
「――ねぇ信武。その様子だと……もしかして私たちの関係も含めて全部あの子に話すつもりでいる?」
信武が眉根を寄せて黙り込んだのを見て、茉莉奈が心配そうに問いかけてくるから。
信武は「ああ、そのつもりだ」と答えた。
茉莉奈は信武の返答に吐息を落とすと、「信武がいいんなら私は止めないけど……。でも、他には絶対漏らさないって約束はしてもらって? でないと、ふたりで長いことかけて作り上げてきた貴方の作家像が崩れちゃう」と釘を刺してくる。
そんなことは信武だって百も承知だ。
そもそも――。
茉莉奈との秘密を打ち明けたら、日和美にだって少なからずショックを与えることは否めない。
だけど――そんなリスクを冒してでも、日和美に隠し事をするのはもう嫌だと思ってしまったのだから、仕方がないではないか。
***
信武から家で待つように言われた日和美は、モヤモヤとした気持ちを抱えたままアパートへ戻ってきた。
信武がアパートへいる時には何だかんだで進まなかった読書が、信武に会えない日々が続いて捗ったのは悲しい不可抗力だ。
本人が目の前にいると思うと、どうしても気恥ずかしくて職場で読み進めていた『ある茶葉店店主の淫らな劣情』はそれゆえに読むのに結構時間が掛かってしまった。
他に積んでいた本数冊も、信武が帰って来られなくなってからは家でゆっくり読む時間が取れて早々に読了することができた。
その中の一冊。
信武には何となく言いそびれていたけれど、多賀谷が言っていた、サイン会の抽選券付き新刊『誘いかける蜜口』も、随分前には購入していた日和美だ。
立神信武の著書には茶葉店の話で初めて触れたはずなのに、何故かとても読みやすく懐かしい感じがして。
積読していた蜜口も、機会に恵まれた途端あっという間に読み終えてしまっていた。
信武はその点について弁明する余地なんてないことを自分でも分かっていたから。
要らないことは一切言わず、茉莉奈にそう約束した。
茉莉奈は信武の決意を汲んでくれたのか、ほぅっと吐息を落とすと、差し出したままにしていた信武の手に、勝手に預かっていたこの部屋の鍵を握らせてくれた。
***
「――ところで信武。例の新作なんだけど……前に渡したの、役に立ちそう?」
気持ちを切り替えたように声のトーンを変えて聞かれて、「ああ」と答えた信武は、机上に置かれた文庫本へ視線を流す。
あれについてもまだ日和美にしっかり説明できていなかったし、今日マンションへ彼女を招いたら、そこも含めてちゃんと説明しなきゃな、と思って。
そもそも沢山言わなきゃいけないことがあり過ぎて、何からどう話すのがベストなのかと考えたら、ちょっぴり頭が痛くなった信武だ。
「――ねぇ信武。その様子だと……もしかして私たちの関係も含めて全部あの子に話すつもりでいる?」
信武が眉根を寄せて黙り込んだのを見て、茉莉奈が心配そうに問いかけてくるから。
信武は「ああ、そのつもりだ」と答えた。
茉莉奈は信武の返答に吐息を落とすと、「信武がいいんなら私は止めないけど……。でも、他には絶対漏らさないって約束はしてもらって? でないと、ふたりで長いことかけて作り上げてきた貴方の作家像が崩れちゃう」と釘を刺してくる。
そんなことは信武だって百も承知だ。
そもそも――。
茉莉奈との秘密を打ち明けたら、日和美にだって少なからずショックを与えることは否めない。
だけど――そんなリスクを冒してでも、日和美に隠し事をするのはもう嫌だと思ってしまったのだから、仕方がないではないか。
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信武から家で待つように言われた日和美は、モヤモヤとした気持ちを抱えたままアパートへ戻ってきた。
信武がアパートへいる時には何だかんだで進まなかった読書が、信武に会えない日々が続いて捗ったのは悲しい不可抗力だ。
本人が目の前にいると思うと、どうしても気恥ずかしくて職場で読み進めていた『ある茶葉店店主の淫らな劣情』はそれゆえに読むのに結構時間が掛かってしまった。
他に積んでいた本数冊も、信武が帰って来られなくなってからは家でゆっくり読む時間が取れて早々に読了することができた。
その中の一冊。
信武には何となく言いそびれていたけれど、多賀谷が言っていた、サイン会の抽選券付き新刊『誘いかける蜜口』も、随分前には購入していた日和美だ。
立神信武の著書には茶葉店の話で初めて触れたはずなのに、何故かとても読みやすく懐かしい感じがして。
積読していた蜜口も、機会に恵まれた途端あっという間に読み終えてしまっていた。
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