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本当は怖い賑やかなお祭り

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「んんっ」


 土石流の轟音の中、ともすれば聞き逃してしまいそうな咳払いがすぐ背後から聞こえてきた。

 なんだなんだ? 今度は誰?

 オネェさんから少しだけ目を離し、そちらへ目をやった。


「あっ!」
「まったく。君、厄介ごとを自分から引き起こしてるっていうこと分かってる?」
「千早さま!」
「都で留守番だったはずなのに、急遽きゅうきょ呼び出される僕の身にもなってよね? ……だから甘えないってば!」
「ぎゃうっ」


 まさかの救世主登場に、ついついしゃがんで抱きつこうとした。
 けれど、頬をムイッと押され、それは叶わず。代わりと言ってはなんだけど、冷たぁい視線が送られてきた。


「ここは僕と彼がなんとかするから、君はあっち。分かった?」
「……はい」


 千早さまが指さす先にいる神様。
 同類というか同業というか、同じ神様が二柱も降り立ったのに、何の反応も見せず、ただただ眼下を見下ろしている。


「さて、と。私もせっかく来たんだからお仕事しなきゃね。雅ちゃん、貴女ならきっと大丈夫よ」
「うん。行ってきます!」


 オネェさんと千早様が二人で私が張っていた結界を上塗りしてくれたおかげで、土石流は完全にせき止められている。新たな場所から土石流が起きても、この二人がついていてくれるなら全然問題ない。

 私はこの場を二人に任せ、神様に走り寄った。

 何も聞こうとしていないから、きっとどんなに呼びかけても無理だろう。
 だったらもう好きにやらせてもらおうじゃないか。

 神様の隣に立ち、神様の顔をこちらに向ける。

 片手を頬に添え、もう片方の手を大きく振りかぶり……。


「ほんっとごめんなさーいねーっ!」


 バチーンとにぶい音が一瞬響いた。

 神様平手打ちしちゃったけど、ちゃんと謝ったよ。棒読みだけど。
 だから、後でひいおばあちゃんにチクるとか無しでお願いしまーす。

 それまでにごった眼をしていた神様の瞳は、瞬きをしているうちにわずかに色が戻ってきた。

 それならこっちのもんだ。


「私のうきうきわくわく温泉旅行返せ!」


 あ、違った。間違えた。

 本音が先に出ちゃったんだけど。


「……土石流起こそうとするのやめて! 大事なんでしょ? 人も、土地も、思い出も」


 そうそう、こっちこっち。

 ハッとした顔つきを見せたかと思えば、神様の視線は千早様達がいる方へ向けられた。


「神様。あのね、私、思うの。神様もここの人達も両方悪い。だから、両方にばつを受けてもらおうって。神様はもう罰を受けた。だって、神様が大事にしていた自然がこんなになっちゃってるんだもの。だから、次は人の番。大丈夫。この国の帝様は立派な帝様だから」


 帝様は優しいけど、時にとっても厳しくなれる人だ。それに、橘さん達もついている。悪いことをした人間は絶対に見逃さないよ。

 だから、さ。


「神様は堕ちちゃダメ。怒りをしずめてさ、るべき場所に帰ろう?」


 そして、もう一度この土地の人達とこの地を盛り立てていってくれればいい。

 そのためには神様が正気に戻ってくれることと、神様の言葉がきちんと正確に伝わることが大事だ。

 もちろん、私も協力しよう。


「約束。この土地のしき風習は繰り返すことなくもう終わる。終わらせられる。信じられないなら誓約書でも書く?」

「必要ない」


 ……ふぅ。いつからいたのさ。

 アノ人が何もないはずの宙からいきなり降ってきた。

 むむ。
 無表情ながら呆れてる? いや、責めてる?
 うーん、分からん。


「お前は似らずとも良い所がアレに似た」
「アレ? お母さん?」
「あぁ」


 驚きに目を見開く神様へ、アノ人はいつも通りの感情の乗らないひとみを向ける。

 すると、冥府の元主宰神というのはこの世界でも偉いのか、神様がビクリと身体を震わせた。

 ……同じ神様に怖がられるって、冥府ってやっぱり怖いところなのかなぁ?
 そりゃ、生きてる間には行きたくない場所だけどさ。

 ……っとと、危ないなぁ。

 アノ人に肩をサッと抱き寄せられ、たたらをむ。
 抗議してやろうとアノ人を見上げると、アノ人は真っすぐ神様を見ていた。


「そなた、吾子あこがこのように約定やくじょうを持ちかけたと言うに、よもや聞けぬとは言うまいな」
「……っ」
「吾子も神と人の混じりがあるとはいえ、神の血を引き、神の力を行使し得る者。神が持ちかける約定がどのようなものかは、そなたもよく知っているだろう」


 あのー、“やくじょう”ってなに?
 コノ人ってば、難しいことばっかり言うから話が全然分からない。

 約束だよ、約束。
 そりゃ神様にする約束なんだから結果を出すために生半可なまはんかなことではいけないけれど。

 しかも、神様おどすような真似はしないでよ。

 さらに言いつのろうとする素振りを見せるアノ人のそでを引いて黙らせた。

 
「神様、一度だけでいいんです。もう一度、信じてみませんか? 人を」
「……」


 神様はうつむいてしまい、何も言わない。

 でも、千早様達がおさえててくれた土石流は、やがて小さな石が一つ、最後に落ちてきて止まった。
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