【完結】何故か突然エリート騎士様が溺愛してくるんだが

香山

文字の大きさ
上 下
33 / 52
二章

13

しおりを挟む
 俺から話しかけなくなってから、ミルトゥ殿との接点はあっけないほどに減った。事務棟ですれ違った時に短く挨拶するくらいだ。彼と出かけることも無くなったから、週末はいつも訓練場でひとり剣を振っている。
 あの討伐以前は、今と同じような生活を送っていた。その頃に戻っただけだというのに、こんなにも寂しく思ってしまうのはきっと彼と過ごす楽しさを知ってしまったからなのだろう。

「アスフォデル殿! 今よろしいですか? 合同演習のことで、ご相談が――」

 落ち着いた、どこか色気のある声に鼓動が速まる。振り向くといつものように魔術師団の制服に身を包んだミルトゥ殿がすぐ後ろに立っていた。さっきまで灰色だった世界が一気に色付いたように輝いて見える。
 彼は書類を手に俺の隣に並んだ。長い髪がサラリと滑り落ちると薬草の青い香りが微かに漂った。

 ああ。やっぱり彼の事が好きだ。
 宝石のような赤い瞳も、透き通る白い肌に映える艶やかな黒髪も、見た目以上に細い肩も、そのすべてが俺のものになったらどれだけ幸せだろうか。
 彼はこんなに魅力的なんだから、彼の事を想っている人は俺以外にもいるだろう。彼の手を取るのは俺じゃない。俺にはその資格すらないのだから。

「……アスフォデル殿?」
「ちょっと待って。今メモするから」

 思考を振り払ってペンを取り出す。一人で感傷的になっている場合じゃない。俺が勝手に失恋して、勝手に傷ついているだけだから、彼に迷惑をかけるわけにはいかない。仕事はしっかりやらないと。
 第一、俺の気持ちは彼にとって迷惑かもしれない。彼にだって好きな人がいるかもしれない。そうでなくても、何とも思っていない奴からこんなに懸想されても困惑するだけだろう。
 手元の資料にメモを取っていると、ミルトゥ殿は俺の手元を見て僅かに目を瞠った。

「アスフォデル殿、そのペン――」
「ああ、これ? 綺麗なペンだよね。気に入ってるんだ」

 ミルトゥ殿はペンをじっと眺めていた。どこか愁いを帯びたような、何かを懐かしむようなあの瞳で。彼の愁いを晴らすのは俺でありたかった。でも、きっとこの愁いを晴らしてくれる人が現れる。俺以外の誰かが。





 その日の夜、俺はイレールに誘われて夕食を食べにアマリリスへ行った。今回も10人程の集団となり、ワイワイ騒ぎながらの食事となった。俺は店のカウンターの隅でその賑やかな様子を眺めながら酒を飲んでいた。
 結局彼と来たことは無かったな。ぼんやりと彼の事を考えていると、イレールが隣に座った。

「どうした、フレデリック。失恋でもしたか?」
「っ! ……そんなに分かりやすかったか?」
「えっ、冗談だったんだが……まじか……」

 イレールは俺の反応にぎょっとしたように目を剥いた。

「……忘れてくれ」
「まあそんなこと言うなよ。酷い顔だぞ」

 イレールの指が俺の頬を突いた。文句を言おうと口を開きかけて止める。

「……雰囲気悪くしてすまなかった」
「いや、良いんだよ。失恋って辛いもんな。それにフレデリックにとって初恋だろ? 余計辛いよ」

 イレールは他の隊員に聞こえないように控えめな声で言った。

「フレデリックが誰かを好きになったなんて、目出度い事なんだがなあ」
「その言い草、俺が他人を好きにならない人間だと思ってたってことか?」
「悪い意味じゃないさ。フレデリックって誰とでも上手くやれそうだからさ、誰か一人に執着するってあんまり想像できなかったんだよ。そういう所が良い意味で貴族らしいっていうか」

 長い付き合いなだけあって、イレールは俺の事をよく分かっている。つい数か月前まで、俺も自分をそういう人間だと思っていた。

「で、相手は? なんて言って振られたんだ? 愚痴なら聞くぜ」
「言う訳ないだろ。それに告白はしていない」
「相手は人妻か? それとも婚約者持ちか?」
「……どちらも違う」
「なら告白すれば良いじゃん。お前に告白されて断る奴なんていないだろ」
「別にそんな事ないだろ。大体俺は告白するつもりは無い。どうせ叶わないんだから」
「ひょっとして相手は平民か?」

 俺が口を噤んだらイレールはそれを肯定ととったようだった。

「平民か……お前、昔から家の為に結婚するって言ってたもんなあ」

 イレールは腕を組んで眉を寄せていたが、俺を一瞥すると机に肘をついてグラスを手にした。

「なあ、愛人って手もあるぜ? 貴族なんてほとんどが政略結婚なんだから、その辺割り切った相手なら――」
「おい」
「これは冗談で言ったわけじゃないぜ? 本当のことだろ」

 言葉通り、イレールの目は真剣そのものだった。

「……それでも駄目だ。そもそも俺の片思いだから」

 イレールの言う通り、貴族の中には家同士のつながりを得るための婚姻をし、仮面夫婦を続けながらお互いに愛人を持っている夫婦はいる。だがそれだけは絶対に嫌だった。ミルトゥ殿にも結婚相手にも不誠実すぎる。
 それに彼の愛を乞う資格があるのは彼だけを大切にできる人だ。そうじゃないと俺も許せない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...