次期宰相様はご執心です

綾織 茅

文字の大きさ
上 下
9 / 36
薬師の師匠

3

しおりを挟む
 


(後ろを指さしておきながら、実際あったの部屋の外ってどういうことよ?)


 ようやく手紙を探しあてた時、もう日暮れが迫っていた。


 家の中を片付けるのは明日にして、とりあえずご飯とお風呂の用意をすることにした美夜はシャツの袖をまくる。

 先にお風呂を掃除してお湯を張り、アランを風呂場へ繋がる脱衣所へ押し込んだ。

 頭の天辺から足の爪先まで綺麗にするまで上がって来ないようにと言い含め、美夜はキッチンへと向かった。


(やっぱりというかなんというか、綺麗なのよねぇ)


 キッチンは久々に見たというのに、美夜がアランのために料理をしていた時と全く変わらない。

 まぁ使っていないのだから、さもありなん。埃は多少被っているけれど、使ったままの物が放置よりかは格段にマシだ。

 辛うじてお風呂場は使った形跡があるけれど、それでも他の散らかりようを考えると段違いに綺麗に整頓されていた。


 冷蔵庫の代わりである貯蔵庫を開けてみると、中には大きな塊でチーズが一つ、ワインが二本。それだけ。
 人間辞めるつもりですか?と言いたくなるほどご飯になるようなものは入っていなかった。


(仕方ない。今日はチーズとパンでチーズフォンデュにしよう)


 ルイーズに大量にパンを貰っておいて良かったと、美夜は胸をなでおろした。


 足りないと文句を言われるかもしれないが、それは貯蔵庫に何も入れてないアランが悪い。

 貯蔵庫からチーズと白ワインを失敬し、テーブルの上に置いた。鍋を火にかけ、その中に細かく刻んだチーズと、ワインを適量ずつ入れていく。これを一気に入れてしまうと、美味しくなるどころか、分離してしまって見るも無残な料理が完成することになるので要注意だ。

 美夜はすでに初回でやらかしている。

 けれど幸いというかなんというか、経験を重ねるための回数は確保できたので、段々とコツを掴んで今ではまぁまぁ食べられるものになってきた。


「よしよし」


 全部入れ終わったところで最後の締めとして一回グルンと縁に沿ってかき混ぜ、溶け残りがないか確認する。どうやらその心配もなく溶けきったようだ。

 しばらく煮込むために、蓋をして弱火にかけた。


 その間にお次はパンだ。

 キッチンカウンターの向こうにあるダイニングのテーブルの上にパンが入った袋を置いている。

 ルイーザから貰ったパンはこれまた幸いにもチーズフォンデュにしても問題なさそうなパンばかりだったので、全て食べやすい大きさに切って皿に盛りつけた。


 それからキッチンへ戻り、火をさらに弱めて、テーブルに鍋を置くための鍋敷きを用意する。


 後はアランが風呂から上がるのを待つだけだ。





「チーズの匂いがする」


 美夜が椅子に座って一息ついていると、アランが寝間着にショールを羽織ってキッチンに顔を出した。


「いいタイミングで来ましたね。さっき出来上がったばかりなんですよ。……って、頭びしょ濡れのままじゃないですか。まったくもう!」
「そのうち乾くよ」
「何言ってるんですか! 風邪ひきますよ!?」


 椅子に座らせて、頭にかけていたタオルで水分を拭っていく。


 その隙にアランはフォンデュ用のパンの皿から一つ二つとパンを取って口に入れ始めた。

 アランは三食忘れて研究に没頭するくせに、いざ食べる時はブラックホール並みに食べるので、美夜は毎回食事のメニューに困らされるのだ。


「で? どうしたの?」
「え?」
「五年も姿を見せないなんて。死んだかと思ってたよ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ! 元の世界に戻れてたんです。今日の昼までは」
「……幽体離脱でもしてる?」
「違います! れっきとした生身です! ……マクシミリアンにまた召喚されちゃったんですよ」
「ふぅん。あのヘタレがねぇ」
「……師匠、それ、聞く人が聞いたら師匠は牢屋行き確実のやつですからね?」
「大丈夫。今は君だけだし、君は僕を牢屋に入れようだなんてこと考えない」
「……まぁ、そうですけどね。そうなんですけど……なんだかなぁ?」


 師弟間の信頼関係はとても必要だと思うし、尊いものだとも思う。けれど、美夜は上手く言い包められているような気がしてモヤッとした何かが胸のうちに残った。

 半ば仕返しのように最後の一拭きは手荒くぬぐい取った。


「そういえば手紙、見つかりましたよ」
「見つけなくていいのに。そのまま暖炉の火にくべちゃった方が薪の足しになるかもよ」
「なりませんよ、紙の数枚なんて」
「……そんなに行かせたいの?」
「だって、弟さんが危篤だなんて。師匠なら治せそうな薬とか作れたりするかもしれないじゃないですか」
「……はぁ。分かったよ」


 渋々といった感じで溜息をつくアランに、ミヤはチーズが入った鍋を差し出す。アランはその鍋に手に取ったパンをからめ、口にいれた。

 細い体しておいて大食漢なアランには食べ物で釣るのが一番だ。


「ただし、ミヤもついてくるならね?」
「はい? ……いいですよ?」


 アランは知らなかった。

 今までの美夜といえば、遠出をするにも本来の職務上、マクシミリアンやクリストファー、ひいてはウィリアムやレイモンドにまでお伺いを立てなければいけなかった。

 けれど今の美夜は違う。ある意味逃亡者だし、王宮の側を離れられるなら願ったり叶ったりだ。


 美夜がうんと頷くとは思わず、目論見が外れたアランは片眉をあげ、遺憾の意を表した。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...