【完結】何故か突然エリート騎士様が溺愛してくるんだが

香山

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 目を覚ますと身体は綺麗に清められていて、真新しい夜着を身に着けていた。シーツも新しいのに取り換えられている。フレッドがやってくれたのだろう。体を起こすとそれに気付いたらしいフレッドがキッチンの方からやってきた。

「ジョシュ、体は大丈夫?」
「フレ……ごほっ」

 上手く声が出せずに咽る。かすれた声は昨日あれだけ喘いだせいだと思い当たり、顔が熱くなった。

「ああ、ごめん。昨日はだいぶ無理させてしまったね」

 フレッドから渡された水を一気に飲み干す。

「んんっ、……大丈夫だ。ありがとう」
首筋ここ、凄い跡になってる」

 フレッドは確かめるように指先でなぞると、ちゅっとそこに吸い付いた。

「フレッド、こ、こんな明るい時間から……」
「良いじゃないか。今日は予定も無いし。ね?」

 ちゅっ、ちゅっと小さく落とされる唇に昂ぶりが増していく。今日は休日。確かに特に予定も無い。顔を赤くして小さく頷く俺に蕩けるような笑みを浮かべると、フレッドはベッドに乗り上げた。二人分の体重にギシリと小さく音が鳴る。近付いてくる唇を、俺は目を閉じて受け入れた。





 その日を切っ掛けに、俺たちは度々身体を重ねるようになった。相変わらず周りには秘密にしているから、傍目には何も変わっていないだろう。

「ジョシュ、訓練終わった?」
「ああ。今行く」

 ただ、穏やかに微笑むその瞳の奥に欲情の炎が見え隠れするのに俺だけが気付いていた。


 滑らかなシーツの感触がする。明け方の冷え込みから逃れようと、目の前の温かいものに顔を擦り寄せた。心地よい気怠さの中ゆっくりと目を開けると、逞しい胸板に抱き込まれていた。起こさないようにそっと腕から抜け出す。フレッドは子供なように無防備な表情でぐっすりと寝入っていた。服を身につけてベッドの縁へ座り、髪を撫でた。
 夢みたいだ。フレッドとこんな関係になれるなんて。本当は俺も周りに言いふらしたい。フレッドは俺のものだと、主張して回りたい。でもフレッドの為にもそれは出来ない。
 フレッドは貴族だ。いつかは家の方針に従って政略結婚するだろう事は容易に想像できた。俺と付き合った事が汚点になるかもしれない。
 こうして一緒にいられるのは今だけだろう。それでも良かった。今、確かにフレッドは俺を愛してくれている。その事実があれば、その先の人生もそれを糧に生きていける。
 窓の外が白んできた。そろそろ人が起き出す頃だ。見つかってはいけない。

「愛してるよ、フレッド」

 俺はフレッドの額にキスを一つ落として、転移で飛んだ。




「今年もこのシーズンがやって来た! 年末警備のメンバーを発表する!」

 隊長の一声に、訓練場は俄かにざわついた。普段、王都の警備を行っているのは第二部隊だ。しかし、年末年始と建国祭の日は王都の人出が多くなる為、第一と第三からも応援を出すことになっている。年末警備では隊の半分くらいが任務に就く。任務があれば当然年末の休み返上で働くことになるので、メンバーに選ばれるか否かは隊員――特に家族や恋人がいる奴――にとって天と地ほどの差があった。
 応援を出すときは隊長と副隊長のどちらかは必ず参加しなくてはならない。俺は建国祭の時に休みだったので年末警備は確定していたから、そんな隊員たちの様子を冷静に観察していた。



「なんだ。フレッドも年末警備あるんだな」
「ジョシュと同じだよ。建国祭の時は休みだったからね」
「しばらく会えないな……」

 フレッドは俺の額に唇を押し当てた。

「会えない間の分をしっかり補給しておかないとね」

 新年まであと1週間。年末警備が終われば少し長めに休める。そうしたら二人で新年を祝おうと約束した。



 大通りの角で、俺は行きかう人々を見つめていた。大きな荷物を抱えた若者、手をつないで歩く親子連れ、寄り添う恋人たち……みんな足早に、しかしどこか浮ついた雰囲気で通りを歩いていく。
 年明けまで1日を切った街は賑やかで、それでいて平和的な空気に満ちている。だからだろうか。こんなに人出が多いのに、トラブルの数はそこまで多くない。昼間のうちは、だが。
 一番人出が多くなるのは夜だ。広場では祭りのような騒ぎになり、年越しの瞬間を待つ人々で溢れる。そこでは血の気の多い奴らが集団となって喧嘩を始めたりすることもあるから、多くの騎士や魔術師が広場に配備される。俺も毎年広場の警備に参加し、その度に熱狂ぶりに圧倒されていた。
 しかし、今日の夜は街外れの砦での警備だ。王都の入り口でもある砦は今日の昼から年を越した日の昼までの24時間、結界により封鎖される。その結界を維持する要員が必要で、魔術師団から一人と何かあった時のために騎士団からも一人派遣されることになっている。
 寂しい仕事な上魔力の消費量が多くて疲れるため不人気な仕事だが、俺はそっちの方が気楽で好きだった。街中で警備していると、周りには人がたくさんいるのに俺はその中に入れないと思い知らされるようで嫌だったから。
 俺は一度兵舎へ戻り仮眠をとると、夜になってから砦へ向かった。華やかな街の雰囲気と対照的にどんよりと曇った空は頭のすぐ上まで迫ってくるようだった。吹き抜ける冷たい風に俺はコートの前をしっかり閉めた。

「マルク、お疲れ様」
「ジョシュア! 今からか。頑張れよ……っても、ここは大概暇だがな」
「暇な方が良いさ」

 大きくあくびをしながら去っていったマルクに変わって結界を張った。新年まであと2時間。俺の担当は翌朝7時までの9時間。徹夜での仕事になる。とはいえ結界を張り終えた今としては特にやることはなく、魔力を供給しながらここに居ればいいだけだ。
 騎士団の交代要員はまだらしい。第三部隊所属だという騎士と雑談していると、砦の扉が開いた。

「遅くなってすまない。交代しよう」
「アスフォデル副隊長! お疲れ様です!」

 騎士は元気よく挨拶すると、ではこれで、と一礼し去っていった。扉が閉まる音を最後に静寂が訪れる。

「フレッド、どうしてここに……」
「ジョシュがここの担当だって聞いて変わってもらったんだ」

 1週間ぶりのフレッドに胸が高鳴る。フレッドは椅子を引いてきて寄り添うように隣に座った。

「ジョシュと一緒に年越し出来るなんて嬉しいな」
「仕事だぞ……でも、俺も嬉しい」

 パチパチと小さく音を立てて燃える暖炉を見つめながら肩を寄せ合った。この時間は流石に砦を通ろうとする輩は居ないらしい。静かな時間が過ぎていく。
 時折ぽつりぽつりと口を開いたり、どちらともなく見つめあって微笑んだり、交わした言葉さえ少なかったがその分心が繋がっているような気がして、その沈黙すら心地良い不思議な時間だった。

 12時を知らせる鐘が遠くから聞こえる。王都の中心は大騒ぎだろう。だが、俺はここで静かにその音を聞いている。フレッドと二人きりで。今まで生きてきたなかで、一番幸せな年越しだった。

「年が明けたね。新年おめでとう、ジョシュ」
「ああ、おめでとう」
「それから、これ」

 フレッドはポケットから綺麗なリボンがかけられた小さな箱を取り出した。

「誕生日おめでとう」
「どうして知って……隊長にでも聞いたのか?」

 フレッドはそれには答えず小さく微笑んだ。俺の誕生日を知っている奴なんて第三では隊長くらいしかいないのだから、多分そうなのだろう。

「開けてみて」

 傷つけないよう丁寧にリボンを外して箱を開ける。中に入っていたのは緻密な彫刻の入った白金の懐中時計だった。

「ほら、ここ」

 指し示された蓋の裏にも精巧な模様が彫られている。その片隅に模様に紛れるように小さな、しかしはっきりとした文字が刻まれていた。

  FからJへ 愛をこめて

「嬉しい……ありがとう、フレッド」

 プレゼントも刻まれた言葉も嬉しくて、フレッドの胴に腕を回して抱き着いた。ぎゅっと力を籠めると答えるように髪を撫でてくれる。その優しい手つきが心地よくて、俺は擦り付けるように肩に顔を埋めた。
 どれだけそうしていただろうか。時間が経つと冷静になってくるもので、だんだんこの体勢が恥ずかしくなってきた。

「フレッド、ありがとう。もういいから離してくれ」
「もういいの? 俺はもっとこうしていたいけれど」
「し、仕事中だっ!」

 身体を離そうと顔を上げると、肩越しに見える窓の外に白いものが舞い散っていた。

「雪……」
「本当だ。綺麗だね」

 俺の『誕生日』は俺が孤児院の前で見つかった日だと聞いている。その日もこうして雪が降っていて、薄い毛布に包まれた赤ん坊の俺を通りすがりの親切な人が見つけてくれたらしい。年が明けた慶びに溢れた華やかな街並みからほんの数メートル進んだ先にある寂しい裏路地で、俺はひっそりと命を落としていたかもしれない。その時に死んでいれば面倒がなくて良かったのにと言ったのは院長だったか、今はあまり思い出したくもない記憶だ。けれども雪が降るたびに、誕生日が来るたびに、その言葉が頭を過るから俺は雪も誕生日も嫌いだった。でも。

「フレッド、ありがとう。人生で一番嬉しい誕生日になったよ」
「これから毎年一番を更新していくから、覚悟しておいて」

 俺は答えの代わりにフレッドの胸に顔を埋めた。来年もこうして一緒に居られる保証はない。
 それでも良かった。フレッドがこうして暖かな思い出で上書きしてくれたから。もし次の誕生日に一人だったとしても、今日の事を思い出せば寂しくない。きっと。
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