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新たなる策謀の行方
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しおりを挟む美夜を案内してきた侍従が頭を下げ、部屋を出て行った。
目の前のテーブルには女の人が一人、扇を持って口元を隠し、椅子に腰かけている。そして、美夜の記憶が確かならば、この女の人こそこの国の王妃殿下であり、フランシスの実母である。
美夜は膝を折ってお辞儀をし、改めて名乗った。
まるで全身を値踏みするような視線が投げられたかと思えば、次の瞬間には微笑みを浮かべる王妃殿下に、美夜は薄ら寒いものを感じた。
「さぁ、遠慮せずに。どうぞおかけになって?」
「は、はい」
椅子を傍に控えていた侍女が引いてくれ、美夜は言われた通り、同じテーブルの席についた。
王妃殿下が自分に何の用なのか。
真意が全く分からない以上、外行き用の笑みを顔に貼り付かせておくに限る。
昔取った杵柄はここでも大いに役立ってくれた。
席に着くや、王妃殿下は侍女が淹れてくれたお茶を勧めてきた。
(……明らかに怪しい、けど)
この国の王妃相手に出されたものを口もつけずに断るというのは、さすがに非礼にあたる。
ごくりと唾を飲み込み、美夜はカップに恐る恐る口をつけた。
一口、口に含ませてみると、だいぶ甘ったるく、喉に絡みついてくるような不思議な味がした。しばし反応をみてみるけれど、これといって体調に変化はない。
ほっと息を小さく吐くと、王妃殿下が口を開いた。
「今日は貴女とお話したいと思ってお呼びしたのよ」
「……とても光栄なことでございます」
「ふふっ。そう畏まらないでちょうだいな。貴女はブラッドフォードの王太子殿下と宰相子息の世話係だったとか。お二人の優秀さは国一つ挟むこの国にも聞こえてきているわ」
「フランシス様もとても聡明で、温和な素晴らしい王太子殿下かと。シストニアの将来も安泰でございますね」
「えぇ。ふふっ。自慢の息子をそう言ってもらえて嬉しいわ」
王妃もこの時ばかりは本当に嬉しそうに笑い声をあげた。
そして、ふと思ったのか、王妃は美夜を再びまじまじと見つめ、首を傾げた。
「でも、お二人の世話係にしては……歳が」
「えっと……色々ありまして。詳しくはお話できないのですが」
「あらまぁ、残念だわ」
美夜が困ったように笑うと、王妃もそれ以上は聞いてこなかった。
含みがある言い方なのは若干気にかかるところだが、こちらから切った話の筋をまた繋ぎなおすのは藪蛇というもの。
美夜も当たり障りのない笑みで王妃の言葉を受け流した。
「そういえば、フランシスとサングリッド家の令嬢との仲を取り持ってもらえたそうね。母として礼を言わせてもらうわ」
「いえ、そんな。お二人の仲睦まじさ、なによりでございます」
すると、王妃は扇を手の平に打ち付けて閉じた。
表情も笑顔から一転、憂いを帯び始めた。
「そちらが上手くいったのはいいのだけれど」
「……どうかなさいましたか?」
美夜が尋ねると、王妃は首を横に振った。
「いえ、なんでもないわ。それよりも、そのお茶、口に合わなかったかしら? お嫌い?」
「い、いえっ! もちろん、いただきます」
美夜が手元のお茶を一口飲んだだけで終わらせようとしていたのを、王妃は目敏く見つけていた。
再びカップに口をつけた美夜の口内に、一口目同様、言い知れぬ甘ったるさが浸透していく。
正直言って、美味しいと言えるものではない。美夜とてアランの指導の元、様々な薬草茶を口にしている。苦さや癖のあるお茶にはだいぶ慣れているはずだが、これは初めての感覚だった。
「そのお茶、ある所から特別に仕入れているものなのよ。なんでも、ぐっすり眠れるようになるとか」
「そ、そうですか。ぐっすり」
「えぇ。私もよくこのお茶を使っているの。……さぁ、もう少しお飲みになって。慣れない土地で疲れてしまっているのでないかと心配していたのよ」
「お気遣い、ありがとうございます。……では、もう少しだけ」
結局、一杯だけでなく二杯目も淹れられた。
王妃の勧めを断るわけにもいかず、美夜はなんとか二杯目も飲み干した。
それからしばらく雑談を交わしていると、案の定というか、ゆるやかに眠気が訪れてきた。けれど、毒と違ってまだ我慢がきく。
(……ええい、ままよっ!)
美夜は眠ったフリをすることに決めた。
ゆっくりと上半身をテーブルにもたれかけ、腕の上で顔を俯かせる。
(ぐっすり眠れると言ったって、二杯ぽっちでこんなに即効性がある薬茶。効果を知っているうえでなら、盛られたと言ってもおかしくない)
美夜がそんなことを考えていると、誰かがテーブルの方へやってくる気配がした。
「……上手くいったようで良かったわ」
「はい。しかし、薬師の弟子ということでしたが、耐性がついていないもののようで良うございました。魔術が使えぬ以上、これで駄目なら多少手荒な手段をと考えておりましたから」
「当然だわ。このお茶はまだどこにも出していない物なのだから」
知らない男の声だった。ガラガラとしたしわがれた声。でも、年寄りかというとそうでもない。きっと元々そういう声音なのだろう。
美夜が聞いているとも知らず、その声の男と王妃は話を続けた。
「ブラッドフォードの宰相子息はこの娘に随分と執心だと聞くわ。しかも、魔力も豊富だとか」
「はい。ですので、この娘、どのようにも利用できましょう」
「……ふふっ。これでようやく目障りな存在をまた一つ、完全に消し去ることができるのね?」
「さようにございます。……王妃様、計画が全て終わりましたその暁には、例のお約束の件を」
「約束? ……あぁ、大豆畑の買い上げの話。えぇ、構わないわ。どうしてあんなものがそんなに必要なのか分からないけど、好きにすればいいわ」
「ありがたき幸せ。これ以降も、王妃様に誠心誠意お仕えする所存にございます」
「頼りにしているわ」
(……この二人、クリスに何かするつもり? うーん。悪い事言わないからやめておいた方がいいと思うけど。……この前の火事の件だって、国際問題にならなくて良かったって安心してたっていうのに)
思わず漏れそうになる溜息を寸でのところで押しとどめた。
(それにしても、見返りが大豆畑? 確かに飢饉とかの場合は助かるけど、備蓄するにしたって……まさか)
美夜の頭に、一つの使い道が浮かんだ。
この世界の薬師とは、なにも治療するだけが仕事ではない。薬と名がつくもの全てに通じているからこそ重用されるのだ。
そして、美夜が思い浮かべた使い道も、その薬師の仕事が関係していた。
ただ、そうなると、これは予想外に重大事件になる。
「起きてしまわないうちに運んでおいてちょうだいね」
「仰せのままに」
椅子から立ち上がり、王妃と侍女が先に退出していく音がする。
美夜も残った男に担ぎ上げられ、どこか別の場所へ運ばれた。
薄く目を開けると、狭い場所に椅子が向い合わせに見える。どうやら馬車の中のようだ。
男は布で目隠し、手足縛り、猿轡を噛ませるという、女相手にいささか厳重な対応を美夜に施した。
「よしっ。……よい夢を」
そして、下卑た笑い声でそう言うと、ドアを閉め、立ち去っていった。
ここまで厳重に縛られてしまうとなると、そう簡単に逃げ出せそうもない。
あわよくばさらに情報を得られるかもしれないと、覚悟を決めてのこととはいえ、軽率すぎたかもしれない。
さて、アランとの別れ際に交わした会話でのフラグを完全に回収することとなったわけだが、果たしてちゃんと自分が頼んだことを聞いてくれるかどうか。
美夜の心配は自分の今後よりも、まずはその一点のみであった。
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