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薬師の師匠
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しおりを挟む(後ろを指さしておきながら、実際あったの部屋の外ってどういうことよ?)
ようやく手紙を探しあてた時、もう日暮れが迫っていた。
家の中を片付けるのは明日にして、とりあえずご飯とお風呂の用意をすることにした美夜はシャツの袖をまくる。
先にお風呂を掃除してお湯を張り、アランを風呂場へ繋がる脱衣所へ押し込んだ。
頭の天辺から足の爪先まで綺麗にするまで上がって来ないようにと言い含め、美夜はキッチンへと向かった。
(やっぱりというかなんというか、綺麗なのよねぇ)
キッチンは久々に見たというのに、美夜がアランのために料理をしていた時と全く変わらない。
まぁ使っていないのだから、さもありなん。埃は多少被っているけれど、使ったままの物が放置よりかは格段にマシだ。
辛うじてお風呂場は使った形跡があるけれど、それでも他の散らかりようを考えると段違いに綺麗に整頓されていた。
冷蔵庫の代わりである貯蔵庫を開けてみると、中には大きな塊でチーズが一つ、ワインが二本。それだけ。
人間辞めるつもりですか?と言いたくなるほどご飯になるようなものは入っていなかった。
(仕方ない。今日はチーズとパンでチーズフォンデュにしよう)
ルイーズに大量にパンを貰っておいて良かったと、美夜は胸をなでおろした。
足りないと文句を言われるかもしれないが、それは貯蔵庫に何も入れてないアランが悪い。
貯蔵庫からチーズと白ワインを失敬し、テーブルの上に置いた。鍋を火にかけ、その中に細かく刻んだチーズと、ワインを適量ずつ入れていく。これを一気に入れてしまうと、美味しくなるどころか、分離してしまって見るも無残な料理が完成することになるので要注意だ。
美夜はすでに初回でやらかしている。
けれど幸いというかなんというか、経験を重ねるための回数は確保できたので、段々とコツを掴んで今ではまぁまぁ食べられるものになってきた。
「よしよし」
全部入れ終わったところで最後の締めとして一回グルンと縁に沿ってかき混ぜ、溶け残りがないか確認する。どうやらその心配もなく溶けきったようだ。
しばらく煮込むために、蓋をして弱火にかけた。
その間にお次はパンだ。
キッチンカウンターの向こうにあるダイニングのテーブルの上にパンが入った袋を置いている。
ルイーザから貰ったパンはこれまた幸いにもチーズフォンデュにしても問題なさそうなパンばかりだったので、全て食べやすい大きさに切って皿に盛りつけた。
それからキッチンへ戻り、火をさらに弱めて、テーブルに鍋を置くための鍋敷きを用意する。
後はアランが風呂から上がるのを待つだけだ。
「チーズの匂いがする」
美夜が椅子に座って一息ついていると、アランが寝間着にショールを羽織ってキッチンに顔を出した。
「いいタイミングで来ましたね。さっき出来上がったばかりなんですよ。……って、頭びしょ濡れのままじゃないですか。まったくもう!」
「そのうち乾くよ」
「何言ってるんですか! 風邪ひきますよ!?」
椅子に座らせて、頭にかけていたタオルで水分を拭っていく。
その隙にアランはフォンデュ用のパンの皿から一つ二つとパンを取って口に入れ始めた。
アランは三食忘れて研究に没頭するくせに、いざ食べる時はブラックホール並みに食べるので、美夜は毎回食事のメニューに困らされるのだ。
「で? どうしたの?」
「え?」
「五年も姿を見せないなんて。死んだかと思ってたよ」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ! 元の世界に戻れてたんです。今日の昼までは」
「……幽体離脱でもしてる?」
「違います! れっきとした生身です! ……マクシミリアンにまた召喚されちゃったんですよ」
「ふぅん。あのヘタレがねぇ」
「……師匠、それ、聞く人が聞いたら師匠は牢屋行き確実のやつですからね?」
「大丈夫。今は君だけだし、君は僕を牢屋に入れようだなんてこと考えない」
「……まぁ、そうですけどね。そうなんですけど……なんだかなぁ?」
師弟間の信頼関係はとても必要だと思うし、尊いものだとも思う。けれど、美夜は上手く言い包められているような気がしてモヤッとした何かが胸のうちに残った。
半ば仕返しのように最後の一拭きは手荒くぬぐい取った。
「そういえば手紙、見つかりましたよ」
「見つけなくていいのに。そのまま暖炉の火にくべちゃった方が薪の足しになるかもよ」
「なりませんよ、紙の数枚なんて」
「……そんなに行かせたいの?」
「だって、弟さんが危篤だなんて。師匠なら治せそうな薬とか作れたりするかもしれないじゃないですか」
「……はぁ。分かったよ」
渋々といった感じで溜息をつくアランに、ミヤはチーズが入った鍋を差し出す。アランはその鍋に手に取ったパンをからめ、口にいれた。
細い体しておいて大食漢なアランには食べ物で釣るのが一番だ。
「ただし、ミヤもついてくるならね?」
「はい? ……いいですよ?」
アランは知らなかった。
今までの美夜といえば、遠出をするにも本来の職務上、マクシミリアンやクリストファー、ひいてはウィリアムやレイモンドにまでお伺いを立てなければいけなかった。
けれど今の美夜は違う。ある意味逃亡者だし、王宮の側を離れられるなら願ったり叶ったりだ。
美夜がうんと頷くとは思わず、目論見が外れたアランは片眉をあげ、遺憾の意を表した。
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