次期宰相様はご執心です

綾織 茅

文字の大きさ
上 下
36 / 36
新たなる策謀の行方

9

しおりを挟む


 この国の王族も関わる問題である以上、事の解決は慎重に、かつ可及的速やかに行われなければならない。

 フランシスが国王の私室に許可を得て入室すると、部屋の主である国王は幾分くつろいだ格好で本を読んでいた。


「父上。おくつろぎのところ、申し訳ございません」
「よい。丁度きりのよいところだったからな。どうした?」


 読みかけの本にしおりを挟み、国王は椅子の背もたれに十分に寄り掛かった。指を組み、組んだ膝の上にのせる。その姿は悠々としていて、母である王妃といる時よりも本来の父の姿を思わせる。

 フランシスは昔からこちらの父の姿の方が好きだった。兄が出奔しゅっぽんし、王太子となることが正式に決まった後は、王太子教育が正式に始まったため、あまり父子水入らずの時間がとれず、見る事が少なくなっていたけれど。

 ようやく時間がとれたというのに、こんな状況でとは。つくづく自分達母子は王座につくべき者・・・・・との縁が薄かったらしい。夫婦や親子という縁はあれど、自らが望んだソレよりかは随分と希薄であった。

 父の言葉に返事を返す前に、一度かぶりを振る。


「……じつは、父上の御耳に入れなければならないことが」
「ほぉ。……そこに座りなさい」
「はい」


 目の前のソファを顎で指され、フランシスは言われた通りに席についた。


「それで?」
「最近、所領の一つで脱税が行われていると、王宮に提出された書類を兄上がご覧になられてお気づきになりました。そして、その隠れみのとして母上――王妃が使われており、また脱税とは別件で、とある条件を果たせばその主犯格に王妃所有の大豆畑を王妃が提供すると。その見返りというのが」
「アレクシスの暗殺か?」
「……お気づきだったんですか?」


 フランシスが眉を寄せると、国王はふっと笑みを漏らした。その笑みはどこか自嘲気味でもあった。


「アレクシスがこの国を出て、どこで何をしているかまでは知らなかったが、知らない方がいいと思ったのも確かだ。誰か人を使って探せば、いずれどこかでアレの耳にも入るだろう。そうなれば、たとえどこであろうと人をやって、アレクシスをあやめただろうからな」


 そんなことはない。

 そう言い切れないのは、息子として薄情ではないかと思わないこともないが、父の言葉は認めざるをえない事実である。それに、どのような立場をとっても、罪を犯す母を見逃すわけにはいかない。

 いくら高貴な身であろうと、罪は罪だ。罪の前では皆等しく罪人であり、罪の重さに見合った罰を受けねばならない。でなければ、早晩この国は犯罪の温床となり、罪人であふれかえってしまうだろう。


「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「父上は兄上の方が次の玉座に相応ふさわしいとお考えですか?」
「何故そのようなことを聞く?」
「お考えによっては、多少強引にでも兄上に王太子の座をお譲りせねばならないかと」


 正直な話、フランシスはアレクシスさえ首を縦に振ってくれれば、いつでも王太子の座を明け渡そうと思っていた。

 実際、今回のことにしても、最初に見つけることができたのはアレクシスの方である。本人の性格や言動云々を抜きにすれば、もって生まれた才覚は頭脳に魔力、運動神経、どれをとっても王位につくに申し分ない。唯一彼が持たなかったのは、母親の身分だけ。それとて、本人にはどうしようもないことなのだから、アレクシスがどうこうというものではない。

 ただ一つ。一人だけ、今まで父に対して面と向かってこの話を切り出せずにいた原因となる者がいる。


「マーガレット嬢はどうする? 諦めるのか?」
「……彼女、は……」


 “諦めるのか?”


 フランシスがマーガレットのことを幼馴染兼婚約者としての立場以上に恋い慕っていることを、国王は察していたらしい。その声音は、今まで聞いてきたどんな声音よりも優しく、同時に切なさをもはらんでいるように聞こえた。


 (もしかしたら、この父も、諦めざるを得ない恋があったのだろうか)


 いや、あったはずだ。本当に愛している女性を隣に、王妃の座につけられなかったのだから。

 その原因である母は、息子こそが玉座に相応しいと考えているようだが、それは親の欲目というもの。誰が相応しいかなど、フランシス本人は嫌というほど分かっている。

 けれど、兄に対して一種の劣等感すらあるものの、兄自身のことは今でも嫌いにはなれない。というのも、確かまだ十歳の誕生日を迎える前、幼馴染であるマーガレット――メグが教えてくれたのだ。


 “貴方のことを悪く言われたり軽んじられた時、それはもう容赦がないほどのお言葉で言い負かすどころではなく、様々な面で再起不能にしていらっしゃいますの。ご自分が悪く言われた時は平然と、かつ淡々と言い返して返り討ちにしていらっしゃるのに”
 “たとえ分かりにくくとも、貴方はちゃんとお兄様に愛されておいでですわ”


 遊びや乗馬に誘ってもダメ、勉強を教えてもらおうとしてもダメ、ならばお茶をとねだってみてもダメ。駄目、嫌、無理。この二文字を何度も聞いた。てっきり兄は自分のことを嫌いなのだと思っていたところのマーガレットの言葉だった。

 マーガレットの言葉が本当に正しいのかは今でも分からない。彼女はアレクシスもしたっていたから、その分、色眼鏡が入っている可能性もある。

 でも、その言葉に当時傷ついていた心がなぐさめられたのも確かだ。そして、同時に彼女の存在にも。

 ――だから。


「……彼女は、メグは諦めたくありません。もし、王太子の座を兄上に譲ることになっても、彼女の婚姻の相手は絶対に譲れません。だから、彼女の婚姻条件が変わらないというのなら」
「まぁ、待て。諦めるつもりがないならそれでいい」
「え?」


 国王はフランシスが言葉を続けようとするのを手で制した。


「お前の兄は王位を継がせるのに相応しくないからな」
「えっ! 何故ですっ!? 兄上はとても優秀で」
「優秀だからこそ、だ」


 国王はフランシスが持ってきた書類に目をやる。そこには几帳面にまとめられた文字がつづられていた。字体はフランシスのものだが、いつもと形式が違う。誰の影響による体裁かは父である国王が見れば一目瞭然であった。


「戦時の王に求められるのは、敵に打ち勝つため、兵をまとめ上げるカリスマ性。平時の王に求められるのは、民が安心して暮らせるよう上位階級である貴族達と政治を動かすための柔軟性かつ協調性」
「……」
「アレは優秀だが、平時の王には向いていない。アレが王になれば、その優秀さと誰彼構わず物を言うのについていけず、大臣達はアレをいとい、いずれお前をも巻き込む内乱が起きる。……薬師になったというのは驚きだったが、まぁなるべくしてなった職でもあろう。あれほどの魔力だ。魔術師でも良かったのではないかとは思うがな」
「……では」
「私は、何も考えずに第一王子アレクシスを押しのけてお前を王太子にしたわけではない。ましてや、正妃の子だからなどと。……王太子に相応しくないと考えている暇があるのならば、一つでも実績を重ねるがいい。光も闇もあわせ持ってこその国王ぞ」


 そう言われ、フランシスは“はい”と返事をした。けれど、その声にあまり覇気が感じられない。

 母が罪人となったことが明るみになれば、その息子が次の王となることに民たちから非難の声が上がる可能性が少なくないからだ。


「王妃のことだが、お前がマーガレット嬢を選ぶというならば、私に考えがある」
「考え、ですか?」


 僅かに首をかしげるフランシスに、国王は目を細めた。そして、フランシスの顔をじっと見つめ、その答えを待った。

しおりを挟む
感想 20

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(20件)

津崎鈴子
2020.03.14 津崎鈴子
ネタバレ含む
2020.03.15 綾織 茅

本当にコロナにはまいってしまいますね…。
そんな中、お楽しみいただけたようで本当に良かったです。
今のところ考えている展開がいくつかあるので、この期間で展開を固めて書き溜められるように頑張ります!
コロナに限らず、花粉症に風邪その他もろもろ、お気をつけてお過ごしくださいませ(*‘∀‘)

解除
津崎鈴子
2020.01.02 津崎鈴子
ネタバレ含む
2020.01.03 綾織 茅

あけましておめでとうございます。
前回更新からだいぶ間があいてしまって申し訳ございませんでした…。
ですが、喜んでいただけたようで、私も新年早々嬉しい気持ちでいっぱいです(*^^*)

やる時はやる師匠が食につられて活躍中ですが、
そろそろタイトル通りの彼にも登場してもらわないといけないので、
引き続き更新頑張ります(笑)

風邪やインフルエンザ等、十分お気をつけください(;'∀')

解除
津崎鈴子
2019.02.15 津崎鈴子
ネタバレ含む
2019.02.17 綾織 茅

本当はバレンタインデーぴったりに更新するはずが、予約公開を失敗しておりました……。
せっかくここまで引っ張ってしまっていたのに。

柱の陰から覗くトーテムポール。
丁度通りかかった周りの人達から見ると、さぞかし不審な光景に映ったことでしょう(笑)
私だったら遠回りするか見なかったことにする。絶対する。

次回はそう間があかないうちに、
ちゃんと予約公開かけて投稿できるように頑張ります!

解除

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。