次期宰相様はご執心です

綾織 茅

文字の大きさ
上 下
27 / 36
恋する乙女

7

しおりを挟む
 





 日を跨ぎ、とうとう訪れたルイーチェルの日。

 ラッピングも手紙の準備も済み、後は渡すだけ。
 しかし、当の本人はというと、普段の淑女然としているマーガレットからはいささかかけ離れた姿で美夜の隣に腰掛けている。


「ミヤ。ど、どうしましょう。私、緊張してしまって、身体がザワザワして落ち着かないの!」
「大丈夫ですよ。ちょっとこちらへ」


 美夜はマーガレットの手を取って立ち上がり、庭の方を見下ろせる窓辺に手を引いて行った。

 先に外に目を走らせると、庭の至る所ではこの時期特有のとある光景が見られている。


(よしよし。いい感じに盛り上がってるじゃない)

「いいですか? ルイーチェルの日は贈り物を渡す方もですが、貰う方も同じくらい緊張しているものですよ」
「そういうものなの?」
「えぇ。……あちらをご覧ください」
「え?」


 マーガレットは素直に美夜の指差す方へ顔を向けた。

 けれど、どうしても聴き過ごせない声がこの部屋の外、真下の庭から聞こえてきてしまった。二人分の視線は自ずと指差す方ではなくそちらへ向けられた。


「いいですか?もう一度言いますよ?今日ばかりは仕方ありません。共同戦線を張りましょう。ただし! いいですね? 今日だけです!」
「分かってるってば。ミヤが作ったのを他の奴らの方がたくさん食べられるなんてズルい。断固阻止」
「えぇ、ルイーチェルの日に男に贈り物を渡すなんて勘違いする輩が出てこないとも限りません。それを黙って許すなんて愚かな真似、私は絶対に犯しません!」


 美夜達がいる窓のすぐ真下でそんな話をしているものだから、どんなに小声で話していようと聞こえてくるその二人分の声。
 そちらを見ずとも分かる身近な人物達のソレに、美夜は頭を抱えた。


「……アレは例が悪いので無視の方向で。ほら、話を戻して、あちらをご覧ください」


 美夜は真下にいるアレクとクリスと美夜の方を交互に見てどうしたものかと首を傾げるマーガレットの肩をそっと抱き、くるりと方向転換させた。

 幸いにもいくら厳格な王宮内とはいえ、今日ばかりは皆も浮き足立つらしい。異世界版バレンタインデーだというのはあながち間違いではない。


「あ、あの、これ」
「えっ? 俺に!?」
「なんだよ、お前。興味ないとか言ってたくせして。まぁ、俺はちっとも羨ましくない……わけあるかコノヤロー!」
「うわっ!」

「もらえる。もらえない。もらえる。もらえない。もらえる。……いやだぁー!」


 二人組の騎士に駆け寄る女官らしき姿、それと庭の隅で花の花弁を引き千切っては絶叫する姿。

 さすがに絶叫男には美夜も、おそらくマーガレットも引いている。その証拠に、若干前のめりだったマーガレットの身体がジリジリと後退していた。

 本当に今だけなんだよね?と若干心配になるけれど、他国のことなのだからあまり口に出すのはやめておこう。


「ゴホン。このように、皆が緊張するのです。なので、マーガレット様だけではありませんから大丈夫です。それに、たぶん……あ、いえ。なんでもありません」

(たぶん、フランシス様の方がヤバいことになってそうだというのは彼の名誉のためにも黙っておこう)


 出来た次男であるフランシスはマーガレットが好きすぎて己が敬愛する兄にでさえも直談判するくらいなのだ。初恋と言っていたし、余計にだろう。

 緊張で体調が悪くなってないといいが、彼に至っては緊張するなという方が酷な話だ。マーガレットが美夜を引き込んで何やら準備を進めているという話を侍女や近衛から聞き及んでもいるだろう。


「そうね。日頃の感謝の意味もこめて贈り物をするだけだもの。これに深い意味はない、と思えばいけそう……な気がしなくもないわ」
「……せめてその後半は絶対にフランシス様にお伝えしない方が良いと思いますよ」


 美夜の立ち位置ではこうやってお互いのためを思って助言するのが精一杯だ。けれど、美夜は二人のことをとても好ましく思っているので出来うる限りの手助けはするつもりである。


「……行ってくるわ」
「はい」


 意を決したマーガレットの表情は固い。けれど、綺麗で美しかった。

 マーガレットは美夜がいる方とは反対方向を向いたかと思えば、もう一度振り向いて美夜の手を取った。


「……あの、はじめに失礼な態度取ってしまって、本当にごめんなさい」
「まだそんなこと気にされてたんですか? あれは仕方ないことでしたし、ふふっ。フランシス様のことが本当にお好きなんだなぁってよくよく知れましたから」
「そ、れは……。んもう、意地悪ね」
「今頃お気づきですか? さ、早くしないとフランシス様の執務が始まってしまいます」
「えぇ、そうね。じゃあ、ミヤ、ごきげんよう!」
「ごきげんよう」


 手を小さく振って小走りで駆けていくマーガレットに、美夜は軽く頭を下げて見送った。




「……で?」
「ちょ、師匠。顎、邪魔です」


 建物の影からマーガレットとフランシスが向き合う姿を覗き見ている美夜。その上で顎を美夜の頭に乗せるようにして同じく顔を覗かせるのはどこからかせしめた菓子を手に現れたアランである。そして、その後ろにはもちろんクリスも立っている。
 当然ひっつきすぎの二人をクリスが許すはずもなく、アランの首根っこをひっ掴んだクリスの手によって美夜の頭はアランによって圧をかけられることから守られた。


「なんでこんな不審者みたいなことやってるの?」
「だって、気になるじゃないですか」


 世間一般ではこれを出歯亀という。

 二人に全く気づかれていないというわけではなく、こちら側を向いている形になるフランシスはとっくの昔に気づいている。
 けれど、それをあえて口に出さないのはマーガレットに気づかせてこの場をふいにしたくないからだろう。その気持ちが分かるからこそ、こちらも黙って密かに隠れて見守っているのだ。


「フランシス様、あの……これを……」
「え? 僕に?」
「ミヤの国に伝わるもので、ダイフクと言うのだそうですの。ミヤに作り方を教えてもらって、私が作りました」
「えっ!? メグが!?」
「はい。あの、召し上がってくださいますか?」
「もちろん! どこか東屋に、あぁ、でも執務が……」


 辺りを見渡し、少し離れた位置に控えている侍従の姿を見つけ、フランシスはその端正な顔を歪めた。

 マーガレットも今すぐ一緒にというのは無理だと分かっている。だから渡すだけで満足なのだと苦笑した。


「師匠」
「ん?」
「フランシス様のお仕事、今日だけでも代われませんか?」
「え?」
「余った材料で後で何か作りますから。せっかくいい
「ニクジャガとライス」
「は?」

(って、もういないし。こんな時だけ行動早いんだから。お菓子作りの材料に肉があると思うてか。……まぁ、今回ばかりはリクエストに答えましょう)


 食べたいメニューを言い捨ておいて、自分はとっととフランシスの侍従の元へと歩み寄っている。誰もが苦手意識を持っているアレクが自ら自分の方へ来たために侍従もジリジリと奇妙な顔をして後退り。結局はアレクの魔術によって引っ張られていった。

 それをフランシスとマーガレットはしばし呆然と見つめた後、二人で顔を見合わせて笑いあった。


「じゃあ、あそこの東屋に行こうか」
「はい!」


 フランシスにエスコートされ、少し離れた所にある東屋に向かうマーガレットの顔はまるで少女のような心からの純粋な笑みを浮かべていた。


「よし」
「ミヤ、もういいんですか?」
「うん。これ以上は馬に蹴られてしまうもの」
「え?」


 ことわざを知らないクリスは首を傾げた。

 美夜は膝についた砂を軽く払い、フランシス達とは逆、建物の入り口の方へ足を向けた。


「クリス。今からマックス達にもお菓子を送るから、転移させる魔法陣、出してくれる?」
「私の分もありますか?」
「えぇ。クリスは大学芋で、マックスはどら焼きよ。他の皆にはクッキーを焼いておいたの」


 小さい頃、今よりもだいぶ偏食家だった二人に美夜が作って食べさせたもの。二人の口にはあったらしく、それからは二人の好物となった。

 それを聞いたクリスは昔を懐かしむように遠くを僅かの間見つめ、美夜に視線を戻した。


「とても楽しみです。……とても」


 もう美夜は建物の中に入っていて聞こえないだろう。

 その声は嬉しさと共に、一種の切なさも上乗せされていた。


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...