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年が明けた次の日の夜、俺は王宮の大広間にいた。今夜は王家主催の新年を祝う夜会だ。年に一度、この夜会だけは貴族に限らず軍の隊長、副隊長が王家から正式に招待される。軍人として招待されるので、格好は軍の制服で良い。いつもの略式制服より少し立派な装飾の付いたケープを身につけ、長い列へと並んでいた。
この列は王族への挨拶をする為の行列だ。挨拶は爵位の順に行う為、平民である第三の俺たちはその最後尾にいる。遠くの壇上に小さく見えるのが我が国の王族――王と王妃、王太子だ。その後ろに見慣れた白金を見つけた。招待されている身とはいえ、第一部隊は王族の警護をしなくてはならない。副隊長であるフレッドは第一の隊長と共に壇上の王族の後ろにいた。
列はのろのろと進み、ようやく俺たちの番がやってきた。騎士団の方とも纏めて第三からの挨拶はドゥメルグ隊長が全部やってくれるから、俺は隣で頭を下げるだけで良い。国王の労いの言葉にドゥメルグ隊長が礼を返し、挨拶は終わった。退席しようと顔を上げた一瞬、王太子の後ろのフレッドと目が合った。式典用の白い騎士団の制服に身を包んだその姿は、彼の白金の髪と相まって輝くような美しさだった。高鳴る鼓動を抑えてさり気なく目を逸らす。言葉を交わす事すら出来ない。これが本来の俺たちの距離だ。
隊長の後に続き、壁沿いへと移動した。あとは夜会が終わるまでここで壁の……雑草にでもなっていれば良い。間の中央では貴族たちがダンスに興じている。それを横目で見ながらあまり手を付けられていない料理に手を伸ばした。
料理を食べながら何気なく会場を眺める。隊長たちは美味い酒を求めてどこかへ行ってしまった。俺は何故か隊長からこの夜会での飲酒を固く禁じられているので料理を食べるくらいしかやることがない。そういえば毎年この時間は暇を持て余していたな、と視線を動かしていると、壇上にいる王太子と目が合ったような気がした。思わずピシッと姿勢を正して視線を外すが、はたと思い直す。ここからは結構な距離がある。王太子はただこちらの方向を眺めているだけで、偶然目が合ったように見えてしまったのかもしれない。自意識過剰だとは思いつつ念のためもう一度壇上に目をやると、王太子はまだこちらを見ていたようで俺が視線を向けた途端にっこりと微笑まれてしまった。途端に俺の前にいた令嬢の集団が色めき立つ。その様子に俺はようやく理解した。王太子はご令嬢たちを観察していたのだと。本当に自意識過剰で恥ずかしかったが、ともあれ俺を見ていたのでなくて安心した。気が抜けた俺は再び料理をつまむことに専念した。
「フレデリック様っ!」
鈴を転がすような声に人々が振り返る。その視線の先にいたのは、美しく着飾った年若い令嬢だった。
「私と一曲踊ってくださいませんか?」
よく通る声は嫌でも耳に入ってくる。フレッドは表情を固くして何かを言ったようだったが、ここからでは聞き取れなかった。何を言っているのか気になって、さり気なく近づいた。
「任務も兼ねていますので……」
「そんなお堅いこと言わずに……お祝いの席ですもの」
令嬢は美しい笑みを浮かべると自然な流れでフレッドに身を寄せた。
「いえ、私は……」
「良いじゃないですか。ダンスの一度くらい……殿下、いかがお思いですか?」
腹の出た中年の男が会話に入っていった。高そうな礼服や宝石のたくさんついたアクセサリーなどから相当の羽振りの良さがうかがえた。
「それともアスフォデル殿、我が娘に恥をかかせるおつもりですか?」
貴族の社会では普通、男性側が女性をダンスに誘う。しかし未婚の女性が未婚の男性をダンスに誘った場合、婚約者がいるなど余程の理由がない限り断ってはいけないらしい。本当に面倒くさい文化だとは思う。
判断を仰ごうと、男は媚びるように王太子を見た。
「ん?ああ。良いんじゃないかな」
「殿下っ!」
王太子はフレッドを引き寄せると、耳元で何かを囁いた。フレッドは俄かに目を瞠ると、形のいい眉を寄せた。
「……わかりました」
王太子に一礼すると、フレッドは令嬢の手を取りホールの中央へ向かった。手が触れた瞬間、令嬢はポッと顔を赤らめ、うっとりとした眼差しを向けた。
二人が向かい合ったと同時に軽やかなワルツが始まった。くるくると流れるように踊る二人の姿はまるで恋愛小説の最後のシーンの王子様とお姫様のようだった。令嬢の輝くライラック色の瞳がフレッドを見つめている。
――そんな目でフレッドを見ないで欲しい。じわじわと黒い感情が湧き出てきて、それを誤魔化すようにぎゅっと拳を握った。そんな事願える立場じゃないのに。
見ているのが辛くて、俺はテラスに出ることにした。人の間を縫って扉へ向かう。
「見て、フレデリック様とマルジョレーヌ様だわ」
「なんてお美しい……」
「お似合いのお二人よね」
すれ違う人々が二人を称賛している。優秀な騎士様と美しいご令嬢は誰から見てもお似合いというわけだ。きっとこの組み合わせが”正解”なんだろう。あの場にいるのがもし俺だったら失笑ものだ。
テラスへ出ると夜の冷気が肌を刺した。どんよりと曇った空は雪こそ降らせていないが月さえ覆い隠してしまっている。ふぅ、と吐いた溜息が白い煙となって闇へと溶けた。
「ジョシュア、もう帰るぞ」
「隊長……良いんですか?」
俺たちには警備の仕事は無いが別の任務がある筈だ。その為に暇だと文句を言いつつも毎年最後まで残っているのだが……。隊長は俺の顔を覗き込むと自慢げに笑った。
「余った料理は兵舎へ届けるよう手配しといたからな。任務完了だ」
「それは……ありがとうございます」
やはり隊長の顔は広いと素直に尊敬した。料理を持ち帰らなくて良いのならこれ以上ここにいる必要は無いだろう。テラスには階段があって、そこから直接馬車停めの方まで行けるようになっている。数歩進んでちらりと振り返る。窓越しに見える華やかな会場は、俺には不相応で居心地が悪かった。
再び前を向いて、漏れ聞こえる音楽を背に階段を下った。
年明けに休暇がもらえたら二人で新年を祝おうという約束は、俺の方から反故にする形になってしまった。ちょうどその頃から王国内の各地で瘴気の澱みが報告されるようになったからだ。俺は休み返上で王国内を駆けずり回ることになってしまった。時を同じくしてフレッドの方も個人的な任務が入ったそうだ。泊まり込みで働くことも多いらしく、たまの休みも被らない。
今日の任務を終え、自室へ戻る。シャワーを浴びて夜着に着替えると、フレッドの部屋へ転移した。兵舎で休む時、俺は出来るだけここで寝るようにしている。見渡した部屋は2日前と何一つ変わっていなかった。しばらく帰っていないようだ。
広いベッドでひとり、枕を抱きしめる。
「フレッドの匂い……」
すごく女々しくて気持ち悪いことをしている自覚はある。それでも俺は、フレッドの気配を感じたかった。フレッドの年齢を考えても、俺たちが一緒にいられる時間は長くない。こうして部屋に自由に出入りできるのも今だけだろう。少しでもフレッドの記憶を心に刻んでおきたくて、深く息を吸いこんだ。
その夜、久しぶりに夢を見た。日の光が差し込む白い部屋の中でフレッドが俺の髪を撫でながら優しく笑っている。
「……フレッド」
「あ、起こしちゃった?」
「フレッド……愛してる」
夢の中だから脈絡なんて無くても言いたいことが素直に言える。俺の言葉にフレッドは頬をわずかに赤らめ、とろりとした笑みを浮かべた。
「俺も愛しているよ、ジョシュ……だから、俺のことを信じて待っていて欲しい」
「待ってる。いつまでも」
夢の中のフレッドは俺の欲しい言葉ばかりをくれる。髪を撫でる感触が心地よくて目をつぶると、夢の中だというのに眠気が襲ってきた。
「おやすみ、ジョシュ。良い夢を」
意識が落ちる直前、唇に柔らかい熱が触れた気がした。
目を覚ますといつも通りの朝だった。ベッド以外は昨日と何一つ変わっていない。もしかしたらと思ったが、やっぱりあれは夢だったのか。ただ、髪を撫でられる感触が妙にリアルで、俺はなぞるように髪を触った。
すれ違いの生活は続き、もう1ヶ月以上、フレッドとは殆ど話していない。たまに廊下でばったり会った時に他人行儀に挨拶を交わすくらいだ。瘴気の発生はいったん落ち着いて王都付近の小規模な澱みを残すのみだから、俺の方の仕事はもう以前と同じくらいまで減ってきている。それでもフレッドの方はまだ忙しいようで、最近はもう何日も部屋に戻っていないようだった。ポケットの懐中時計を指先で撫でる。まだ決定的な言葉は言われていない。だから、まだ大丈夫だ。
日替わり定食を受け取りカウンターに座る。午後の業務が始まる前に裏庭へ寄って薬草の生育具合を見たい。手早く食事を終え、席を立とうとすると背後から女性が談笑する声が耳に飛び込んできた。
「聞いた?アスフォデル様、結婚するんだって」
「聞いた聞いた。モラン公爵家のマルジョレーヌ様でしょ?あれは勝てないわ……」
「あんた、アスフォデル様に粉かけるつもりだったの?」
「せっかく同じ軍属なんだし?ちょっとはお近づきになれるかなーっておもってたの!全然駄目だったけどね」
「にしてもマルジョレーヌ様かぁ~……お似合いよね」
「マルジョレーヌ様なら諦めもつくわね」
それ以上聞いてられなくて、俺は足早に食堂を出た。ついにこの時が来てしまった。
薄々気付いてはいた。すれ違いざまにフレッドから女ものの香水の匂いがした時があった。王都で女性と親しげに歩いていたなんて噂を耳にした時もあった。
だから、覚悟を決める時間は十分にあったんだ。このままフレッドとの関係が立ち消えになるのだって、仕方がないと受け入れなくては。
フレッドに釣り合わないだなんて、そんなこと俺が一番分かっているんだから。
この列は王族への挨拶をする為の行列だ。挨拶は爵位の順に行う為、平民である第三の俺たちはその最後尾にいる。遠くの壇上に小さく見えるのが我が国の王族――王と王妃、王太子だ。その後ろに見慣れた白金を見つけた。招待されている身とはいえ、第一部隊は王族の警護をしなくてはならない。副隊長であるフレッドは第一の隊長と共に壇上の王族の後ろにいた。
列はのろのろと進み、ようやく俺たちの番がやってきた。騎士団の方とも纏めて第三からの挨拶はドゥメルグ隊長が全部やってくれるから、俺は隣で頭を下げるだけで良い。国王の労いの言葉にドゥメルグ隊長が礼を返し、挨拶は終わった。退席しようと顔を上げた一瞬、王太子の後ろのフレッドと目が合った。式典用の白い騎士団の制服に身を包んだその姿は、彼の白金の髪と相まって輝くような美しさだった。高鳴る鼓動を抑えてさり気なく目を逸らす。言葉を交わす事すら出来ない。これが本来の俺たちの距離だ。
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料理を食べながら何気なく会場を眺める。隊長たちは美味い酒を求めてどこかへ行ってしまった。俺は何故か隊長からこの夜会での飲酒を固く禁じられているので料理を食べるくらいしかやることがない。そういえば毎年この時間は暇を持て余していたな、と視線を動かしていると、壇上にいる王太子と目が合ったような気がした。思わずピシッと姿勢を正して視線を外すが、はたと思い直す。ここからは結構な距離がある。王太子はただこちらの方向を眺めているだけで、偶然目が合ったように見えてしまったのかもしれない。自意識過剰だとは思いつつ念のためもう一度壇上に目をやると、王太子はまだこちらを見ていたようで俺が視線を向けた途端にっこりと微笑まれてしまった。途端に俺の前にいた令嬢の集団が色めき立つ。その様子に俺はようやく理解した。王太子はご令嬢たちを観察していたのだと。本当に自意識過剰で恥ずかしかったが、ともあれ俺を見ていたのでなくて安心した。気が抜けた俺は再び料理をつまむことに専念した。
「フレデリック様っ!」
鈴を転がすような声に人々が振り返る。その視線の先にいたのは、美しく着飾った年若い令嬢だった。
「私と一曲踊ってくださいませんか?」
よく通る声は嫌でも耳に入ってくる。フレッドは表情を固くして何かを言ったようだったが、ここからでは聞き取れなかった。何を言っているのか気になって、さり気なく近づいた。
「任務も兼ねていますので……」
「そんなお堅いこと言わずに……お祝いの席ですもの」
令嬢は美しい笑みを浮かべると自然な流れでフレッドに身を寄せた。
「いえ、私は……」
「良いじゃないですか。ダンスの一度くらい……殿下、いかがお思いですか?」
腹の出た中年の男が会話に入っていった。高そうな礼服や宝石のたくさんついたアクセサリーなどから相当の羽振りの良さがうかがえた。
「それともアスフォデル殿、我が娘に恥をかかせるおつもりですか?」
貴族の社会では普通、男性側が女性をダンスに誘う。しかし未婚の女性が未婚の男性をダンスに誘った場合、婚約者がいるなど余程の理由がない限り断ってはいけないらしい。本当に面倒くさい文化だとは思う。
判断を仰ごうと、男は媚びるように王太子を見た。
「ん?ああ。良いんじゃないかな」
「殿下っ!」
王太子はフレッドを引き寄せると、耳元で何かを囁いた。フレッドは俄かに目を瞠ると、形のいい眉を寄せた。
「……わかりました」
王太子に一礼すると、フレッドは令嬢の手を取りホールの中央へ向かった。手が触れた瞬間、令嬢はポッと顔を赤らめ、うっとりとした眼差しを向けた。
二人が向かい合ったと同時に軽やかなワルツが始まった。くるくると流れるように踊る二人の姿はまるで恋愛小説の最後のシーンの王子様とお姫様のようだった。令嬢の輝くライラック色の瞳がフレッドを見つめている。
――そんな目でフレッドを見ないで欲しい。じわじわと黒い感情が湧き出てきて、それを誤魔化すようにぎゅっと拳を握った。そんな事願える立場じゃないのに。
見ているのが辛くて、俺はテラスに出ることにした。人の間を縫って扉へ向かう。
「見て、フレデリック様とマルジョレーヌ様だわ」
「なんてお美しい……」
「お似合いのお二人よね」
すれ違う人々が二人を称賛している。優秀な騎士様と美しいご令嬢は誰から見てもお似合いというわけだ。きっとこの組み合わせが”正解”なんだろう。あの場にいるのがもし俺だったら失笑ものだ。
テラスへ出ると夜の冷気が肌を刺した。どんよりと曇った空は雪こそ降らせていないが月さえ覆い隠してしまっている。ふぅ、と吐いた溜息が白い煙となって闇へと溶けた。
「ジョシュア、もう帰るぞ」
「隊長……良いんですか?」
俺たちには警備の仕事は無いが別の任務がある筈だ。その為に暇だと文句を言いつつも毎年最後まで残っているのだが……。隊長は俺の顔を覗き込むと自慢げに笑った。
「余った料理は兵舎へ届けるよう手配しといたからな。任務完了だ」
「それは……ありがとうございます」
やはり隊長の顔は広いと素直に尊敬した。料理を持ち帰らなくて良いのならこれ以上ここにいる必要は無いだろう。テラスには階段があって、そこから直接馬車停めの方まで行けるようになっている。数歩進んでちらりと振り返る。窓越しに見える華やかな会場は、俺には不相応で居心地が悪かった。
再び前を向いて、漏れ聞こえる音楽を背に階段を下った。
年明けに休暇がもらえたら二人で新年を祝おうという約束は、俺の方から反故にする形になってしまった。ちょうどその頃から王国内の各地で瘴気の澱みが報告されるようになったからだ。俺は休み返上で王国内を駆けずり回ることになってしまった。時を同じくしてフレッドの方も個人的な任務が入ったそうだ。泊まり込みで働くことも多いらしく、たまの休みも被らない。
今日の任務を終え、自室へ戻る。シャワーを浴びて夜着に着替えると、フレッドの部屋へ転移した。兵舎で休む時、俺は出来るだけここで寝るようにしている。見渡した部屋は2日前と何一つ変わっていなかった。しばらく帰っていないようだ。
広いベッドでひとり、枕を抱きしめる。
「フレッドの匂い……」
すごく女々しくて気持ち悪いことをしている自覚はある。それでも俺は、フレッドの気配を感じたかった。フレッドの年齢を考えても、俺たちが一緒にいられる時間は長くない。こうして部屋に自由に出入りできるのも今だけだろう。少しでもフレッドの記憶を心に刻んでおきたくて、深く息を吸いこんだ。
その夜、久しぶりに夢を見た。日の光が差し込む白い部屋の中でフレッドが俺の髪を撫でながら優しく笑っている。
「……フレッド」
「あ、起こしちゃった?」
「フレッド……愛してる」
夢の中だから脈絡なんて無くても言いたいことが素直に言える。俺の言葉にフレッドは頬をわずかに赤らめ、とろりとした笑みを浮かべた。
「俺も愛しているよ、ジョシュ……だから、俺のことを信じて待っていて欲しい」
「待ってる。いつまでも」
夢の中のフレッドは俺の欲しい言葉ばかりをくれる。髪を撫でる感触が心地よくて目をつぶると、夢の中だというのに眠気が襲ってきた。
「おやすみ、ジョシュ。良い夢を」
意識が落ちる直前、唇に柔らかい熱が触れた気がした。
目を覚ますといつも通りの朝だった。ベッド以外は昨日と何一つ変わっていない。もしかしたらと思ったが、やっぱりあれは夢だったのか。ただ、髪を撫でられる感触が妙にリアルで、俺はなぞるように髪を触った。
すれ違いの生活は続き、もう1ヶ月以上、フレッドとは殆ど話していない。たまに廊下でばったり会った時に他人行儀に挨拶を交わすくらいだ。瘴気の発生はいったん落ち着いて王都付近の小規模な澱みを残すのみだから、俺の方の仕事はもう以前と同じくらいまで減ってきている。それでもフレッドの方はまだ忙しいようで、最近はもう何日も部屋に戻っていないようだった。ポケットの懐中時計を指先で撫でる。まだ決定的な言葉は言われていない。だから、まだ大丈夫だ。
日替わり定食を受け取りカウンターに座る。午後の業務が始まる前に裏庭へ寄って薬草の生育具合を見たい。手早く食事を終え、席を立とうとすると背後から女性が談笑する声が耳に飛び込んできた。
「聞いた?アスフォデル様、結婚するんだって」
「聞いた聞いた。モラン公爵家のマルジョレーヌ様でしょ?あれは勝てないわ……」
「あんた、アスフォデル様に粉かけるつもりだったの?」
「せっかく同じ軍属なんだし?ちょっとはお近づきになれるかなーっておもってたの!全然駄目だったけどね」
「にしてもマルジョレーヌ様かぁ~……お似合いよね」
「マルジョレーヌ様なら諦めもつくわね」
それ以上聞いてられなくて、俺は足早に食堂を出た。ついにこの時が来てしまった。
薄々気付いてはいた。すれ違いざまにフレッドから女ものの香水の匂いがした時があった。王都で女性と親しげに歩いていたなんて噂を耳にした時もあった。
だから、覚悟を決める時間は十分にあったんだ。このままフレッドとの関係が立ち消えになるのだって、仕方がないと受け入れなくては。
フレッドに釣り合わないだなんて、そんなこと俺が一番分かっているんだから。
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