次期宰相様はご執心です

綾織 茅

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陰謀渦巻く他国の王宮

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 美夜が目を開けてもいいというアランの声を聴き、その声に従うと、そこはもう先ほどまでいた王宮からは遠く離れた場所、東の街道沿いの宿の中らしき場所だった。

 周りを見渡すと、物置として使われているのか、箒やモップなど掃除用具や椅子なんかが雑然として置いてある。


「ここにクリスが?」
「みたいだね。この上だと思う。座標は間違いないはずだから」

(上……)


 見えないと分かっていても、つい上を見上げてしまう。当然ながら見えるのは木の板だけ。

 逸る気持ちを抑え、美夜はアランに目を向けた。


「師匠、これからどう……って、ちょっ!」
「え?」


 アランは手の平を上に向け、明らかにヤバい術を繰り出す一歩前の恰好だった。

 なんとか手を引っ掴んで止めさせることに成功し、美夜はホッと一息ついた。


 きょとんとするのはやめてほしいと心から思う。

 見間違えでなければ、そしてどんなに都合良く解釈しても、先ほどのアランは天井に穴を開ける気だったはずだ。

 そんな人があたかもこれは普通の一般的手段ですけど何か的な顔をしてはいけないと思う。

 常識的に考えて、どこの世界に上に行く前に何も探さず、第一選択として天井の破壊を考える人がいるのか。

(……いたわ。ここに)

 アランは改めて美夜に自分の常識がどこかふっとんでいることを知らしめた。


「師匠、それは普通最終手段です。他の人にも迷惑が掛かるでしょう?」
「最終手段は最短手段だって誰かが言ってた」
「確かにそうかもしれませんが、今回の場合は他のお客さんにも迷惑がかかるかもしれないでしょうが」


 アランは渋々といった風にため息を漏らした。

 それからふと何かを思いついたのか、顎に手をあて、しばし何やら考え込んでいる。

 正直アランが考え込んだものは研究のこと以外ろくなことでなかった記憶しかないけれど、美夜はそれに黙って付き合うことにした。

 たまーーに、ひどく極稀にアランの思いつきがろくなことにならない手前まではそこそこいい結果になることもあるのだ。

 まぁ、その後勢いよくろくでもないことへの下り坂を暴走馬車もかくやというぐらいのトップスピードで駆け降りることになるのだが。


「ねぇ、ミヤ。君、ちょっと彼の名前を呼んでみてよ」
「え? どうしてです?」
「いいから」
「えっと……クリス?」


 すると、大きな音を立てて天井に穴が開くのと、私を包み込むようにして結界が張られるのがほぼ同時に起きた。

 いきなりのことに目を見開く美夜をよそに、一人自前で結界を張ったアランはいたって当然としたり顔でいる。


「ミヤ」


 天井に開いた穴から聞き慣れた声が降ってくる。

 顔を見せたのは探し人であるクリスだった。

 いつもより若干顔色が悪い以外はどこも怪我などしていないらしい。

 その姿を見ることができただけでも美夜はようやく安心して深い息を吐いた。


「ミヤ。どうしているの?」
「どうしてって、あなたを探しに来たに決まってるでしょ?」
「どうして? ぼくたちはくちもきかないんじゃなかったの?」
「……あのね、それは貴方がとんでもないこと言い出すからよ。それに、マックスも心配してるわ」
「ミヤは? ミヤはぼくのこと、しんぱいじゃないの?」
「あのね。師匠を頼ってまで探しに来たのよ? 心配じゃないわけないでしょ?」
「ミヤはぼくのことがきらいなのに、なんでしんぱいなの?」

「……あーもう!」


 美夜は両手を広げた。

 死んだ魚のような瞳を浮かべるクリスのソレが僅かに揺れ動いた。


「嫌いなわけないし、心配するのも当たり前なの! なに? ダメなの!?」


 完全に逆上だったけれど、美夜の口は止まらない。

 矢継ぎ早に言い募る。ついでに日頃の鬱憤も晴らすというのだから大したものだ。


「分かったらさっさと帰るわよ!」
「ミヤもいっしょ?」
「当たり前でしょ。なんで私が置いていかれるのよ。え? 師匠、これって二人しかいけないやつなんですか?」
「いや? その気になれば土地ごと動かせる」
「じゃあ、その気にはならなくて大丈夫です。むしろ今はそんな気になっちゃダメです」
「分かってるよ」
「……だからほら。帰るよ」


 アランとのやり取りで一度下ろした両手を美夜はもう一度広げる。

 クリスは一瞬泣きそうな顔を見せたかと思えば、次の瞬間には美夜のその両手の中に飛び込んできた。


「……っとと。ありがとうございます、師匠」


 やはり一人では受け止めきれず、アランが寸前でクリスの身体を浮かせてくれた。

 クリスは美夜の首に顔を埋め、クンクンと犬のように匂いを嗅いでいる。


「……痛い痛い痛い」


 離れまいとクリスが締め付けてくるせいで美夜のお腹はかなり圧迫されていた。

 僅かでも隙間を作ろうものならそこを埋めるだけでなく、さらにグイグイ来るのだ。

 匂いの方はもはや好きにさせていた美夜だが、痛みにはさすがに耐えれぬと背中に手を回すと、ドロリとぬめりを持ったナニカが手についた。

 手を目の前に持っていくと、それは真っ赤な血だった。


「ちょっ! クリス、貴方怪我してるの!?」
「……私のじゃないので大丈夫です。誰のかは知りません」


 幼いころの口調に戻っていたクリスは普段のソレに再び変わった。

 誰のか知らないとクリスは言うが、血がつくほど近くにいたことは分かる。

 先程までクリスがいた上の階は一体どうなっているのだろうか。


(……)

「帰りましょう? ここは貴女にいて欲しくない」
「……そうみたいだね。とりあえず戻ろう」


 珍しくアランとクリスの考えが一致する。

 美夜は後ろ髪を引かれながらもアランの転移陣にクリスに手を引っ張られて入った。



 美夜達三人が転移した後、誰の術なのか、宿は一人でに燃えた。

 激しく、夜の闇にも負けず煌々と。



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