33 / 36
新たなる策謀の行方
6
しおりを挟む穏便に事を済ませて欲しいという神への願いに、別の願いが追加されたのは少し前のこと。それからはただひたすらクリスが早く戻るよう念じるか、神に祈るかだった。
やっとクリスが戻ってくると、自分をここに監禁しようとしているということは一旦頭の隅にやり、美夜は必死の形相でクリスの顔を仰ぎ見た。
「クリスっ! この屋敷から出ないと誓うから、今すぐこの手と足の枷を外してっ!」
「嫌です。そんなこと言って、絶対に逃げるでしょう?」
「逃げないっ! 絶対!」
それからどうにかこうにか言い包め、目的の場所をクリスから聞きだす。そして、自由になった手と足を動かし、美夜は部屋を駆けだしていった。
――数分後。
(神様、捧げ物は一体何をお望みでしょう?)
目的の場所から部屋へと戻る間、美夜は宙を見上げ、心穏やかにそう心の中で呟く。
二つのうち一つしか叶えられていないが、彼女の今の気持ちとしては、一つ叶っただけでもありがたやである。それに、昔から言うではないか。二兎追う者はなんとやら。どちらか叶っただけでも良しとしなければ……ひとまずは。
部屋へ入り、クリスに手をひかれるまま、ミヤはソファーに腰を下ろした。
「あのねぇ、クリス。人間には尊厳ってものがあってね、決して手足を縛られて放置されていい生物ではないの。分かった?」
「はい」
「分かればいいのよ、分かれば」
「ですが、やはり心配なので、足だけでも」
「ちょい待ち。どこら辺が分かって返事したのか、言ってごらんなさい」
じとりと目を細めて見せる美夜に、クリスは僅かに首を傾げる。どこから持ってきたのか、手に持っている新しい縄を見下ろし、魔法を使って一瞬で消し去った。そして、いささか不満げな表情で美夜の方を見てくる。これでいいのだろうと言わんばかりだ。
その不満げな様子に、言い聞かせなければならないことが山ほどありそうだが、とりあえず再び縛られるようなことは回避できた。
「それで、師匠はなんて?」
「……」
「クリス? ちゃんと伝えてくれたのよね?」
「……」
「クリス?」
「……伝えました」
「そう。ありがとう。それで? なんて?」
「……」
「……クリス。教えてくれないのなら、ここを出て直接話をしに行かなきゃ」
美夜は身体を屈め、あらぬ方を見てだんまりを決め込むクリスの顔を覗き込んだ。
クリスはそんな美夜をちらりと見て、再び顔を逸らす。言いたくないことがある時、彼はいつもこうする。普段、顔を覗き込んでくるのはむしろ彼の方なのに、これでは逆だ。
しかし、美夜とてこの仕草には慣れている。じっと見続けた。じっと、ずっと。
やがて、根負けしたクリスが渋々口を開いた。
「……ベーコンとオニオンのスープと、パエリアが食べたいそうです」
「は?」
「だから、ベーコンと」
「いや、それ、メニュー? もしかして、もしかしなくても、ご飯のリクエスト?」
クリスはコクリと頷く。
これには美夜も頭を抱えた。というより、ほとほと呆れ返らされた。
(やっとの思いで伝言したってのに、戻ってきた返事がご飯のリクエスト!? ある意味普段通りで冷静さを保っててくれて嬉しいけど、なんか手放しにも喜べないこの気持ちのやりどころ!)
確かに穏便にと頼んだ手前、あれこれ文句を並べ立てることはできない。
だが、下手をすれば国をあげての一大事になるかもしれない問題の伝言の返事が食事のリクエスト。
いよいよ本格的に、彼の頭の中の辞書に‟弟子”という文言がどのように載っているのか、一度確認してみる必要がある。‟体のいい食事係”、もしくは‟多少の無理もなんなく言える雑用係”と載っていないことを願うばかりだ。
後者は弟子である以上ある程度は仕方ないかと思えなくもないが、決してこういう状況で食事のリクエストをされるような弟子はいないはず。それだけは断言できる。
そんなに食べたいのなら王宮の料理人達に言えばいいと、美夜が怒りの炎を静かに燃やしていると。
「……ミヤ」
「ん?」
クリスがようやく美夜の方を向いた。
「彼に言われたんです」
「……なにを?」
途端に、美夜は嫌な予感に見舞われる。そして、こういう時、悲しいかな、よく当たるのが彼女の嫌な予感である。ごくりと唾を飲み込み、そう尋ねた。
クリスは美夜の手をとる。実に真剣な表情で、美夜としては心配しかない。
そして、案の定。
「あんな奴に言われなくとも、二人とも幸せになるために頑張りますね」
「出たっ! あの人お得意の一言余計なやつ! しかも、食事のリクエストより、そっちの方が絶対大事なやつでしょう!? で? 何て? 何て言われたの!?」
美夜は彼の両肩に手をやり、がくがくと揺さぶった。
この際、リクエスト云々は頭から消し去ったっていい。食事のメニューなんて、多少変わったところで食べてさえいれば人間死にはしないからどうってことはない。
しかし、今度はクリスも断固として口を割ろうとしない。先程同様じっと見る作戦もあえなく失敗に終わった。つまり、今度は美夜が折れる番だった。
(誰か、お願いだから、師匠に言葉を選ぶということを教えてやって……)
もう手遅れであると分かってはいる。彼のアレは不治の病も同じこと。
だが、そう願わずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
1,492
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる