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雨降って地固まる

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 ◆ ◆ ◆ ◆


 起きたら綾芽達がいなかった。
 私以外で島に残っているのは、子瑛さんと、東の厨房のお兄さん達が何人か、奏様達、橘さんに菊市さん、櫻宮様、須崎家のお兄さん達、それから一緒に連れてきたこの島の人達。
 つまり、東の主だった面子はほぼ全員が都に戻ったというわけだ。


「いっつもさぁ、なかまはずれにしてさぁ」
「あぶない、だから、しかたがない」
「あぶないなら、なおさらいっしょにつれてくべきだとおもうのよ」


 大人はさ、いつもそう!
 子供だからって、何もできないし、何も分からないと思ってる。全然そんなことないのにさ。危ないのだって、大人だからとか子供だからとか、そんなの関係ないのにさ。それを割とずーっと言ってるつもりだったのに。
 それに、子供だから連れていけないっていうんだったら、薫くんだって、子瑛さんと同じくまだ未成年。なのに、薫くんは今ここにいない。

 つまるところ。

 ――ずるい!

 ただその一言に尽きる。


「雅ちゃんの気持ちも分かるわ。けど、あなたが危ない場所に行けば、彼らも注意力散漫になりかねないし、それで彼らが怪我をしてしまったら嫌でしょう?」
「……でも、でもさでもさ、おきるのまっててくれても」
「えぇ、そうね。でも、今回は急を要することだったのよ。いい子のあなたなら、大人の事情だって理解できるわよね?」
「……ん」


 奏様にそう言われたら、なら悪い子になる!なんて言えるわけがない。
 大人の事情とやらも、もちろんちゃんと分かってる。ただ、理解するのと、納得するのはまた別の話ってだけで。

 不貞腐れて枝で地面にのの字を書き始めた私を見て、子瑛さんもそっと隣に屈んでくれた。右手で枝を握り、空いた左手で子瑛さんの服をきゅっと掴む。それでもこの不快感は全然拭えそうにない。

 ……それに、なんだろ。なんか変。胸の辺りがぐるぐるする。


「ねぇ、後悔しない?」


 私が聞かれているのかと思って顔を上げたけれど、違った。リュミエール様からそう尋ねられていたのは、橘さんの方だった。
 リュミエール様はさっきまで座っていた椅子から立ち上がり、橘さんの前に立って首を傾げている。薄い笑みを浮かべた唇が二の句を告げようとすると、二人の間に片腕を差し入れた奏様がその続きを制した。


「リュミエール様」
「はぁい?」
「あまりこちらに干渉しすぎるのはよくありません」
「あら、いつも貴女が片方に肩入れしすぎるのはよくないって言ってるじゃない。今の状況はあまりにもあちら側に有利だもの。それって公平じゃないでしょう?」


 それを聞いて、橘さんや菊市さん達が奏様や鷹さんの方へ視線を向ける。奏様達はその視線を避けることはしなかったけれど、よく観察しなければ分からない程度には眉をひそめていた。
 そんな中で、そっとリュミエール様の方を見上げると、皆のその様子を面白がっているようにしか見えなかった。紛うことなく愉快犯だ。


「どういう、意味ですか?」
「そうね。どういう意味かも含めて、よーく考えてみて? この一年ほどの事件の数々は、貴方達が考えている者達だけが犯人、それで本当に正しいの? 分かりやすい敵よりも、味方の振りをしてうまく立ち回る者の方がよほど恐ろしいと思うのは私だけ?」
「……もし、貴女が今おっしゃったことの意味全てを理解したとして、何故、それで私が後悔することに繋がるのですか?」
「あら、懐に入れた者を疑わない良い子ちゃんのようでいて、その実、切り捨てることもいとわない悪い子ちゃんだったのね」
「リュミエール様! ……失礼な物言いだと感じたならば、主の代わりに謝罪を」


 奏様と鷹さんが僅かに頭を垂れる。それを受けて、橘さんも微かに首を左右に振って応えた。


「……この際なので、私からも一つ、いえ、二つほど助言を。我ら元老院はこの一連の事案に関係した人外が皇彼方と栄太以外にもいると考えているわ。確証も捕縛できる理由もないから、今はまだ泳がせているに過ぎないのだけど。それと、訂正させてちょうだい。リュミエール様が先ほど味方の振りと言ったけれど、それは語弊があるわ。真実、貴方がたの味方でしょう。ただ、多少の犠牲はやむを得ないと考えておいでのようなだけで」
「……人外? ……まさか、そんなはず」
「でもね、物事は誰が起こしたかってことよりも、何故起きたかってことの方に重きを置かなければ真相が見えてこないことだってあるものよ。あと一つ、貴方はもう知っているはず」
「……っ」


 奏様が橘さんの耳元で囁いた言葉が、残念ながら私には聞こえなかった。
 でも、橘さんの顔つきが強張り、勢いよく奏様の方を見つめたからには、よほど重大なことだったんだろう。
 奏様が傍を離れた後、力なく開かれた掌をぼぉっと見つめ始めた橘さんの姿は、とてもじゃないけど見ちゃいられなかった。


「リュミエール様」
「あら、雅ちゃん。大きくなってどうしたの?」
「足手まといにはならないし、綾芽達の注意力散漫になる原因だっていうなら姿を消しておきます。だから……だからね、私と、橘さんをつれてってほしいの」
「どこへ?」
「……綾芽と、帝様達のところ」
「貴方も?」


 問いかけられた橘さんは、私の方を見て、ゆっくりとただ黙って頷いた。
 後悔しないかと最初に尋ねてきたのはリュミエール様の方だから、断られはしないだろうと分かっていた。
 それでも、子瑛さんの服から離した手を、今度は橘さんのソレに伸ばす。


「Après la pluie, le beau temps.」
「え?」


 英語じゃないよね? フランス語、かな?

 笑みを浮かべているリュミエール様にその意味を尋ねようとしたけれど、その答えはとうとうもらえなかった。

 いつもの赤い大門を潜るのではなく、淡い光が私と橘さんを包み込んでいく。
 あ、皆の前から消えるな、これ。と理解し、実際にそうなる間際。

 ――幸運を。

 そう唇がかたどったリュミエール様の笑みは、綺麗なもの好きな菊市さんが絶賛するのも当然の美しさを湛えていた。

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