【完結】何故か突然エリート騎士様が溺愛してくるんだが

香山

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二章

19

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 外に出るとひやりとした朝の空気が頬を撫でた。ここ数日で一気に季節が進んだと感じる。抜けるような高い空には秋らしい薄雲が浮かんでいる。晴れて良かった。幸先が良いとほくそ笑む。

 今日は待ちに待った約束の日だ。良い歳して恥ずかしながら、興奮のあまり昨晩はなかなか眠りにつけなかった。ジョシュアと出かけるのは夏以来だ。久しぶりのデート――2人きりで出かけるのだからデートで良いだろう――に俺は並々ならぬ熱意を抱いていた。
 家への憂いも無くなったところだ。これからは一層ジョシュアとの距離を詰めて……良い印象を持ってもらいたい。
 闘志を燃やしながら待ち合わせ場所の正門へ向かっていると、反対側から近付いてくる人影が見えた。

「ジョシュア!」

 それが誰かを認めて、思わず駆け寄った。ジョシュアの方も気付いたようで、立ち止まってペコリと頭を下げた。
一昨日と同じように高い位置で括った絹糸のような黒の髪が動きに合わせて揺れる。

「フレデリック、おはようございます」

 同じタイミングで待ち合わせ場所に来るなんて。こんな些細なことにまで運命的な何かを感じてしまう。緩む頬もそのままに黒髪に視線を投げた。

「その髪型、前もしてたけどすごく似合ってるね。」
「えっ、これはただ、邪魔な髪を縛っているだけで……」

 もごもごと口ごもりながら髪を触る仕草が愛おしい。その白い頬がほんのり赤に染まるのを温かい気持ちで眺めながら、2人並んで植物園へ向かった。



 入園料を支払いゲートをくぐると、一面のコスモス畑が広がっていた。花畑の中に入ると鮮やかな緑と薄桃色の背景が彼の黒を彩ってその凛とした存在感を引き立てていた。うっとりと見惚れていると後ろから声がかけられた。

「ジョシュア! 騎士さま! 久しぶりだな」
「ゲールさん、お久しぶりです。新しい庭園は完成しましたか?」
「ああ。つい最近完成したてのホヤホヤだ。ハヤテ! いるか?」

 呼び声に答えたのはこの国では珍しい顔立ちをした黒目黒髪の少年だった。

「新しい庭園はこいつの出身である東の国をイメージしたんだ。この辺じゃ知られていないような珍しい植物もあるぜ? ハヤテ、案内してやってくれ。俺の客人だ」
「はい、ゲールさん」

 少年は小走りでこちらに駆け寄ると、土で汚れた両手をタオルで拭った。

「初めまして。僕はハヤテって言います。どうぞこちらへ」



 その庭園に着いた瞬間、一面の赤に目を奪われた。中央の大きな池を取り囲むように植えられたその木は、深い赤の葉を身に着けながら静かな水面にその姿を映している。時折吹く風が葉を揺らすと、はらりと舞い落ちて地面に絨毯のように降り積もった。

「あの赤い木は東の国の植物なのかな?」
「ええ。モミジですよ」
「知っているの? ジョシュアの植物の知識は本当にすごいや」

 東の国の植物なんて、この国の図鑑ではほとんど載っていない。俺も勉強はしているが彼の知識には遠く及ばないと舌を巻いた。改めて庭を見渡してその美しさに感嘆のため息が出る。そのとき感じた言葉が口をついて出た。

「綺麗だね。まるでジョシュアの瞳みたいだ」

 俺の言葉にジョシュアの頬も赤く染まっていく。

「そっ、そん、そんな、ことは」
「ああ、そうだね」

 俺の答えにジョシュアは落ち着きを取り戻したようで、一つ咳払いをした。そんな彼の瞳を正面からじっとのぞき込む。

「ジョシュアの瞳の方がもっと綺麗だよ」

 ジョシュアは顔をモミジに負けないくらい赤くして何か言いたげに口をパクパクさせていたが、結局何も言わずプイと顔を背けた。こんなにあからさまに反応を返してくれたのは初めてで、俺もつられて赤くなる。これは脈があると捉えて良いのだろうか。
 空気を読んだかのようにハヤテが庭の案内を再開した。

「もみじの事、知っていてくださるなんて嬉しいです! 僕の国ではもみじは桜と同じように季節の風物詩なんですよ」
「サクラはどんな植物なんだい?」
「この庭園にも植えてありますよ。今は何もついていないですが、春になると淡桃色の小さな花が一斉に咲いてとても見事なんです。桜を見ながら食べ物を食べる花見という文化もあるんですよ」
「花見か……」

 春までには、俺は想いを伝えているだろうか。このサクラが咲く頃にもこうして一緒にいられたのなら。そんな思いを込めて、俺は彼を見つめた。

「春になったらまた来て花見をしようよ」

 ジョシュアは僅かに眉を寄せると瞳を揺らした。普通の人には気付かないだろうごくわずかな変化。ずっと彼の事を見ている俺はそれを敏感に感じ取った。

「……そうですね」

 空を仰いだジョシュアの言葉は空中に溶けていった。その瞳の先に、彼には何が見えているのだろうか。その切なげな雰囲気に言葉と一緒に彼も溶けて行ってしまうような気になって、思わず彼の手を握った。想像以上に冷たい指先を温めるように両手で包み込む。その熱に反応したのか、ジョシュアの目はようやく俺を映した。

「フレデリック……」
「体が冷えてきたから行こうか。そろそろお昼だし」
「ええ……ありがとうございます」




 俺たちはハヤテにお礼を言って植物園を後にした。

「この近くに安くて美味い、良い店があるんだ。お昼はそこでいい?」

 イレールに教えてもらったビストロアマリリスはランチもやっている。場所もここから歩いて5分とかからない。さり気なく背に手をまわしながら、ジョシュアを案内して店内へ入った。
 夜と違い間仕切りで仕切られた席は、外からの視線をいい具合に遮ってくれる。俺はパスタの、彼はハンバーグのランチを注文した。しばらくして料理が運ばれて来た。よっぽどお腹がすいていたのだろうか、彼の手はテンポよく皿と口とを往復し、皿の上のハンバーグはみるみる無くなっていく。最後は皿のソースも器用に野菜で拭って食べていた。貴族のような格式ばった食べ方ではないが、綺麗な食べ跡は見ていて小気味良い。

「……どうかしましたか?」
「綺麗に食べるなあって思って」
「……マナー違反でしたね。すみません」
「いや、俺は好きだよ? ――ジョシュアの食べ方」

 好き、に色んな感情をこめてそう言うと、俺の気持ちが伝わったのだろうか、ジョシュアの頬がわずかに赤みを帯びる。こういう反応を見る限り、俺の事を意識してくれていると思うし嫌われてもいない……と思う。ただ、それはあくまで俺の主観だ。分をわきまえすぎるジョシュアのことだから、あからさまに嫌な表情が出来ないだけかもしれないし、単に照れているだけで恋愛感情じゃないかもしれない。他人の感情を察するのは苦手じゃないつもりだったけれど、ジョシュア相手ではうまくいかない。彼が返す些細な反応にも一喜一憂してしまう。
 話したい事はたくさんあって、いくら話しても尽きない。楽しい時間はあっという間に過ぎ、時刻は15時を回った。ジョシュアはチラリと時計を確認すると、しばらく逡巡していたが、やがて言い出し辛そうに口を開いた。

「明日から仕事ですし、そろそろ帰りませんか?」

 ジョシュアの言葉に冷静さを取り戻した。俺は楽しかったがジョシュアはどうだろうか。楽しんでくれていたか自信がない。自分を良く思われたいと考えるばかりで押しつけがましい態度をとっていたのではないだろうか。
 それとも単純に何か準備することがあるだけだろうか。俺もジョシュアも明日は久々の仕事だ。
 どちらにせよ、さぞ言い出し辛かっただろう。半ば強引に友達になったからといってジョシュアにとって俺は貴族であることに変わりない。せめて俺から言うべきだった。

「そうだね。そろそろ帰ろう」

 俺はなるべく平静を装って席を立った。彼の事を想うのならば、もっと彼に寄り添うべきだった。折角二人でいるのだから、二人で楽しまなくては。自分本位な奴だと失望されてしまっただろうか。
 俺の不安をよそに、ジョシュアは涼しい顔で隣を歩いている。普段通りのその様子に密かに胸をなでおろした。

「今日は楽しかったよ。また誘っても良いかな?」
「……ええ。また機会があれば」

 朱が滲んだ頬を都合よく解釈したくなる。そこをぐっとこらえて、別れの挨拶をした。
 誰かを好きになるだけで、自分がこんなに臆病になるなんて知らなかった。ただそれ以上に彼と会って、話せる喜びが心を満たしてくれる。もうしばらくはこの複雑な感情を楽しんでいたいと、彼に想いを伝える勇気が出ない自分に言い訳をした。
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