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■あなたが結んでくれるから/気まぐれ書き下ろし短編

なぁ、音芽ホントお前実家に

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「んなこたぁ言われなくても分かってんだよ。だからジレンマなんだろうが!」

 言ってグイッと音芽の顔を上向けると、有無を言わせず唇を塞いだ。

「んっ、ぁ、は、るまさぁ……」

 途端トロンととろけた甘え声が音芽の口を割って。

 (あー、クソッ! 今すぐ抱きてぇー)と思った温和はるまさだったけれど、さすがに時間がないから諦めるしかない。


「じゃあ、行ってくる。――なぁ、音芽ホントお前実家に」

 往生際悪く言いつのろうとした温和はるまさだったけれど、音芽にフルフルと首を横に振られて。こいつ、変な所でやたら強情だったっけ、と痛感させられた。


***


 大好きな温和はるまさが出張に出て行ってしまって家に取り残された音芽おとめは一人、玄関先にペタンと座り込んで寂しさに瞳を潤ませた。

温和はるまさぁ。ついて来ていいぞとは言ってくれないのね」

 出張で、ましてや移動先では朝から夕方までみっちりと研修のカリキュラムが組まれているのだからついて行った所でホテルに一人取り残されるのは分かっている。

 でも――。

 夜は一緒に眠れると思うと、こんな風に家に一人取り残されるよりはよっぽどマシだとも思ってしまう。

 温和はるまさからは「移動先じゃ、何かあった時に困んだろ!」と言われて、音芽の要望は却下されている。

 妊娠中だし、出先で何かあったら困ると言う温和はるまさの言い分は嫌と言うほど分かっているつもりだ。

 でも、それでも――。
 音芽はやっぱり温和はるまさと離れるのは寂しくて。

 留守中は実家に戻っておけと言われたのをかたくなに拒んだのは、せめてもの意趣返し。
 ちょっとぐらい気持ちを汲んでくれても良かったのに、と思ってしまった。

 それに……やっぱり温和はるまさの気配を感じられない実家にいるより、例え一人ぼっちでも彼の気配をそこかしこに感じるここにいた方がいい。

 音芽おとめは小さく吐息を落とすと、母子手帳をもらってすぐに新調したスニーカーを手元へ引き寄せた。

 温和はるまさはいないけれど、洗濯物などを干して一息ついたら気晴らしに歩きに出よう。

 そう決意した。


***


「あーん、駄目。さすがに遅くなり過ぎちゃった」

 お盆は過ぎたけれど、まだまだ残暑厳しい八月の後半。最高気温だって、下手をすると三十度を超える日だってざらだ。

 妊娠十七週の半ばを過ぎた音芽のお腹は、ほんの少し目立ち始めたところ。

 少しずつお腹が重くなってきた分、普通の人よりも疲れやすいし、暑さにも弱い。
 加えて音芽は小柄だから、大柄な女性より比率的に抱えているお腹の大きさの負荷が大きくなる。

「暑……」

 今朝は温和はるまさの出張の支度などで早朝ウォーキングに行けていなかったので、彼を送り出してから一人で気分転換も兼ねて歩こうと思っていた音芽だったけれど、さすがに日が昇り切ってしまった八時半過ぎともなると、気温もぐんぐん上がり始めていて。
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