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二回目の初めまして

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 ……温かい。

 とても温かくて、懐かしくて、くすぐったい。

 そんな気持ちが内側から溢れてくる。


 誰かが頭を撫でる手にそっと擦り寄ると、フフッと零れた笑みが聞こえてきた。


 そっと目を開けると、見たことのない少し固い台の上に寝かされていた。

 上からあてられる光がとっても眩しい。

 眩しさに目を細めると、あの人以外にも知らない人間が身体を触ってきた。


 誰? なに? 助けて。


「うーん。野良だって聞いてましたけど、随分短時間で懐いたんですね。検査の邪魔です。さぁさ、出た出た」
「分かったよ。ほら。俺達は待合室で待っとこうぜ」
「うん。じゃあ、よろしくお願いします」


 あの人は一緒に来ていたもう一人の男の人とどこかへ行こうとしている。

 それが分かった時、私の頭の中にあの日が蘇った。


 怖い。嫌だ。

 また離れ離れになっちゃう。

 そんなの……そんなの嫌だ!!


「「「えっ」」」


 気づいたらあの人の肩の上にいた。

 離れまいとギュウッと首を絞めない程度に巻きつく私に、その場にいた皆が息を呑むのが分かった。


「これは……私の手には負えないかもしれません」
「君、ただの狐じゃなかったの」
「そう言われてみれば、白い狐で赤い目って珍しいもんな」
「アルビノっていう遺伝子上の変異がありますから数は少ないですが、ちゃんとそういう個体もいることにはいますよ。ただ、この子はそれとも違うようですね」


 青い服を着てメガネをかけている男の人の目が段々怖いものになってくる。


「ちょっと採血をしてみようか。大丈夫。痛くないよー」


 満面の笑みで私の身体をあの人から引き離そうとしてきた。

 それだけで私のこの人に対する心証は地の底まで落ちていく。


 離して! 触らないで!


 そう言っているはずなのに、口から出てくるのは犬と猫が混じったような鳴き声。

 全く相手に伝わらない。


「エキノコックスが怖いから、糞便検査もしないとねー」
「普通の狐じゃないのに、糞とかでるものなの?」
「分かりません。でも、是非ともやってみなければ!」
「……ねぇ、本当にこの人獣医だよね? 科学者とかじゃないよね?」
「大丈夫だ。獣医、の、はず。表に動物病院の看板あったし」


 あの人も青い服の男の人の異常さが分かったのか、もう一人の男の人に尋ねた。


 あぁ、もう。

 私の言いたいことが伝わらないのがもどかしい。

 女神様、どうかもう一つだけお願いです。

 お役目一生懸命頑張りますから、あの人と喋れるようにしてください。


 もうちょっとで私の身体が完全にあの人から引き剥がされようとした時。


「我が神使に無体を働くのはどこのどいつじゃ?」


 ……あっ! 女神様っ!


 私の祈りが通じたのか、女神様が自らやって来てくれた。

 あの人も他の二人も私の時以上に驚いている。

 すぐに反応を見せたのはあの人だった。


「……あ、も、申し訳ございません」
「コレは我がそなたの元へ遣わした神使。ゆえに病など持ってはおらぬ」


 少しムッとした女神様があの人の首に巻きつく私の喉元に持っていた扇の先をあて、すっと撫でた。


「これで喋れるようになったであろう?」
「……あ、あ、りが」
「おっと。この国の言葉に直してやらねばな」


 どうやら私が話していたのはこの国の言葉ではなく、あの国のものだったらしい。

 それに気づいた女神様はすぐにもう一度同じ仕草を繰り返した。


「これでどうじゃ?」
「どう、ですか?」
「うむ。問題ない」


 そう言うと、女神様は私からあの人へ視線を移した。


「コレはそなたに仕えさせる。我とそなたを繋ぐ者ゆえ大事に扱え。大事にな」
「僕に、ですか?」
「コレでは不服かえ?」
「い、いいえ。ですが、このように神使を御貸しいただくようなことは今まで」
「気が変わったのよ。そなたにはこれから山ほどしてもらいたいことがある。言ったであろう? 我とそなたを繋ぐ者だと」
「……分かりました」


 それからあの人は私の身体をそっと撫でてくれた。

 先程までとは違い、恐る恐るだけどあの人だってことには違いない。

 だから私はこれでも十分満足だ。

 そしてなにより、今は話もできるようになった。

 これ以上望んだらそれこそ罰があたるだろう。


「では、我は神域へ戻ろう」


 女神様が踵を返し、あの場所へ戻ろうとした時だった。


「あぁ、そうそう」


 振り返った女神様は言葉を続けた。


「ソレの名は璃桜だ。勝手に他の名をつけることは許さぬ」
「……あ、申し訳、ございません」
「ゆめゆめ忘れるな」
「はい」


 そして今度こそ女神様はこの場から姿を消した。


「君の名前、璃桜って言うんだ」
「はい。めがみさまにつけていただきました」
「……本当に意思疎通が図れるなんて」
「すげぇ。神使を式にってなかなか持てるもんじゃねーぞ」
「うん」


 あの人は私を首から離し、胸の前で抱っこしてくれた。

 毛をすいてくれる手が本当に気持ちいい。


「……あなたのなまえは、なんですか?」
「僕? 僕は千ヶ﨑ちがさきいおり。庵って呼んで」
「いおりさん」
「うん。よろしくね」


 あの人―名前を変え、庵さんとなったあの人はニコリと微笑んだ。

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