【完結】【R18】オトメは温和に愛されたい

鷹槻れん(鷹槻うなの)

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■あなたが結んでくれるから/気まぐれ書き下ろし短編

音芽を繋ぎとめてくれるのは

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 ウエストポーチに入れて腰に巻いたスマートフォンが、着信を伝える電子音とともにブーブーと振動を伝えてきた。

 この着信音はただ一人。温和はるまさのために設定してある曲だ。

 音芽おとめははやる気持ちを抑えながら、いそいそとファスナーを開けて携帯を手に取って。

「――もしもし?」

 震える声を懸命に押さえながら通話に応じた。

『音芽か? 今、何してる?』

 通話口。
 大好きな温和はるまさの低く柔らかな声が鼓膜を甘やかに揺らすから。
 音芽は彼に会いたくてたまらなくなる。

「私、今……ウォーキングしてて……それで」

 言ったら、『晩飯はちゃんと食ったんだろうな?』と畳みかけられた。

「うん。お兄ちゃんが来て……」

『あまみやの弁当、美味かっただろ』

 奏芽かなめから聞いたのだろうか。
 夕飯が『あまみや』の弁当だったことを言い当てて、ククッと温和はるまさが嬉しそうに笑うから。
 音芽はギュッと携帯を握りしめた。

「うん。おかずね、私がいつもお店に行って注文するのばっかり入ってた」

『そりゃあそうだろ。俺が選んだんだから』

「え?」

 何でもないことのように言われて、音芽は一瞬頭が追い付かなくて。

「あの……、お弁当、お兄ちゃんが注文したんじゃないの?」

 恐る恐る聞いたら『バァーカ。んなわけあるか。奏芽には受け取りと配達を頼んだだけだ』って、嘘でしょ?

 礼は、奏芽にも音芽のと同じ弁当をボリューム増し増しでおごることだったらしい。

「あの、でも……お兄ちゃんそんなこと一言も……」

『言われなくても分かれよ』

 そこで声を一段と低めた温和はるまさが、『離れてても俺が、お前のこと、どんだけ想ってんのか』と続けてきて。

 音芽はぶわりと涙がこみ上げてしまう。

温和はるまさっ。私、温和はるまさが傍にいてくれなくて……すっごくすっごく寂しい」

 それは、朝温和はるまさに言えなかった本音。

『ああ、俺もだ。今すぐにでも飛んで帰ってお前を腹ン中の赤ん坊ごと抱き締めてぇわ』

 温和はるまさ音芽おとめの妊娠が分かってからずっと。
 音芽に触れてくれても最後までしてくれたことはない。
 まるで口癖のように『抱きたい』とこぼす癖に、実際にはそういうことをするのを自制している。
 妊娠していても夫婦生活を営めないわけではないと医者からは言われているのだけれど、それでもやっぱり何かあったらと思うと怖いらしい。
 身体に触れるのだって、乳首を刺激するのは子宮の収縮を促すことに繋がると知ってからは、そこを避けるようになった。

 音芽としてはもっともっと温和はるまさに求められたいし、触れられたいのだけれど、怖いと思う彼の気持ちだって分かるから。

 音芽が変に頑張り屋さんな所も、やり過ぎの見極めを難しくしていけないのだと言われてしまっては、なかなか自分から〝したい〟とも言い出せなくて。

 そういえばさっき、奏芽かなめからも頑張り過ぎてないかと心配されたばかりだ。

 少しずつでもワガママにも思える本音を披露するのは、案外音芽おとめにとって大事なことなのかもしれない。



「それにね、靴紐も……温和はるまさが居ないとちゃんと結べないの。結んでも結んでもちょっと歩いただけで解けちゃって全然ダメなの」

 今だってそう。

 いつだって、音芽をしっかり繋ぎとめてくれるのは、温和はるまさだけなのだ。

『俺が結んだの、解いたのか?』

 音芽の言葉に、温和はるまさが小さく吐息を落として。
 音芽は言い訳するみたいに一生懸命言い募った。

「ごめんなさい。だけどね、夕方に歩こうと思ったら足が浮腫むくんでて結んだままじゃ入らなかったから……それで」

 何の気なしに答えたら、すぐさま『バカッ! だったら今日はもう歩くのやめて家に帰れ。それ、身体を休めとけってサインだろーが』と叱られてしまう。

 確かに言われてみればその通りで。

「ごめんなさい」

 小さくつぶやくように謝ったら、電話の向こうで温和はるまさが心底心配そうに声音を落として。
 次いで『頼むから俺の目の届かねぇところであんまり心配かけてくれるな』とねだる様に懇願された。

 音芽は素直に「はい」と答えると、くるりと向きを変えた。

 温和はるまさの言いつけを守って、家に帰るために。
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