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昔語りを少々
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しおりを挟む「……ヤ? ミヤっ!?」
軽く揺さぶられ、遠い記憶の旅から美夜は強制的に帰還させられた。
マクシミリアンが急に黙り込んでしまった美夜の瞳を心配げに覗き込んでくる。
普通の女性であれば極上の外見をしたマクシミリアンの顔に惚れ惚れとして顔を赤らめるに違いない。
ただ、美夜は違った。
「マックス、近い」
「うっ!」
マクシミリアンの顔を手で押しのけ、椅子に座り直す。
邪険にされたというのにマクシミリアンの顔は全く曇りもせず、逆にニコニコと晴れやかである。会わない間にマゾ属性にでも足をつっこんだのかと、思わず邪険な態度をとってしまった側の美夜が心配するくらいだ。
「あのね、いつも笑顔でいなさいとは言ったけど、さすがにこういう場では怒るなりなんなりしてもいいのよ?」
「ううん。どんなことされても、ミヤだからいいんだっ」
「……」
(そうだった)
美夜はあまり嬉しくないことを思い出させられた。
先程のマクシミリアンの言葉をそのまま字面だけを額面通りに受け取ると、なんだか良からぬことを言わせている気分になる。
現に、マクシミリアンに恋心を抱いたご令嬢方やあわよくばと王太子妃の座を狙う彼女達の親から美夜は目の上のたんこぶとして扱われていた。それはまた、歳を経るにつれ、美夜に異様なまでの執着心を見せるようになっていったクリストファー側の令嬢達も同様だ。
つまり、二人分の愛憎渦巻く恋愛劇に巻き込まれていたと言っても過言ではない。
本当に小さい頃から面倒を見てきた子供達を誰が恋人として見られるというのか、と再三に渡り弁明したところで効果はあまり見られず、それならばと街で出会った薬師のまだ年若い師匠に頼み込んで恋人の真似事までやった。
(その時のクリストファーから向けられた視線といえば……あれは私ごと師匠を刺殺さんばかりの殺気が込められてたっけ)
さすがにマズいと彼ら二人にはこれがフリだということを話した時のホッとした感は半端なかった。
「あのね、マクシミリアン」
美夜が愛称ではなく名前できちんと呼ぶと、マクシミリアンはスッと姿勢を正した。
「あなた達が小さい頃は私に何を言っても良かったのよ。でも、もうダメ。特に周りに人がいる時は気をつけること」
「どうして?」
「世話係でしかない私があなた達二人に優遇されることを厭う者が少なからずいるからよ」
「そんなの、当たり前じゃない。ミヤは僕達の特別だもん……いった! 痛い!」
言い聞かせてる傍から同じことを繰り返すマクシミリアンに、美夜は彼の両頬を横に引っ張った。
しばらくその感触を堪能してから放してやると、マクシミリアンはさすさすと頬を撫でた。
「酷い」
「言って分からない子には鉄拳制裁です」
「うー……分かった。気をつける」
「約束よ?」
そう言って、はたと気づく。
自分がここから去れば彼らを取り巻く環境に辟易することもないんじゃないかと。
だって、前に自分が飛ばされた時はまだ彼らが幼く、世話係が必要だったからで。無事に大きく成長し、立派になった今ではもうそれは必要ない。
前回と同じであれば、また十年経たないと元の世界には戻れない。
幸いにして前回とは違い、外にも知り合いは大勢いる。その人達を尋ね歩くのも悪くはないかもしれない。
それにはどうしても聞いておかなければいけないこともある。
思い立ったが吉日とばかりに美夜は前のめりになって口を開いた。
「ねぇ、マックス。あなた達は今、どういう立ち位置にいるの?」
「え? 僕はまだ王太子で、クリスは宰相補佐だよ」
「そう。ちなみに婚約者とかは?」
「まぁ、立場上仕方ないよね。僕は隣国の姫で、クリスは国内の伯爵令嬢だよ」
「それなら少しは安心できるわね」
「え?」
「ううん、なんでもない。ただの独り言よ」
決まった相手がいるならば令嬢関係は安心だ。可哀想なのは、槍玉にあげられる彼らの婚約者達。特に隣国のお姫様は嫁いで来てあまり知り合いもいない中に放りだされて辛い思いをするかもしれない。そんな思いを女性側にさせるような甲斐性なしに二人を育てたつもりはないが、もしそうなってしまった時に責任を感じてしまうことは間違いない。
それを考えると言い方はアレだが、立場を利用して介入することも必要だろう。
(そうなると、やっぱり尋ねる相手は近場にいる相手かしらね)
街には例の薬師の師匠がいるはずだ。
美夜は彼を一番初めに尋ねる相手に選んだ。
「マックス。私、ここから出て過ごそうと思うの」
「……え」
美夜がそう切り出すと、マクシミリアンの表情がみるみるうちに曇っていく。
フルフルと首を横に振り、悲し気な表情を浮かべている。
「ミヤ、駄目。駄目だよ。だって……だってそんなことすれば、クリスが地の果てまででも草の根かき分けてでも探しだして捕まえちゃうよ?」
(……恐ろしいこと言わないでよ)
けれど、その恐ろしいことがあながちマクシミリアンの妄想で終わらないことを、この後訥々と語られるストーカーも冷や汗もののクリストファーのこの数年間の所業話のおかげで知ることができた。
そうなればやることは一つ。
「マクシミリアン、私と手を組みましょう」
美夜はがっしりと両手でマクシミリアンの両手を包み込み、しっかりと彼と目を合わせてそう言った。
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