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序章
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しおりを挟む※とある少年※
ポツリと何かが空から降ってきた気がして、空を見上げた。
そこには都会のビル明かりに負けじと光る星々と、満月が天高く昇っている。もちろん雨雲なんて欠片もかかっていないし、ここ一週間は毎日晴れだという予報を今朝耳にしたばかりだ。
「……気のせいか」
今は仕事終わりで色々なものに敏感になっているから、きっとそのせいだろう。
そう気を紛らわせて、僕は迎えを呼んである場所まであともう少しの距離を歩くことにした。
人目を避けるように大通りから一本奥まった道へ抜けると、何かの鳴き声が聞こえてきた。
道と道を挟むように流れる川にかかった橋の袂に何かがいる。
そして、その何かに先程まで相手をしていたモノが覆いかぶさるようにしているのが見えて、僕の足は自然とそちらへ向いた。
「……こんな所に狐?」
街中の、動物園でも山の近くでもないところで子狐に遇うことになるとは思わなかった。
エキノコックスっていう寄生虫が有名だから近づかない方がいいと頭では分かっているのに、クゥーンと子犬のように鳴き、ジッと僕のことを見上げてくる白い子狐。
「お前、一人なの?」
「親は?」
言葉が分かるはずもないことくらい考えなくたって分かるのに、つい口にしていた。
「一緒に来る?」
首を傾げる子狐の身体は寒さに震えている。
まだ春先で、寒さをしのげるような場所はそう多くはない。
子狐を着ていたコートでくるんで拾い上げた。
親の姿が近くにないかと辺りを見渡してみるけれど、その姿はどこにもない。
……お前も親に捨てられてしまったの?
……お前も僕が恐ろしい?
子狐はゆっくりと目を閉じて眠ってしまった。
途端に子狐の身体が重くなってくる。
でも、温かい。
久しぶりに感じた温もりに、僕は足取りが先程までとは段違いに軽くなるのを感じた。
「……狐?」
待ち合わせの場所で車に背を預けて立っていた男が、僕が抱いているものを覗き込んできて驚いている。子狐を指差し、僕と子狐を交互に見てきた。
メガネで童顔なのを隠している男は今年でアラサーの仲間入りをするらしいけれど、メガネをかけていない時は高校生、下手すると中学生でも通用するくらいだ。
「いいでしょ? 動物病院で診てもらえば」
「でも、屋敷の連中がなんて言うか」
「言わせておけばいいんだよ。直接言えないような奴なんてのは放っておけばいいし、仮に直接言ってきたとしても黙らせればいいよね」
「そんなこと、その表情で言うなよな」
「え? 何か問題でも?」
首を傾げると、男は押し黙ってしまった。
車の窓ガラスを見ると、僕の顔はいつも通り笑っている。
なんの変わりもない。いつも通りだ。
「……何でもない。帰るぞ。……いや、動物病院が先か」
運転席のドアを開け、男は素早く乗り込んだ。
僕も片手で子狐を抱き直し、車の後部座席のドアを開け、先に眠る子狐をシートの奥の方へ乗せて僕もその後に続いた。
「今の時間開いてるの? 夜中の三時だけど」
「人間と同じで夜中でも対応してくれんだよ。ちょっと待っとけ。今、知り合いの獣医に連絡とってやるから」
「はーい」
男がスマホをいじって電話をかけている間、僕はこちら側の窓の外をジッと見ていた。
まだ寒い時期の深夜三時ということもあって、周りに人はほとんどいない。車もまばらに通る程度だ。
ふと反対側から気配を感じ、子狐がスヤスヤと眠る方を見ると、そちらの窓から子狐を見下ろす影が映っていた。
人型をしているけれど、その姿ははっきりとはしない。
ただ、悪いものではなく、むしろこれは……。
「おい、今から来ても構わないだと。行くぞ」
「あ、待って」
もう一度見ると、その影はもうすでに消えていた。
さっきの影の正体はなんだったんだろう?
色々なモノを相手にしてきたから僕に対して何か言いたいことがあるなら分かるけど、さっきのは僕ではなく、この子狐を黙って見ていた。
どこかで死んでしまった親狐が人型をとって様子を見にきたんだろうか。
何も知らず、ただ眠りにつく子狐。
コートの上からそっと身体に手を当てると、僅かに身動ぎした。
この小さな温かいモノが今日から僕の唯一の家族になる。
「……名前を」
「え? なんだって?」
小さく呟いたから前で運転する男にはあまり聞こえなかったらしい。
でも、別に聞かせたいわけじゃないから別にいい。
そうだ。この子に名前をつけてあげないと。
窓の外を再び見ると、空にはまだ星が煌めいている。
「スターシャ」
うん、響きもいい。
君の名前は今日からスターシャだ。
よろしく、スターシャ。
僕のたった一人の家族。
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