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陰謀渦巻く他国の王宮
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しおりを挟むまだ朝の早い時間、美夜の部屋には顔を青褪めさせたマクシミリアンといつもと全く変わらないアランが訪れていた。
「侍女が部屋にクリスがいないっていうから、てっきりミヤのところだって思ってたんだ。だから心配だったけど、こういう心配じゃなかったのにっ」
「分かったから、落ち着いて」
ひとまず興奮しているマクシミリアンを落ち着かせないと、この部屋だけでなく王宮が危ない。
美夜がマクシミリアンとクリストファーのお世話係になったのもコレが理由だった。
二人は生まれ持った魔力の量が常人のソレを遥かに凌駕し、周囲の人間は彼らが子供であるが故に無意識に発する魔力の圧に成す術もなく、自分達と違う彼らを恐れ、近寄れなかった。
護衛は辛うじて魔力もあり、武術の心得もある魔術師がついていたけれど、そんな彼らでさえ頻繁に交代していたほどだ。侍女や教育係、世話係がつけるはずもない。
そんな時にひょいと現れたのが魔力を物ともしない、寄せ付けない、効果が現れない美夜だった。
父親二人の思惑は見事はまり、マクシミリアンとクリストファーは美夜によく懐いた。
……懐きすぎた。
美夜はマクシミリアンの手をひき、長椅子に揃って腰かける。
泣きそうになっている彼の手をキュッと握って、空いた手で背を撫でた。
そして一人掛け用の椅子に優雅に足を組んで座るアランの方を見た。
「師匠。クリスの魔力を追えませんか? あの子が黙って誘拐されるとは思えません」
「いいけど。なんで誘拐って思うの? 自分から出て行ったかもしれないでしょ?」
「あの子は自分の仕事を途中で放り投げたりしません。国王と宰相の名代で来ているのであれば、きちんと最後までこなします」
「でも、君、結構突き放したんでしょ? ふらっと一人旅に出たいお年頃かもしれない」
「どんなお年頃ですか。誘拐じゃないならいいんです。ただ、それならそれで何も言わず王宮を出て行った理由を問いたださなきゃいけません。ほら、早く」
「君も大概人使いが荒いよね」
アランはぶつくさと文句を言いつつ、目を瞑り、意識を集中しだした。
両手の指の先をそれぞれ合わせ、時々離してはまた合わせている。
それを美夜とマクシミリアンは固唾をのんで見守る。
「……いたよ」
「どこにっ?」
「クリスは無事なんですか!?」
「いっぺんに聞かれても困るよ。とりあえず何か食べさせて。お腹空いた」
「後から山ほど食べさせてもらえます! 今はこっち!!」
「痛い痛い。分かったから」
襟元を掴み上げる美夜にアランは両手を上げて降参のポーズをとった。
曲がりなりにも一国の王子にとる態度ではないが、美夜の心中は今はそれどころではなかった。
いくら口をきかない宣言をしたとはいえ、それとこれとはまた話が別だ。
マクシミリアンには落ち着くように言ったが、美夜こそ落ち着きが必要だった。
「この王宮を出て、東に五十キロほどの街道沿いの宿場だね。あと、安心しなよ。彼はちゃんと無事だ。むしろ無事じゃないのは彼の周り」
「……あ」
幼い頃、彼は泣き声一つで人の体調を左右できていたのだ。
その頃と違って魔力を調整し、体外に放出しないように上手く制御できているとはいえ、それは平時のこと。
今、クリストファーは美夜によってかなり精神状態を追い込まれている。
そんな状態で人前に出ればどんな被害が出るか、想像するだけで恐ろしい。
「ミヤ、どうしよう」
「……あなたはここにいて。王太子までいなくなったら外交上問題だから」
「で、でも」
「大丈夫。クリスはちゃんと連れて帰ってくるから」
「本当?」
「えぇ。本当よ。私、嘘つかないもの」
「ウソ。ミヤ、割とよくウソついてるよ」
「……師匠。ちょっとは空気を読んでください」
「空気は吸うものでしょ」
「……」
頭を叩くべきか叩かざるべきか。
美夜は真剣に悩んだ。
頭はいいはずなのに、どうして彼の頭の辞書に言葉の綾とかそういうものは載っていないのだろう。
「とにかくっ! あなたはここで自分の仕事をしなさい。クリスは私達でなんとかするから」
「……“達”?」
アランがピクリと片眉を吊り上げた。
「私と、師匠ですよ。他に誰がいるんですか」
「……送ってあげるから、僕も留守番っていう選択肢は」
「ないです。私だけだったら、もしクリスが魔力を暴走させそうになったら止められないですから」
「君が一言愛してるとでも囁けばいいんじゃないのかな?」
「師匠。面倒くさいからってまた新たな火種を起こそうとするのはやめてください。その手には乗りません」
「えぇー。……はぁ。まったく。手のかかる助手を持ってしまったよ」
「こっちも同じことを毎日思ってますよ」
とはいえ、いつもと変わらないアランに、美夜は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
……アランへの怒りで、返って冷静にならざるを得なかったともいうが。
「さ、早く」
「これが終わったら、しばらくは静かに暮らしたい」
「はいはい。分かりましたから。静かに暮らして結構です。無理でしょうけど、言うだけタダです。ほら、早く」
「分かったってば」
美夜とアランはアランが呼び出した転移陣の中に入った。
一人残されたマクシミリアンはしばらくの間、心配そうに二人が最後まで騒がしく消えて行った転移陣を見つめていた。
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