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近付くなって言ったよな?

すぐ迎えに行く

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『……悪かったよ、音芽おとめ。とりあえず今からすぐ迎えに行くから……支度しとけよ、――な?』

 な?が、子供の頃に慣れ親しんだハルにいの声みたいにとても優しくて、私は胸がキュッとなる。

 ここの場所の説明、一生懸命したけど全然伝わらなくて、結局『もう一度三岳みたけに変わって欲しい』と言われてしまった。

 リビングに戻ってみると、佳乃花かのかとふたり、仲良く並んでビールを飲んでいた一路いちろへ、「温和はるまさが変わって欲しいって」とわざと何の説明もしないでスマホを差し出した。
 さすがの一路も、「え? 僕?」と自分を指差してキョトンとする。

 そりゃそうだよね。

 これはさっき勝手に私の電話に出たことへのささやかな仕返し。
 何だろ?ってドキドキしながら温和センパイの電話に応じれば良いのよ。

 ほんの少し溜飲が下がって、口の端に小さく笑みを浮かべたら、佳乃花かのかに「よかったね、音芽」ってウインクされた。

 全然何ひとつ解決なんてしてやしないんだけど……でも……さっきまで心に抱えていた不安、今はピーク時の5分の1くらいに縮んでいた。

 コクッとうなずくと、「温和はるまさが迎えに来てくれるって言うから……」ってテーブルに散らかったあれこれを少しでも片しておこう手を伸ばす。

 と、すぐさまそれを制されて、
「ここは大丈夫。私、まだ一路と飲むから……とりあえず音芽は顔洗っておいで」
 佳乃花かのかに目元を指差されてクスクス笑われて、私はハッとした。

 大泣きした顔。
 メイク、――特に目元がパンダみたいにぐちゃぐちゃになってるに違いないっ。ひゃー! パンダで恥ずかしい思いをするのは、いつかのパンツさらし事件だけで十分なんだからっ!

佳乃花かのかっ、ごめんっ」

 メイク落とし貸して?って言おうとしたら「洗面所の棚の右側」ってウインクされた。

 佳乃花かのか、ありがとう!

***

 温和はるまさはあの電話のあと、本当にすぐに迎えに来てくれた。
 マイカーできてくれたってことは、彼はお酒を飲んでいないということで――。

「あ、あの……温和はるまさ……。川越かわごえ先生とは……」

 どこで何をしてきたの?
 問いかけたいけれど、無言で視線を投げかけられて、私は思わず口ごもる。

 それからアパートにつくまでの間、ずっと何も言えなかった私に、温和はるまさも何も言ってこなかった。
 
 温和はるまさ、電話では謝ってくれたけど……でもやっぱり明らかに不機嫌だ。
 お酒のせいで少しぼんやりと眠気の残る頭で一生懸命温和はるまさの様子を探る。

 おかしいな。
 温和はるまさに怒っていたのは私のはずで、温和はるまさは私の気持ちを汲んで反省してくれたんじゃなかったっけ?

 あれれ?

 ソワソワしながら温和はるまさの様子をちらちらと窺い見ていたら、「着いたぞ」って言われて車から降ろされる。

 そのまま無言で手を引かれて、
「あ、あの……こっち温和はるまさ
 何の説明もなく温和はるまさの部屋に連れ込まれて、さすがに非難がましくそう言ったら、睨まれてしまった。

 そのまま強引にベッドまで連れて行かれて、半ば突き飛ばされるようにベッドに座らされた私は、何が何だか分からない。

 恐る恐る温和はるまさを見上げたら、
「俺、電話の後、ずっとお前が言ったこと考えてたんだけど――」
 ベッドサイドに突っ立ったまま、温和はるまさがぽつんとつぶやいた。
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