愛慕

平 一

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2 真相

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『しかし、最近における公判の進展に伴い、
最大の戦犯とされた〝啓示の王〟にも
酌量しゃくりょうすべき事情のあることが
明らかとなってきました。
それは、彼女が帝国の存続に対する使命感、
さらには〝先帝〟種族への深い情愛のゆえにこそ、
避けられぬ内戦の発生を、あえて早めたのだ
という可能性です』

『〝啓示の王〟の記憶組織と
高位の人格群に対する取調べによれば、
旧帝国における軍事種族の腐敗や権力闘争は、
極めて深刻な、憂慮ゆうりょすべき事態と認識されていました』



『また後に、そうした種族達の暴走は、
〝先帝〟の権威や彼女自身の影響力をもってしても
いずれは制御不能になるという悲観的予測が、
大勢たいせいを占めるに至ります』

『そして何より〝啓示の王〟は、
旧帝国の草創期から共に国家を築いて来た、
最も古い同盟種族のひとつとして、
〝先帝〟に対し、深い情愛を抱いていたのです』



『そのため彼女は、同様に帝国の変質を危ぶむ
〝先帝〟種族の良識的な人格群と協力し、
勢力均衡や軍備制限などの手段によって
状況の改善を図ろうと、接触を試みました』

『しかしこの時、すでにそうした人格群は
秘密裡ひみつりに、最も忠実で情深なさけぶか
文官種族であったサタンのもとに亡命し、
健全な中間層となるべき途上種族の育成など、
帝国全体の改革を図っていました。
彼女の計画は挫折ざせつしてしまったのです』



『その結果として〝啓示の王〟は、
戦略の転換を余儀よぎなくされました。
今では彼女が、好戦的な種族間の衝突を
むしろ意図的に誘導することで、
粗暴、短慮あるいは利己的な軍事種族の
〝共食い〟による選択的自滅を図ったのだ、
という仮説が急速に有力となりつつあります』

『こうした見解を受けて、新帝国の特別調査班が、
彼女の行為の〝大戦〟への影響を検証したところ、
恐るべき事実が判明しました。
すなわち、彼女による軍事種族の〝淘汰〟なくしては、
現実の歴史のように新帝国側の被害が少ない
平和回復は、客観的に見て極めて困難、
あるいは不可能であったという事実です』

『また、彼女の主観的な意図や心情に
関する調査も正しいとすれば、
〝先帝〟種族の滅亡や罪なき種族の膨大な犠牲、
ラグエルやラジエルのように忠良な
軍事・技術種族の離反と壊滅など、
内戦の予期せぬ惨禍さんかを最も嘆き悲しんだ者もまた、
彼女自身だったのではないかと考えられるのです』



『さらに、こうした見方を裏づける事実として、
彼女が〝大戦〟の際に、
現皇帝サタンと〝先帝〟との関係を推察し、
あえて決定的な攻撃を控えたと思われる事例も、
少なからず発見されつつあります』

『そこには、サタンによる支援の最大の成功例であり、
またそれに乗じて〝慈愛の王〟が、
〝先帝〟種族の生存人格群、通称〝聖霊〟が宿る
量子頭脳を秘匿ひとくしていた、
太陽系第三惑星〝地球〟に対する
戦略攻撃の阻止も含まれています』



『もちろん、このような事情は彼女の責任を、
全て消滅させるといったものではありません。
しかし、これにより特別法廷及び新帝国政府は、
彼女の処遇及び新国家の人的資源政策について、
大幅な見直しを求められつつあります。
今後は、かかる悲劇的選択を迫られた種族への報復よりも、
我等が将来二度と同様の悲劇を繰り返さないための、
現実的かつ人道的な技術と政策を考案することこそが、
最重要の課題となるでしょう』

私は、風刺を込めた過激な諧謔ユーモアで知られるヴォラクが
神妙しんみょうな表情で発表を終えるのを見て、少し驚いた。
……だが、安心するのはまだ早かった。

『ただし一言ひとこと、私見を述べさせていただくならば、
以上の事実は、戦中あるいは戦前から、
新旧帝国の一部人格群の間において、
〝淘汰の許容〟を巡る何らかの合意や取引があった
可能性を、必ずしも否定するものではありません』



『これについては現在、
さらなる民主化や自由化を進めつつある
新国家の健全な発展のためにも、
我等の政府が報道媒体や監察機関の
公正な取材や調査を禁圧することは
ないものと確信します』

画面の外で、記者達の驚きの声や歓声、
他の理事種族達のものと思われる
なげきの声や溜息が、一斉に響き渡った。

ヴォラクはそのざわめきを背に、
謎めいた、だが一種凄みのある
微笑を浮かべながら退場した。

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