次期宰相様はご執心です

綾織 茅

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昔語りを少々

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 宰相に連れてこられたのはコレクターからすれば垂涎すいぜんものの調度品に囲まれた部屋。あの白亜の宮殿もとい王宮のとある一室であった。

 スパイ容疑で捕らえられ、牢に入れられたかと思えば、今度は王宮の一室へ。めまぐるしく変わる周囲の状況に、美夜は半ば魂を飛ばしていた。

 宰相は馬車の中でも牢獄番の男から調書らしきものを受け取っており、それを熱心に読みふけっていた。その間、美夜に一切の説明もなくである。

 放っておかれてのこの状況。魂飛ばすのも無理からぬことだろう。


 お茶とお菓子を用意され、ここで待つように言いおき、宰相が部屋を出てから十分ほど。
 監視要員なのか、壁際に立つ兵士とお菓子などを用意してくれた侍女が一人ずつ。

 ものすごく気まずい雰囲気が部屋に流れ、美夜は身じろぎしたり、お菓子を食べたりしてなんとかその空気を乱そうとした。


 「……」

 (もう……本当、家に帰りたい)


 美夜は沈黙は平気な方である。

 しかし、これからはその考えを改めることにすると心に誓った。沈黙は賑やかだったり、会話をすることがあって初めていいものだと思えるのだ。息を吐くのですら躊躇ためらわれるような状況にあり続けられる神経は残念ながら持ち合わせていない。


 それからさらに十分後。

 宰相が一人の青年を伴って戻ってきた。


 「ほら、この子がそうだよ!」
 「レイ、落ち着いて。分かったから。……初めまして。僕はウィリアム」
 「ちなみに、この国の国王陛下だよ」
 「こっ!?」


 連れてこられたのが王宮という時点でこれから会うことになろう人物に気付くべきであった。

 日本の王族とも言うべき皇族でさえ生で見る機会なんて正月の一般参賀などで遠くに小さくでしかない美夜が一番先に出会う王族が国王になるとはまさに青天の霹靂へきれきである。

 同時に何だかよく分からない警鐘の音までガンガンビービーと頭の中で鳴り響きだした。

 女の勘とでもいうのだろうソレは時と場合によってはとんでもなく良い働きをしてくれる。
 ……ココに辿り着くまでには発動してはくれなかったけれど。


 「実は……君を異世界・ニホンから来た子だと信じてお願いがあるんだ」


 悲壮感あふれる様子で懇願してくる国王―ウィリアムの背後に控えるように立つ宰相。

 嫌な予感しかしないとはこのことだ。


 「きょ、拒否権は「ないよ」
 「レイモンドっ!」


 宰相―レイモンドに食い気味に返され、美夜の口元はひきつった。
 ウィリアムが宰相のことを愛称ではなく、ファーストネームで呼びとがめたが、当のレイモンドはどこ吹く風。


 「ごめんね。でも、君が元いた世界にすぐは帰れないし、その間の衣食住は僕が責任もって取り計らうよ。どうかな? 悪い話じゃないと思うんだけど……」
 「……すぐには帰れない?」


 美夜はウィリアムの口から出てきた一言に呆然として呟いた。

 スパイ容疑で処刑だと言われることの次に聞きたくない言葉だ。


 「うん、残念だけど……あっ、でも、帰った前例がないわけじゃないんだ! ただ、時間がかかるだけで……」
 「どのくらいですか?」
 「……えっと……」
 「どのくらいなんですか!?」


 ウィリアムに詰め寄る美夜に、壁際に立っていた兵士が駆け寄ってこようとしてウィリアムに手で制された。

 ウィリアムが言いにくそうにしているのを見かねたのか、それとも単に空気を読まなかったのか、レイモンドはあっさりと口にした。


 「ざっと十年以上でしょうか」
 「じゅ……十、年? ……十年っ!?」


 一瞬聞き間違いかとも思ったが、ウィリアムがそっと頷いたことによってそれが真実だと美夜は思い知らされた。

 今の美夜の年が十七。単純計算で二十七……。それも最低年数で。
 元に戻る頃には高校の卒業式も成人式も終わりを迎えている。

 目指している薬剤師とて大学で六年。それ以前に一発で大学も国家試験も受かるか分からない。


 (……冗談じゃない)


 どうしてこうなってしまったのだろうか。いつもと変わらず高校へ向かっていただけなのに。

 美夜の瞳に眦から涙が零れ落ちそうになった時


 「ちちうえ。おきゃくさま?」


 部屋の入口のドアからひょっこりと顔を出したのは可愛らしい小さなお客人達だった。


 「マックス、ダメじゃないか。勝手に部屋を抜け出しては」
 「ご、ごめんなさい」
 「そこにいないで早く入ってきなさい。……あぁ、お前達は下がっていいよ。ご苦労様」


 兵士と侍女はスッとお辞儀をして子供達と入れ違いに出て行った。

 子供達が駆け寄ってきて、美夜を見上げてくる。


 「紹介するよ。この子が僕の息子でマクシミリアン。それでこっちの子が……ほら、自分で言いなよ」
 「……私の息子でクリストファーです」


 さすがに今泣くのはまずいと美夜は涙をぬぐった。

 マクシミリアンの方が少し年上のようで、クリストファーの手を握ったまま離さない。一方のクリストファーはというと、自分の父親だというのに、名を呼ばれた瞬間ビクリと肩を震わせた。

 どう考えても怯えているとしか思えない反応を見て、美夜はレイモンドの方に視線を向けた。

 するとどうだろうか。先程まであんなに嬉しそうにしていたのに、その様子は欠片も残されていなかった。見下ろす瞳は酷く冷たく、およそ自分の子供を見るソレではない。

 美夜はわざとレイモンドとクリストファーの間に割り込んでしゃがんだ。


 「こんにちは」
 「こ、こんにちはぁー」


 美夜が頭を撫でてやると、マクシミリアンはえへへと相好を崩した。


 (……可愛い)


 思わず美夜の顔にも笑みが漏れた。


 がしっと。

 美夜の両肩を掴む手が二つ。


 「……なんですか、この手は」


 片方は逃がさないとばかりにギリギリと手の力を強めてくる。


 「君を二人の教育係兼お世話係に任命するよ」
 「よろしくお願いしますね」


 美夜の頭上から降ってきたのは、そんな言葉だった。


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