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起こしてはならぬモノ
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抱き寄せてきたあの人の胸元を押し、身体を離した。
何故?みたいな雰囲気を醸し出されたけど、こっちが聞きたい。
「なんで雅が連れ去られたっていう時に、あなたは周りに迷惑をかけるだけなの?」
「……」
「まさかとは思うけど、雅を助け出す術がない、なんて言わないわよね? 約束だったものね? あの子が生まれた時、これからは私だけじゃなくってあの子のことも気にかけるって」
「……優姫が抱きしめさせてくれたら見つけられる」
「なんて?」
近くの木陰からおぉっという、どういう反応なのか分からない声が聞こえてきたけれど、今は無視だ。
「……分かった」
「絶対よ? それと、迷惑をかけた皆さんにはきちんと後から謝罪と誠意を見せること。それが終わったら……その時はその時ね」
「うむ。雅がそなたにしてもらっていたように膝枕がいい」
「そういう事は解決してから言ってちょうだい。……さ、あのお二人を元の世界へ連れて行ってさしあげて」
「……二人?」
私が視線を向けた先にいる方達をようやく認識したらしい。
本当にこの人は……。
それほど神に愛されるということは神に仕える家の者としては誉高いことなんだろう。けれど、子を持つ母親で、今現在もその子が窮地に立たされているかもしれないっていう時にこんな状態になっている父親に対して嬉しく喜べるはずもない。
「二人の間にできた子を守るのも親の大事な務めよ」
未だに父と認められていないことはあの子の様子を見ていれば分かる。
そして、顔には出ないけれど、それをこの人が気にしていることも。
「うむ、そうだな。……そこで何をしている。行くぞ」
……あなたをここまで呼ぶための道具を届けてくれた親切な方達に何てこと。
まぁ、本当は私がそっち側に行くはずだったみたいだけれど、結果オーライなら問題はないわよね?
「綾芽さん」
あの人が繋げた道を行こうとする彼に後ろから声をかけた。
振り返った綾芽さんは僅かに首を傾げている。
「あの子のこと、よろしくお願いいたします」
「……えぇ。分かっとります。ほな、また」
下げた頭を上げると、丁度三人の後ろ姿が消えていくところだった。
完全に消えてしまうと、周囲に鳥の声や風の吹く音が戻ってきた。
いつものことながら、あの人が周囲に結界をそれとなく張っていたのは分かっていた。
そういうことには気を回せるのに、何故あぁもどこかずれているのか。
それはあの人が人間じゃないからで、人の常識にあてはめようとしているからこそ起きることなんだと言われてしまえばそうかもしれない。
けれど、私はどうしても平凡な日常というものを相変わらず望んでいた。
あの十七の誕生日の日に失われ、代わりに訪れた非日常の日々。
雅が生まれ、子育てに奮闘する毎日でようやく手に入れたと思っていたけれど、それは大きな間違いだったようだ。
「雅。どうか無事で」
私欲の交じった気持ちで神を奉じるのは良くない。
でも、浅葱の神様は寛大だ。
なにせ、自分の神域の中に他の神を招き入れるだけでなく、そこで奉職している娘を嫁にと請われて許すくらい。
そんな浅葱の神様だもの。
きっと娘を想う母の気持ちは汲んでくださるはず。
社殿のある方へ手を合わせ、ただ一人、そう願った。
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