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二章

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「この前はみんな良くやったな! 今日は俺の奢りだ。自由に親睦を深めてくれ。乾杯!」
「乾杯!」

 ドゥメルグ隊長の音頭でテーブルごとにジョッキが打ち鳴らされた。
 この前の合同演習以来、第一の一部の隊員と第三の隊員とで交流が生まれるようになった。更なる関係の強化も兼ねて、演習の打ち上げも兼ねて鈴蘭亭という酒場を貸し切っての宴会を企画したのだった。
 この酒場は第三の隊員たち御用達らしく、夫婦が経営している大衆的な店だった。
 乾杯をした後は第一第三入り乱れた集団となり、各々好きなように会話していた。俺もジョシュアに話しかけようと周囲を見渡す。ジョシュアはドゥメルグ隊長の隣で静かに何かを食べていた。

「ジョシュ――」
「アスフォデル副隊長! 話良いっすか?」

 話しかけようとしたタイミングで、声をかけられた。振り返って声の主を確認すると、おそらく新人であろう若い魔術師たちがキラキラした目でこちらを見ていた。

「白金の騎士様……本物だ!」
「直接お会いできるなんて光栄です!」
「俺たち、白金の騎士様のファンなんスよ!」

 顔を上気させて矢継ぎ早に話しかけてくるその勢いにたじたじになる。だが、恐らく勇気を出して話しかけてくれただろう彼らを無下にするわけにもいかない。それに今回の宴会の名目上、俺も彼らと交流を持つべきだろう。
 しかしどうにも気になって、途中でチラリとジョシュアを見ると、数名の騎士たちが彼を取り囲んでいた。何を話しているのだろうか。
酒のせいかもしれないが、頬を赤くしながらジョシュアに話しかける騎士を見ていると苛立ちが募っていく。あんなに顔を近づける必要は無いんじゃないか? 親しげに手を握るな。肩を抱くな。
 それでもまだ我慢出来るのは、ジョシュアが眉間の皺を隠そうともせずやんわりと手を解いているからだ。俺は何度か手を繋いだ事があるが、一度も拒否された事はない。ムカムカしながらも密かな優越感に浸った。

「ありがとうございました!」
「こちらこそ、有意義な時間だったよ」
「先輩! 次は俺たちの相談に乗ってください!」

 魔術師たちから解放され今度こそと席を立とうとすると、今度は後輩の騎士たちに囲まれてしまった。ジョシュアの方はさっきの集団に魔術師が混ざり、ジョシュアの両隣は魔術師に代わっていた。さっきのように獣の騎士たちに囲まれるよりはマシだろうと自分を納得させる。
 その後も入れ替わり立ち替わり人が来て、結局解放されたのは夜半近くになった頃だった。ジョシュアはどこだろうか。少しで良いから話したい。
 確か最後に見たときは大人しそうな若い魔術師相手に何かを熱心に語っていた。

「よ! フレデリック。だいぶ飲まされたようだな」

 振り返らなくてもわかる。気安い声はイレールのものだ。

「そう言うイレールこそだいぶ飲んだようだね」
「俺はもうベロベロだよ。白金の騎士様は酒も強いんだよな~」

 そう言いながらイレールは馴れ馴れしくしなだれかかってきた。重い。

「それにしても、今日の人気は流石だったな。黒の魔術師のほうも負けてないようだが」
「黒の魔術師?」
「向こうの副隊長さんの事だよ。ほら、髪も制服も黒いから――」

 それくらい俺だって知っている。俺が言いたいのはそうではなくて――

「黒とは少し安直過ぎないか? もっと漆黒とか、濡羽色とか……」
「お、おう。そうだな……お前やっぱ酔ってんな?」
「……そうかもね」

少し喋り過ぎた自覚はある。確かに酔っているかもしれない。
 適当にイレールをあしらっていると、ドゥメルグ隊長が店の中央で手を叩いた。

「はーい! そろそろ閉店だから、今日はもう終わり! 気をつけて帰るなり次行くなりしろよ! 解散!」

 俺もコートを手に取り席を立った。結局宴会の間は話せなかったが帰りの挨拶くらいはしたい。ゾロゾロと立ち上がる人の間を探すと、店の隅の机に座っているジョシュアを見つけた。
 隣に人はいない。一緒に飲んでいた相手はどこだろうか。

「ジョ――」

 近付いて声をかけようとして言葉を失った。机にもたれるように座ったジョシュアは切れ長の目を伏せて氷の入った空のグラスを見つめていた。頬はほんのり赤らみ、わずかに汗ばんだ肌はしっとりと艶めいている。薄っすら開いた唇からは悩まし気な吐息が漏れていた。

「……フレ、デリック?」

 上目遣いで見上げてくるその表情に心拍数が上がる。

「ジョシュア、帰るよ。立てる?」
「ん……わか、た」

 ジョシュアはふにゃりと笑いながら糸が切れたように机に突っ伏してしまった。穏やかな寝顔は幼げにも妖艶にも見える。どちらにせよこんな表情無防備に見せてはいけないし、見せたくない。俺はコートをジョシュアの背にかけると、さり気なく顔を隠した。彼を兵舎まで送ろう。そう思って彼の荷物を纏めていた時、先程ジョシュアと話していた若い魔術師が近付いてきた。一見気遣わしげだがその顔に浮かぶ笑みに不穏なものを感じ警戒する。

「ミルトゥ副隊長、俺が部屋まで送り――」

 彼がそう言ってジョシュアの肩に手をかけると、バチバチと稲妻が光った。

「うわっ!いってぇ~!!」
「ハハハ、お前知らなかったのか? こうなったジョシュアを触れるのは隊長くらいだよ」

 魔術師たちから一斉に笑い声が上がった。あれほど無防備なのになぜ今まで無事だったのか疑問に思ったが、なるほどこれなら容易に手は出せまいと納得した。

「誰だぁ~? ジョシュアに酒飲ませたやつ」

 騒ぎに気づいたのか、人波をかき分けてドゥメルグ隊長がやって来た。隊長がジョシュアに触れても電撃は起こらなかった。

「おい、ジョシュア」
「んー、フレッド……」
「立て。帰るぞ」
「ん」

ジョシュアの方が背が高いので、隊長はジョシュアの腰に手を当て下から体を支えた。

「ほら、見せ物じゃねーから。早く帰れよ」

 寄り添う二人はまるで特別な関係のようにも見える。その姿に顔を赤らめたりヒソヒソ何かを言い合いながら、一人また一人と店を出て行った。明日は休みということで、半分ほどは次の店に行くらしい。

「フレデリックももう一件行こうぜ」
「いや、俺はいいよ」

 イレールの誘いを断って、俺はジョシュアの荷物を手にドゥメルグ隊長に近付いた。

「ああ、ジョシュアの荷物か。ありがと――」
「俺がジョシュアを送ります」

 ドゥメルグ隊長は受け取ろうと伸ばした手を止め、親しみやすい雰囲気を一変させた。

「前にも言ったよな。ジョシュアを諦めろって。そりゃ、ご貴族様から強要されれば俺たち平民は断れねぇけどよ」
「俺は覚悟を決めました」

 ピリピリとした魔力を感じる中、ドゥメルグ隊長の目を真っ直ぐ見返した。

「だがお前の兄がそんなの許すと思うか?」
「兄上にはもう伝えてあります」

 隊長は俺の言葉に片眉を上げた。

「あのオディロンが……? そんな筈……」
「兄上は義姉と結婚してから随分変わりましたから。それに兄上の許可が貰えなければ家を出るつもりでした」

 隊長は見極めるように俺を凝視したが、やがてふう、と息を吐いた。同時に辺りの空気も穏やかになっていく。

「お前の決意は確かなようだな。だが決めるのはジョシュアだ。こいつに拒否されたら諦めろよ」
「彼の嫌がることはしません」

 ジョシュアが隊長にもたれかかったまま身じろぎした。

「ですからドゥメルグ隊長、ジョシュアは俺が送ります」
「いや、さっき見たろ? こいつに触ると――」
「承知の上です」

 これ以上ジョシュアが隊長に支えられているのが我慢できなかった。電撃に身構えながら彼の背と膝裏に腕を回し、抱き上げる。
 しかし、予測していた電撃は来なかった。その代わりにジョシュアの細腕が俺の首に絡みつくと、彼の魔力が流れ込んでくる。

「かえる……《転移テレポート》」

 驚いた顔の隊長を店に残し、俺はジョシュアと転移で飛んだ。
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