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甘いお誘い

キスする寸前?

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 数メートル先の用具入れになっているプレハブ倉庫前。建物の陰になるように立っているのは、逢地おおち先生と……、温和はるまさ

 ねぇ、温和はるまさ、何で逢地おおち先生のあごに手をかけて、顔、覗き込んでる……の?
 まるでキスする寸前みたい、だ、よ――?

 私は膝の痛みからだけではない足の震えに、その場にへたり込みそうになる。
 そんな私の腕を鶴見つるみ先生がグッと引き上げてくださって、辛うじて何とか立てている、……けれど。
 正直今すぐにでもここから立ち去りたいっ。

 私と鶴見先生に気がついた温和はるまさが、逢地おおち先生に何か囁いてそっと自分の身体から引き剥がすようにして離れるのが視界の端に見えた。

 温和はるまさ逢地おおち先生を残してこちらに歩いて来る。それに気がついた私は、慌てて鶴見先生の腕を引っ張った。
「かっ、帰りましょうっ、鶴見先生っ」

 急かしているのにボォーッと突っ立ったままの鶴見先生にじれったくなった私は、彼の腕を離して下駄箱にしがみつくと、内履きを蹴飛ばすようにして脱ぎ散らかした。
 それを揃えて下駄箱内の外履きと取り替えようと手を伸ばしたところで身体がよろめいて。

「危ないっ」
 気がつくと、声と一緒に横から伸びて来た鶴見先生の腕を、身体で押しのけるように割り込んできた温和はるまさに、しっかりと抱き留められていた。

鳥飼とりかい先生。俺、今日は不用意に歩き回ったりせず、安静にしてるようにって言いませんでしたか?」

 すぐさま、低音ボイスでとがめるように問いかけられたけど、私はそんな温和はるまさの顔を見ることが出来なかった。

「――聞いて、ますか?」
 グッと身体を支える彼の手指に力が込められて、私はそこに温和はるまさの苛つきを垣間見る。
 でもね、私だって温和はるまさ以上にモヤモヤしてるのよ?

「……聞きたく、ないですっ」
 気がつくと、私は温和はるまさに反抗するようにそう吐き出してしまっていた。
「は……?」
 温和はるまさが、私の言葉が信じられないと言う風に聞き返して来るのへ、
「終業後に私がどう動こうと、霧島きりしま先生には関係ないはずです。――助けていただいて有難うございました。あの、私もう帰りますので……腕、離していただけますか?」

 温和はるまさの手を振り払うようにして、私は鶴見先生に視線を移す。
「すみません、鶴見先生。お待たせしました。――帰りましょう?」
 言って、鶴見先生に手を伸ばすと、彼は温和はるまさを気にしつつも、私の手を取ってくれた。

「じゃあ、お先に失礼します。――逢地おおち先生にもよろしくお伝えください」
 視界の先、私たちの様子を遠巻きに茫然と見つめておられる逢地おおち先生に軽く会釈をすると、私は鶴見先生と一緒にその場を後にした。

 足が自由だったなら――。
 誰にも頼らず走って帰るのに。
 そう、思いながら。
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