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それでも朝はやってくる

おんぶ

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「――ご、ごめんなさいっ」
 言って、扉を開けたと同時に温和はるまさが不機嫌そうに「お前な、呼んだんなら外出て待っとくとか出来ねぇのかよ」と至極ごもっともな不平を口にしてきて。

『おい、音芽おとめぇーっ! お前聞いてんのか、こらっ!』
 手にしたスマホからは段々大きくなってくるカナにいの声。
「ごめん、カナにいホント私……いそが――」
 忙しいから……と言おうとしたら、不意に伸びてきた温和はるまさの手に、電話を奪われた。

奏芽かなめ、お前、掛けてくんの遅ぇんだよ。もうこっちで処理したから昨日のことは忘れろ。じゃあな」
 何だかよくわからないけれど、温和はるまさが一方的に何か言って、電話を切ってしまった。

 昨日のことってなんだろう? 温和はるまさ奏芽お兄ちゃんと何か話したの? カナにいからの電話はその絡み?

「あ、あの、温和はるまさ、今のって――」
 差し出されたスマホを受け取りながら、「なんだったの?」と聞こうとしたけれど、「行くぞ」と取り付く島もなくて。
 玄関先に準備してあった荷物を、私が持つより先に手に取ると、温和はるまさが私の方を振り返って「鍵、ちゃんとかけろよ」と睨んでくる。

 な、なんで睨むの……。

 まるでこれ以上聞いてくるなって牽制けんせいされているみたい。

 よく分からないけれど、朝から喧嘩はしたくないので、温和はるまさに言われた通りに扉に鍵をかけてから、一応ちゃんと施錠されたかどうか確認する。

 その後で、すでに数歩前を歩いていた温和はるまさを急いで追いかけようとしたら、
「俺は先に荷物積んでくるから、お前はゆっくり降りてこい。……――急がなくて、いい」
 こちらを振り返った温和はるまさが、そう言った。
 気のせいかな、今朝はほんのちょっぴり優しい気がする。いつもなら、この後に必ず「転ばれたら迷惑だからな」とか余計な一言がつくんだけど……それがないから何だかソワソワしてしまう。

 コクコクと温和はるまさにうなずいてから、彼が二人分の荷物を手に、小走りに階段を降りていくのを見るとはなしに見送る。

 手すりに手をかけながらえっちらおっちら歩いていたら、手ぶらになった温和はるまさが戻ってきた。
 と、いきなりなんの前触れもなくこちらに背中を向けて腰を落とすから、温和はるまさ、靴紐でも解けたのかな?と思ったよね。
 なのに、「何ボォーッと突っ立ってんだ、乗れよ」って……ま、本気マジですかっ!

「あ……いっ、いいよ。週明け早々温和はるまさのスーツ、汚しちゃいけないし……」
 しどろもどろにお断り申し上げたら、チッと舌打ちされた。
「仕事用のスーツだ。どうせチビどもに汚されるんだし、お前が汚すのも大差ねぇだろ。――しのごの言わずに早く負ぶされって。時間が惜しい」
 俺はお前と違って職場で処理しなきゃいけないことが山積みなんだよ、とか……。

 どうやら、私に拒否権はないみたいです。


***


「し、失礼します……」
 言ってそっと温和はるまさの背中に覆いかぶさったら、鼻先をふわりと彼のシャンプーの香りがかすめた。
 温和はるまさは香水などを身にまとうタイプではないけれど、いつも身綺麗にしているから、近付くと、こんな風にふわっといい香りがしてくることがある。それはシャンプーだったり、石鹸だったり、洗濯洗剤のにおいだったり。

 不意に漂ってくるその芳香は、私を不必要にドキドキさせる。

 私が負ぶさったのを確認した温和はるまさが立ち上がった時、膝にピリリと痛みが走ったけれど、同時にまたいい香りがしてきて、ドキドキでそれどころじゃなかった。不幸中の幸い、かな。


***


 温和はるまさに車――彼の愛車のタントカスタム――のところまで運ばれて、助手席側のドアを開けられた私は、不安にかられて温和はるまさを仰ぎ見た。
「あ、あのっ、私こんな目立つところに乗っていいの? 後部シートで大丈夫よ?」
 同僚や子供たちに見られたらマズイんじゃないの?
 そう懸念したつもりだったんだけど。
「別に問題ねぇだろ。隣同士なのは職場にゃ周知の沙汰だし、お前が怪我してるから連れてきました、で黙らせりゃ済むだけの話だ」
 さらりとそんな風に言われて、私は自分が馬鹿みたいに意識しすぎていたことを反省した。

 だって、私、温和はるまさのこと、大好きなんだもん。
 あわよくば、誤解されたいって思っちゃうじゃない。
 言葉とは裏腹な期待を抱いていた自分が恥ずかしくなるぐらい、温和はるまさの言い分は正論だった。


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