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■あなたが結んでくれるから/気まぐれ書き下ろし短編

スニーカーを新調しました

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「ねぇ、見て見て温和はるまさ。この前買ってもいい?って聞いたウォーキング用シューズが届いたの」

 霧島きりしま温和はるまさの妻・音芽おとめは、ただいま第一子を絶賛妊娠中。

 先日心拍が確認出来、保健センターで母子手帳を交付してもらったばかり。

 体質のお陰か、幸い今のところつわりなども殆どなく、快適な妊婦生活を送らせてもらっている。

「スニーカー? お前、靴紐結ぶの、苦手じゃなかったっけ?」

 妻の声に、温和はるまさが音芽が手にした箱を見て怪訝けげんそうな声を出す。

「俺、てっきりスリッポンみたいな紐なしシューズか、マジックテープで開け閉めするような運動靴にしたんだとばかり思ってたんだけど?」

 続けて、音芽にとってすっごく痛い所を突いてきた。

 幼なじみの二人は、ある意味お互いのことを知り尽くしている。

 特に音芽の二つ上の兄・奏芽かなめと腐れ縁の温和はるまさは、奏芽の妹である音芽のことを、結構幼い段階で好きになっていたから。ともすると実兄の奏芽以上に気に掛けていたかも知れない。
 だから、兄目線で何の気なしにそう指摘したのだけれど。

「にっ、苦手だけどっ。む、結べないわけじゃないもん!」

 音芽はソワソワと視線を彷徨さまよわせながら、箱の中からカーキ色のスニーカーを取り出した。

 靴紐は途中までシューレースホールに通してあったけれど、半ばまで。上の方はフリーのままだった。

 音芽はそれを見て「うっ」と思わず声に出してひるんでしまう。

 温和はるまさはそれを見て小さく吐息を落とすと、スッと音芽の方に手を差し出した。

「貸せ。やってやる」

「……いいの?」

 元よりそのつもりだった癖に、変に意地を張ってしまったから素直に「お願いします」が出来なくて、音芽おとめうかがうように温和はるまさを見遣った。

「いいも何も……。お前の世話は俺の趣味だからな」

 ククッと笑う温和はるまさに、音芽は心の中、子供の頃みたいに(あ、今の、ハルにいの顔だ)と懐かしい呼び名とともにそんなことを思った。


***


 温和はるまさはシューレースホールから一旦紐を全部抜き取ると、器用に「パラレル」と呼ばれる一般的な通し方で穴にスルスルと通し直していく。

「この通し方が一番足に負荷が掛かんねえからな」

 音芽にはよく分からないけれど、靴紐の通し方で緩みやすい、とか足に掛かる負担が少ないとか色々あるらしい。

 ハイカットスニーカーなどにいいとされている、穴の裏側から紐を通していく「アンダーラップ」は締め付け重視でフィット感はいいけれど、妊娠中で浮腫むくみやすい今の音芽には向かないとか何とか。

 いつも思うけれど、音芽にとって温和はるまさは、常に自分より何でも知っていて卒なくアレコレこなせてしまえる頼り甲斐のある男性だ。
 ちょっぴり意地悪な所もあるけれど、基本的には音芽をとことん甘やかしてくれる、この世で一番大好きで、掛けがえのない人。

「――私、温和はるまさがいなかったら生きていけないかも」

 何の気なしにそうつぶやいたら「何だ、音芽。今頃気付いたのか。俺、お前が小さい頃からそうなるようずっとしつけてきたつもりなんだけど?」とクスクス笑われた。
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