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雨降って地固まる

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◆ ◆ ◆ ◆


「……あらあら。そんなに警戒しなくてもいいのにね」
「あ? なんか言ったか?」
「いいえ? なーんにも」


 よくもまぁ、そんな満面の笑みで白々しい嘘をつけたもんだ。

 あれやこれやと指示を出して忙しくしている俺の横で、デッキチェアに腰かけ、優雅に紅茶をたしなんでいる奴がいる。これが綾芽や海斗を始めとした俺の部下達なら有無を言わさず鉄拳制裁の一つも食らわせるところだが、何しろ相手が悪い。

 雅と一緒に森の中へ入っていった雷焔の主だというこの女――リュミエールは、確かにこの場で他の誰も代わることができない役目を担っている。
 まだ十代も半ばに見えるこいつの目は、本来ならばこの辺りの海を思わせる瑠璃色のソレだが、今は片方が猩々緋しょうじょうひの――鮮やかな深紅色のソレに変わっている。その目を時折、その存在を確かめるように取り出した鏡で覗き込んでいた。

 というのも、今、こいつの目の色が変わった方の瞳の中に、ここの神さんが封じられているのだ。封じるといえばいささか物騒な話に聞こえるかもしれないが、実際には至って穏やかで、それでいて高度なものになる。

 初め、ここの神さんがあと数日で代替わりすることになると聞いた時は絶対間に合わねぇと思ったが、これがなかなかどうして。こいつはその問題を歯牙にもかけなかった。

 それからにわかに焦りの色を帯びる俺達に向かって、こう言い放ったのだ。


「時間がないのが問題なら、時の流れがより緩やかな場所でゆっくりと休んでいればいいじゃない」


 どこかで聞いたことがあるような言い回しだが、それができるならと誰もがその案に飛び乗った。ここまで来ると、何から何までおんぶに抱っこのようなもんだ。だがまぁ、幸いそれを問題視する奴も逆に当然と思う奴もいない。

 人には人の、人外には人外の。それぞれがやれる事やるべき事、またお互いの侵されざるべきその領分ってものがある。だからこそ、今、綾芽達は建物の簡単な修繕や掃除などを汗水垂らしながらこなしている。

 そして、俺の領分――役目といえば、その指示監督ともう一つ。


「それにしても。ねぇ、退屈なの。また何かひと騒動起きてくれないかしら?」
「もう十分。黙ってたってお釣りが来る。いいから大人しく座っとけ。いいか? 大人しく、座っとけ。……今、ここで」


 大事な事だから二度、それも雅に言って聞かせる時のようにゆっくりと、より強調して言っておく。立ち上がりかけた奴の肩を掴み、力を軽く込めて椅子に引き戻す。不満そうに睨んでくるが、ふんと鼻を鳴らしてやった。

 あぁ、分かってるさ。どうせ、いつどこで座っとけと先に言わなかったから、好きな所で好き勝手した後、そのどこかで大人しく座ってた、とでも言うつもりだったんだろう。

 ……はっ! そうは問屋がおろさねぇよ?
 一体何年、人の揚げ足取ることを生き甲斐にしてんじゃねぇかって奴の上司やってると思ってんだ。舐めんじゃねぇ。


「……それで?」
「それでって? なぁに?」
「須崎家の二人だけを残して森の中に連れて行った理由だよ。時間がないってんで理由までは聞かなかったからな。退屈だってんなら、その退屈しのぎに説明してくれたっていいだろ?」
「そうねぇ、まぁいいわ。別に大したことはない、ごくごく普通の呪い。それがあの威勢だけは良かった彼にかけられてるみたいなのよ。その有効範囲を見極めるため、ってところかしら?」
「……ごくごく普通が普通だった試しが一度だってあったか?って疑問はこの際脇に置くとして、その呪い、一体どんなもんなんだ?」
「この土地の血を引く者にあだなす者は遠ざけ、いつの日かまたこの地に戻り、幸せになるように」
「……は?」


 それは、呪いというよりは祝福や祈願というべきものでは? 少なくとも、恨むべき相手に対してかけるものではなく、むしろ大切に思う相手にかけられるもののはず。


「あら。立派な呪いじゃない。だって、相手にどんな理由があれ遠ざけられて、おまけに幸せになることを強いられる。幸せなんて、それこそ価値観の違いでどうにだってなるものなのに。かけた相手が死こそ全ての救済と捉えるならば、幸せの末路なんて想像に難くないでしょう? その逆もまたしかり、ね」
「……まさか」
「あの威勢だけは良かった彼、父方か母方のどちらかにここの血が入ってるみたいね。一人だけみたいだけど、それでもちゃんと作用するなんて、立派な呪いだわ。さすが彼がかけただけある」


 そう言って、リュミエールは自分の深紅の瞳を指さした。
 それを見て、ふと思い出す。数日前に聞いたばかりではなかったか。ここの神の秘密というか、とある事情を教えてくれた、かの神から聞いたばかりの中にあったある話。


「もしかして、ここの神が加護を与えて送り出した娘の」
「……ふふっ。親の勘かしら。もし、彼が肺の移植を受けていたら、事態はもっと複雑になっていたでしょうね。直前でとりやめさせて別の子供に移植させるなんて。しかも、その移植された子の親は恩を感じてさらに忠義を尽くすようになるんだから、一石二鳥?っていうのかしら? ほんと」


 ――人間って面白い。

 そう言って笑うリュミエールは、怪しく輝く瞳を細めた。


「……なるほど。奴の体調が一向に良くならないのは、傍らにこの土地の者を害して手に入れた肺を体に移植された奴がいたから、と」
「星鈴が言うには、アレルギー反応と似たようなものらしいわ。それが体に触れたり体内に入ったりしてきたものに反応してか、体外のある一定の範囲内にあるものに反応してかの違いなだけで」
「だが、奴自身にも両方流れてるぞ? その、害した方と害された方の」
「彼に関してのみいえば、もう上手くバランスをとっていくしかないでしょうね。壊そうとするものと守ろうとするもの両方の力が優劣争いながら身体に働くんだから。つまり、一番の治療は花を見つけることでもなんでもなく、ここに住むってことなのかも。ほら、呪いの一部にあるでしょう? いつの日かまた~ってやつ。いいじゃない、転地療法ってことで。いくら花で治しても、他がダメになったら意味がないでしょ?」
「……なんでアンタはそんなに楽天的なんだ」


 確かに、奴にとってはそれが最良なのかもしれない。
 ただ、これからここに住むとなれば、今後戻ってくるこの島――この国で元々暮らしていた者達は、彼らの感情はどうなる。しかも、こればかりは俺達も口を挟めることではない。


「だって、楽しまなきゃ。一度きりの生を存分に! それに、知らなかった? 私、退屈が嫌いなの。あと、ご飯もより美味しいものの方が良いに決まってるでしょう?」


 立ち上がったリュミエールが、くるくるりと回り舞う。口元には実に愉し気な笑みが。
 間違いない。この国の民達と、彼の間でひと悶着あることを望んでる。そして、機会さえあれば、そうなるよう仕向けるだろう。そうなれば、こいつの退屈は多少なりとも解消され、人々の感情で腹も満たされる。あぁ、間違いない。

 ――こっの、愉快犯めがっ!

 その一言を口から滑らせなかった俺を、誰でもいい。褒めてくれ。
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