4 / 36
昔語りを少々
2
しおりを挟む宰相に連れてこられたのはコレクターからすれば垂涎ものの調度品に囲まれた部屋。あの白亜の宮殿もとい王宮のとある一室であった。
スパイ容疑で捕らえられ、牢に入れられたかと思えば、今度は王宮の一室へ。めまぐるしく変わる周囲の状況に、美夜は半ば魂を飛ばしていた。
宰相は馬車の中でも牢獄番の男から調書らしきものを受け取っており、それを熱心に読みふけっていた。その間、美夜に一切の説明もなくである。
放っておかれてのこの状況。魂飛ばすのも無理からぬことだろう。
お茶とお菓子を用意され、ここで待つように言いおき、宰相が部屋を出てから十分ほど。
監視要員なのか、壁際に立つ兵士とお菓子などを用意してくれた侍女が一人ずつ。
ものすごく気まずい雰囲気が部屋に流れ、美夜は身じろぎしたり、お菓子を食べたりしてなんとかその空気を乱そうとした。
「……」
(もう……本当、家に帰りたい)
美夜は沈黙は平気な方である。
しかし、これからはその考えを改めることにすると心に誓った。沈黙は賑やかだったり、会話をすることがあって初めていいものだと思えるのだ。息を吐くのですら躊躇ためらわれるような状況にあり続けられる神経は残念ながら持ち合わせていない。
それからさらに十分後。
宰相が一人の青年を伴って戻ってきた。
「ほら、この子がそうだよ!」
「レイ、落ち着いて。分かったから。……初めまして。僕はウィリアム」
「ちなみに、この国の国王陛下だよ」
「こっ!?」
連れてこられたのが王宮という時点でこれから会うことになろう人物に気付くべきであった。
日本の王族とも言うべき皇族でさえ生で見る機会なんて正月の一般参賀などで遠くに小さくでしかない美夜が一番先に出会う王族が国王になるとはまさに青天の霹靂である。
同時に何だかよく分からない警鐘の音までガンガンビービーと頭の中で鳴り響きだした。
女の勘とでもいうのだろうソレは時と場合によってはとんでもなく良い働きをしてくれる。
……ココに辿り着くまでには発動してはくれなかったけれど。
「実は……君を異世界・ニホンから来た子だと信じてお願いがあるんだ」
悲壮感あふれる様子で懇願してくる国王―ウィリアムの背後に控えるように立つ宰相。
嫌な予感しかしないとはこのことだ。
「きょ、拒否権は「ないよ」
「レイモンドっ!」
宰相―レイモンドに食い気味に返され、美夜の口元はひきつった。
ウィリアムが宰相のことを愛称ではなく、ファーストネームで呼び咎めたが、当のレイモンドはどこ吹く風。
「ごめんね。でも、君が元いた世界にすぐは帰れないし、その間の衣食住は僕が責任もって取り計らうよ。どうかな? 悪い話じゃないと思うんだけど……」
「……すぐには帰れない?」
美夜はウィリアムの口から出てきた一言に呆然として呟いた。
スパイ容疑で処刑だと言われることの次に聞きたくない言葉だ。
「うん、残念だけど……あっ、でも、帰った前例がないわけじゃないんだ! ただ、時間がかかるだけで……」
「どのくらいですか?」
「……えっと……」
「どのくらいなんですか!?」
ウィリアムに詰め寄る美夜に、壁際に立っていた兵士が駆け寄ってこようとしてウィリアムに手で制された。
ウィリアムが言いにくそうにしているのを見かねたのか、それとも単に空気を読まなかったのか、レイモンドはあっさりと口にした。
「ざっと十年以上でしょうか」
「じゅ……十、年? ……十年っ!?」
一瞬聞き間違いかとも思ったが、ウィリアムがそっと頷いたことによってそれが真実だと美夜は思い知らされた。
今の美夜の年が十七。単純計算で二十七……。それも最低年数で。
元に戻る頃には高校の卒業式も成人式も終わりを迎えている。
目指している薬剤師とて大学で六年。それ以前に一発で大学も国家試験も受かるか分からない。
(……冗談じゃない)
どうしてこうなってしまったのだろうか。いつもと変わらず高校へ向かっていただけなのに。
美夜の瞳に眦から涙が零れ落ちそうになった時
「ちちうえ。おきゃくさま?」
部屋の入口のドアからひょっこりと顔を出したのは可愛らしい小さなお客人達だった。
「マックス、ダメじゃないか。勝手に部屋を抜け出しては」
「ご、ごめんなさい」
「そこにいないで早く入ってきなさい。……あぁ、お前達は下がっていいよ。ご苦労様」
兵士と侍女はスッとお辞儀をして子供達と入れ違いに出て行った。
子供達が駆け寄ってきて、美夜を見上げてくる。
「紹介するよ。この子が僕の息子でマクシミリアン。それでこっちの子が……ほら、自分で言いなよ」
「……私の息子でクリストファーです」
さすがに今泣くのはまずいと美夜は涙をぬぐった。
マクシミリアンの方が少し年上のようで、クリストファーの手を握ったまま離さない。一方のクリストファーはというと、自分の父親だというのに、名を呼ばれた瞬間ビクリと肩を震わせた。
どう考えても怯えているとしか思えない反応を見て、美夜はレイモンドの方に視線を向けた。
するとどうだろうか。先程まであんなに嬉しそうにしていたのに、その様子は欠片も残されていなかった。見下ろす瞳は酷く冷たく、およそ自分の子供を見るソレではない。
美夜はわざとレイモンドとクリストファーの間に割り込んでしゃがんだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちはぁー」
美夜が頭を撫でてやると、マクシミリアンはえへへと相好を崩した。
(……可愛い)
思わず美夜の顔にも笑みが漏れた。
がしっと。
美夜の両肩を掴む手が二つ。
「……なんですか、この手は」
片方は逃がさないとばかりにギリギリと手の力を強めてくる。
「君を二人の教育係兼お世話係に任命するよ」
「よろしくお願いしますね」
美夜の頭上から降ってきたのは、そんな言葉だった。
0
お気に入りに追加
1,492
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる