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 こうして俺たちは晴れて恋人同士になった。フレッドはそれを周りに報告しようと言ったが、俺が恥ずかしいからと頼み込んで周りには秘密にしてもらってる。だから恋人とはいえ、俺たちの関係はほとんど変わっていない。フレッドが毎日迎えに来るのは前からだし、休日に出掛けるのも同じだ。ただ、別れ際に優しくキスされるところだけが違っている。
 これで良いのだろうか。世の中の恋人たちはどんな事をしているのだろうか。男女の恋愛ならその先はなんとなく分かるが、男同士だとさっぱりだった。
 恋愛小説では二人が結ばれる所までしか書かれていないから、恋人になった後にどうすれば良いのか分からない。もし、恋人として今の状態が正しくないのなら、フレッドが離れていってしまうかもしれない。
 せっかく恋人同士になれたからには、出来るだけの事をしたい。でも、何をすれば良いのかわからない。俺は堂々巡りに陥ってしまった。

「おう。まーた何か悩んでるな?」
「隊長……いえ、大丈夫です」

 前は隊長のアドバイスを貰ったが、今回の事は相談しにくい。表情を引き締めた俺の様子をよそに隊長はニンマリと笑うと、手荷物から何かを取り出した。

「そんなお前に良いもん貸してやるよ。ほれ」

 手渡されたのは一冊の本だった。奇麗なカバーがかけられたそれを開こうとすると、隊長の手が伸びてきた。

「おっと、それは一人で読め」

 理由は教えてくれなかったが、隊長がそう言うならと俺は素直に従って部屋へ持ち帰った。



 就寝の準備を終えてベッドへ腰掛けた時、隊長から借りた本を思い出した。

「……知らない作家だな」

 『月影の愛』というタイトルのそれは男同士の恋愛小説のようだった。恋愛小説は一通りの作家の著作は読んだつもりだったが、まだ知らない作家がいたとは、勉強不足だった。それにしても隊長も恋愛小説を読むなんて知らなかった。どんな話だろうか。俺は期待しながら表紙を開いた。
 本には友人を好きになってしまった男の苦悩や葛藤、愛情が瑞々しく表現されていた。
 男を好きになってしまった。しかも相手は友人だ。今の関係は崩したくない。でも、恋焦がれる気持ちは止められない。そんな主人公の感情に共感して、想いが通じたシーンでは恥ずかしいくらい泣いてしまった。

「ぐす……良かった……」

 確かにこれは人前で読まなくて良かった。

「この後の展開はどうなるんだ?」

 ページはまだ半分以上残っている。恋人になった後の事が書かれているのだろうか。求めていた答えが書いてあるのかもしれない。俺は期待しながらページをめくった。



「!……な、なっ……」

 その先に書かれていたのは男同士の情事だった。男同士でもするとは何となく分かっていたが、後ろを使うなんて知らなかった。

 生々しく具体的に書かれたその行為は前半同様見事な表現力で描写されており、俺は性欲はほとんど無いと思っていたがその文章を読んだだけで体の芯が熱くなった。
 特に相手の身体の描写に関しては、主人公に自分を重ねて読んでいた分余計に温泉で見たフレッドの逞しい身体を思い出してしまい、その度に悶絶した。
 小説の二人はその官能的な行為を通してただ快感を貪っているだけという訳ではなく、心までが深く繋がったようだった。
 フレッドも俺とこういう事をしたいのだろうか。手を出して来ないという事はしたく無いのだろうか。それとも、俺に魅力が無いだけなのか。
 想像するだけで顔から火が出るほど恥ずかしい。でも、フレッドともっと深い関係になれるのなら。



 その日以来数日間、悶々と悩んだ。
 フレッドは相変わらず優しいキスをくれるだけで、艶っぽい雰囲気にはならない。それはそれで愛情を感じるが、俺としてはその先へ進んでみたかった。

「フレッド、ちょっとお茶して行かないか? 新しく買った茶葉があるんだ」

 夕食をとった帰り、俺はフレッドの気持ちを確かめるべく部屋へと誘った。緊張で心音がうるさくて、そんなはずないのにフレッドに聞かれるんじゃないかと心配になった。

「今用意するから、そこに座って待ててくれ」

 フレッドをベッドに座らせてキッチンへ行く。フレッドを部屋へ招いたまでは良いが、これからどうしたら良いのだろう。苦しいほどに速まる鼓動をなんとかしつつ、紅茶の用意を終えてフレッドの横に座った。

「良い香りだね」

 手渡した紅茶を優雅に飲むフレッドの白い指先を目で追いかける。その指先で、体の奥まで暴かれることを想像してしまい、慌てて目を逸らした。 
 たったカップ一杯の紅茶はあっという間に無くなってしまった。俺は決意を固めて震える手でカップを奪うと、サイドテーブルに置いた。

「フレッド」

 名を呼んでフレッドの膝に乗り上げた。目を閉じて顔を近付けるとチュッ、チュッとキスを落としてくれる。誘うように唇を開くと、その隙間に舌が差し込まれた。
 フレッドの舌が優しく俺の舌を絡め取る。その刺激は決して激しいものではないのに、体の熱を高めていく。

 優しく蕩かされた頃、ようやく解放された。混ざり合った唾液が二人の間に銀の橋をかけた。

「こんな表情かおして、悪い子だね」
 
 最後にもう一度チュッと触れるだけのキスをすると、フレッドは体を離して俺の頭を撫でた。

「今日はもう遅いから、そろそろ帰――」
「フレッドは」

 立ち去ろうとするフレッドの服の裾を、咄嗟にぎゅっと掴んだ。

「俺とするの、嫌か?」

 言ってしまって後悔した。ここまでしてフレッドが帰ろうとするのなら、答えは半ば出ているようなものだ。それでも発した言葉は戻らない。

「……それはどういう意味か分かって言っているの?」

 フレッドの顔は逆光になっていてよく見えないが、声色は怒っているような気がした。失敗した。やっぱりフレッドはそういう関係は望んでいなかったんだ。

「分かってる。嫌に決まってるよな。答え辛いこと聞いて悪い」

 シーツを握りしめた拳を見つめる。確かにこんな色気の無い男なんて抱いてもつまらないだろう。フレッドが俺に求めていたのはこういう事じゃないんだ。淫乱な奴だと失望されてしまっただろうか。

「ジョシュ」

 掛けられた声に顔を上げると、荒々しく唇を塞がれた。
 閉じた唇を無理やりこじ開け、舌が入ってくる。さっきの優しいキスとは全く違う蹂躙するような口づけだった。息が苦しかったが後頭部を抱き込まれていて逃れようとしても逃れられない。飲みきれなかった唾液が口の端を伝った。

「っ…はっ、」

 ようやく解放されて俺は息も絶え絶えにフレッドを見上げた。獲物を前にした肉食獣のような鋭い視線に背筋が粟立つ。それは見たことない表情だった。

「無理させたくなくてずっと我慢していたんだけれど、そんな風に言われたらもう我慢出来ないよ」

 そう言うとフレッドはうっそりと笑った。

「俺がどれだけジョシュの事を想っているか、分からせてあげる」

 ゆらりとフレッドが身をかがめる。俺は引き寄せるように手を伸ばした。
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