次期宰相様はご執心です

綾織 茅

文字の大きさ
上 下
26 / 36
恋する乙女

6

しおりを挟む





◆◇◆◇





 マーガレットは真剣な表情で手の平の上のものを転がしていた。

 ルイーチェルの日をとうとう明日に控え、お菓子を泣いても笑っても今日中に作り終えなければならない。


「マーガレット様、そう、そうです。力はそんなに込めずに……その調子です」
「わ、分かってるわ。……ど、どうかしら?」
「バッチリです」


 美夜がくまなく形をチェックして頷くと、マーガレットはパッと朱を散らしたように頬を染めた。

 ここに至るまでにいくつか、では足りないほどたくさんやらかしてきたマーガレット。そしてその後始末を一手に引き受けてきた美夜。この二人の喜びようは同じようで大きく差があった。主に美夜側の、安堵という面において。


「後はラッピングですね。これは私も得意ではないので、手先が器用なメイドさんにしていただきましょう」
「え。でも、これも私が」
「大丈夫! マーガレット様にはまだやらねばならないことがあるでしょう?」


 出来上がったばかりの菓子が載った皿をマーガレットの手が届かない位置までグイグイと押し、美夜は用意しておいたレターセットをマーガレットの前に置いた。

 それを見て、マーガレットはうっと声を漏らした。


「マーガレット様に足りないのは言葉です。ご自分で考えられて行動なさることは素晴らしいことですが、それも程度が大事なのです。大変失礼かと思いますが、マーガレット様とフランシス様の間には圧倒的に会話が足りていません」
「会話なら……しているわ」
「どのくらいの頻度ですか?」
「週に……一度か二度」
「……それ、私がいた世界の恋人達なら遠距離恋愛中なんですかというくらいの頻度ですよ」


 下手すると、遠距離恋愛中の恋人達の方が言葉を交わし合っているのではないか。

 それでも会話不足なのはマーガレット本人も自覚があるらしく、恐る恐るといった感じではあるが、用意された羽根ペンを取った。


「でも、なんて書いたらいいのかしら?」
「普段お手紙を交換される時はどんなことを書かれているんです?」
「えっと……フランシス殿下が国外に外遊された時のその国の情勢とか、視察先の様子とか、かしら」
「……他には?」
「ほ、他? えっと、あ! たまに近く行われる催し物へのお誘いもいただくわ!」
「……マーガレット様、本っ当に失礼なことを聞きますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ。なぁに?」
「マーガレット様とフランシス殿下。お二人は婚約者同士なのですよね?」
「え。……えぇ」


 美夜の言葉にポッと頬を染めるマーガレット。

 両頬を手で押さえつつ軽く俯いているせいで、生温かい目で見る美夜の視線に全く気づいていない。


(それは一体、どこの文官が書いた報告書という名の手紙なんですか)


 お互いにお互いの好意に気づいていない本人達が書いたのには間違いないだろうけれど、ここまでこじれているといっそ清々しくなれ……るわけがない。

 見ているこちらはもどかしくてたまらない。たまらなさ過ぎて、さっさと二人をくっつけることがこちらの使命なのではないかという気分にしかならない。まぁ、押しも押されぬ婚約者なのだから、こちらがどうこうせずともなるようにしかならないのだけれど。そのくっつくまでの期間が短ければこちらの精神的負担は減る。


「マーガレット様。よろしいですか? ルイーチェルの日は相手に普段思っている自分の気持ちを伝えるには絶好の日です。これを機会に、フランシス殿下ともっとより親密におなりください」
「え、えぇ。でも」
「今日から明日が終わるまではでももだっても無しです。さ、これのことは今は忘れて」


 ズイズイッと便箋をマーガレットの方に押し出すと、美夜は自分の分の菓子を準備し始めた。


 ルィーチェルの日とは、異世界版バレンタインデーである。かといって、お菓子会社の社運をかけた一大イベント化している現代のソレとは違い、いつもお世話になっている相手に対しても送られる。

 お世話になった王宮の人達へクッキーでも焼いておこうと準備は進めてあった。なにせ大勢いる人数分一度に大量に作れるお菓子。しかも、仕事の合間でも簡単に摘まめるのだからこれ以上お礼に適したお菓子はない。

 さすがにマーガレットが贈ろうとしているフランシスには贈れないけれど、彼にとっては最高の一日になるに違いないから許してもらえるだろう。


 問題は、だ。

 美夜がマーガレットのお菓子作りの見本にと作ったものを食さんと虎視眈々と狙っている肉食獣。もといアランである。今は大人しく少し離れたところに用意された席に座り、侍女に出された菓子を頬張っているが、これからも大人しく待っている保証なぞどこにもない。

 そしてその横には若干疲労の色が見えるクリストファーの姿もある。こちらはこちらで美夜の動きをずっと目で追っている。


「美味しそうだね」
「あれは全部私が貰うものです。貴方はそこらへんの菓子でも満足できるでしょう? 貴方には、いえ、誰であろうと一欠片たりとも寄越さない」
「ちょっと。そこの二人。師匠、これはマーガレット様の手本用で誰かにあげる用じゃないのでダメです。それから、クリス。これは王宮に私が滞在させてもらっているお礼で皆さんに配るものだから、一人占めしちゃダメ」
「えー」
「そんなっ! ずるいっ!」


(二人して……子供じゃないんだから)


 クリストファーはいつもなら同じ席につくのも嫌だとばかりにアランのことを毛嫌いしているというのに、いったいどういう心境の変化があったのか。言葉こそ交わさないが、同じテーブルについている。


(……でもまぁ)


 形は違えど大切に想うのはマーガレット達と同じ。

 だからこそ、今頃一人政務に励んでいるであろうマクシミリアンの分も含めて、三人の大きな子供達にもこっそり別のお菓子を用意しているのは絶対に明日まで内緒のこと。



しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...