ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

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イタズラよりお菓子

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◇ ◇ ◇ ◇


 あのね、ダメだと思うのよ。自分の思い通りにならないからって暴走するのは。
 だから、この尻尾?でグルグルするのはやめてーっ!


「彼の娘だからと思って優しくしていれば、あれこれと小うるさいことを」
「ご、ごめんなさーい!」


 もう自分が悪くなくっても思わず謝っちゃうよね! 
 うひっ! うーごーかーなーいーでーっ!


「このまま神嫁に相応しい姿に成長するまで丸呑みしておくのもいいかもしれないわね。そうすればうるさくないもの」
「ま、まるっ! とけちゃうっ!」
「溶けないように保護膜でおおっておいてあげる」


 優しいのかそうじゃないのか分かりませーん!

 オネエさんは本気みたいで、瞳が蛇みたいに長細くなっていく。牙が生えた口を大きく開け、先が割れた舌で私の顔を一撫でした。
 途端に言いようのない感じが背筋を駆け走り、それが足先まで伝わって思わず指が丸まった。

 あぁ、これから私、丸呑みにされちゃうんだ。

 お母さん、おばあちゃん、おじいちゃん、ひいおばあちゃん、ひいおじいちゃん。先立つ不孝をお許しください。

 綾芽。前に綾芽のスマホで池のこい撮ってた時に水ポチャさせた犯人は私です。ごめんなさい。

 海斗さん。前に皆で大人のDVDを夜中見てて、次の日の巡回に起きてこれなかった時に夏生さんにそれをチクったのは私です。ごめんなさい。でも、あれは前の日、私のおやつを食べた海斗さんへの復讐ふくしゅうです。

 夏生さん。前に綾芽とお絵かきしてて、綾芽がこの裏使ってえぇよって言うから使って、後で裏を見たら【重要】って書かれてました。その紙はいつも通り、絵を書き終わったらくしゃくしゃにして捨てるか、燃やすかしてる紙達と同じ道をたどりました。ごめんなさい。

 薫くん。冷蔵庫に入っているおやつと今日くれるはずだったお菓子、食べられなくてごめんなさい。

 劉さんに子瑛さん。時代劇ごっこがこの国の一番流行の遊びみたいな紹介しちゃってごめんなさい。

 巳鶴さん。日記の内容で、おやつの欄を多少少なく書いてました。ごめんなさい。

 それからそれから。


「我の番はまだか?」


 で、でたーっ! 
 呼んでないと言いたいところだけど、呼んだよ! もう結構前にだけど!


「んーっ!」


 必死になってアノ人に手を伸ばすなんて、余程のことがない限りないと思ってる。ただ、その余程のことっていうのが今回のだってことで。

 そりゃあ、もう必死こきますよ。
 たとえ、元凶がこの人だったとしても!

 あの人の登場に少しだけゆるんだめつけから逃れた手を伸ばす。


「たすけてー!」


 一応助けるつもりで来てくれたのか、ちゃんとその手をとり、すくい上げてくれた。
 離されまいと、抱かれる力よりもさらに強い力でギュッとしがみつく。


「……」


 アノ人がじっと私を見降ろしている気配がする。


「ちょっと、どういうつもり?」
「アレが怒るのでな。これはやれぬ」
黄泉よみの元主宰神ともあろう者が、約束を反故ほごにするって言うの?」


 ……ちょ、ちょっと待って。今、オネエさん、黄泉の元主宰神って言った? この人が? この人が!?
 黄泉って、あの世ってこと、でしょ? しかも、そこの元とはいえ、一番偉いカミサマ?
 いやいや、人違いならぬ、神様違いだね。だって、傍迷惑はためいわくなことしかしてないもの。お母さんに怒られただけで、シュンといじけるようなとこもあるし。


「娘であろうとも、これの行く末はこれに決めさせるべきだということらしい。とすれば、これは我の所有物であって、そうではない。話は、我が所有物であれば、ということだ。そなたにはまた別に見繕みつくろおう」
「……なによ、そんなの……それならそうと早く言ってよ。待たせた挙句あげく、よこせませんだなんて、十六年間大事に大事に見張ってきた意味がないじゃない!」


 “見張ってきた”という言葉選びにそこはかとない怖さがあるんだけど、今はそこには触れないでおこう。まさしくやぶをつついて蛇を出す展開になりかねない。

 それに、そっか。オネエさんもこの人に翻弄ほんろうされた被害者なんだよね。ちょこちょこアブナイ言動で忘れがちだけど。

 木にしがみつくコアラみたいにしっかりアノ人の身体に回していた手を緩め、恐る恐る後ろを振り返ってみた。

 やっちゃっていいのか分かんないけど……いいや、やっちゃえ!

 手を伸ばし、オネエさんの頭をよしよしと撫でた。
 すると、きゅうにハッとした表情をして顔を上げるオネエさん。

 だ、ダメだった? よしよしアウト?


「……なによぅ。そのつもりがないなら優しくするんじゃないわよ、バカぁ」
「ご、ごめんなさい?」


 長くとぐろを巻いていた尻尾はみるみるうちに消えていき、人型の脚に戻っていく。
 わんわん泣き叫ぶオネエさんを、アノ人はなぐさめるでもなく、ただジッと見ているだけ。


「だ、大体ねぇ、そこまで嫌がらなくてもいいじゃない! 私だって傷つくんだからね!? どうしてみんな私のこと分かってくれないのよぉ!」
「そなたが大酒飲みで暴れるからであろう?」
「お酒くらいいいじゃない! もう昔みたいに暴れたりしないわっ! なのになのに、みんなして私のことけ者にして! おまけに今度はその娘まで私を嫌うなんて!」
「わたし、おねえしゃんのこと、きらいじゃないよ?」
「……え?」


 あれほど響かせていた喚き声がピタリとやんだ。

 うんうん。何か誤解があるようですね。
 私はコノ人は嫌いだけど、オネエさんは嫌いじゃないよ。
 うん、ちょっと怖いだけ。だって、蛇だもん。にゅるっとしてて、くねくね動いて……考えてるだけでゾワゾワしてきたからやめよう。

 とにかく、お嫁さんにはなれないけど、嫌いじゃないことは確かだ。

 オネエさんは背を屈ませ、私の目を覗き込んできた。


「それ、本当? 私のこと、嫌いじゃないの?」
「じゃないよ。およめさんはだめだけど、おともだちならいーよ」


 東のお屋敷に来たら、美味しいものいーっぱいあるよ。
 ……薫くん監修だから、ご機嫌うかがいがいるけどね。


「我はおともだちよりも、パ」
「いーやー」


 助けに来てくれたことには感謝してるけど、それとこれとはまた話が別です。
 そもそもあなた、自分が諸悪の根源だってこと、忘れてなかろうね? 帰ったらお母さんにしっかりお説教してもらうがいい!


「友、だち」
「あい。おいしいおかしいっぱいたべたり、いっしょにあそぶの」
「……」
「だめ?」
「……私の本性はあんたが苦手な蛇よ? それでも仲良くしてくれるの?」


 半信半疑といった様子で恐る恐る尋ねてくるオネエさん。

 いや、さっきまではわりと命の危険までこみこみだったから。


「このかっこーのままならオッケーです!」


 私、綺麗な人、だぁい好き!
 おまけに、瑠衣さんみたいに可愛がってくれる人なら文句なし。


「……なるわ、友達。ただし、絶対に私を嫌わないこと。約束よ?」
「いーよ。やくそく、やくそく」


 指切りげんまん嘘ついたら針千本のーますっと。


「約束、今度は絶対に守ってね」
「あーい」


 了解しました。
 大丈夫よ。約束守れる子だから、私。……大抵たいていの場合は。


「そろそろ帰るぞ」


 自称・私のパパさんがキュッと抱っこしてくれている手をわずかに強め、そのまま身体をこれまた僅かに横に反らした。そのせいで、私の姿がほんの僅かとはいえ、オネエさんから隠されてしまう。

 それを見て、オネエさんがムッとした視線を向けるけど、当人はどこ吹く風。

 お友達同士なら仲良くしましょうよ。
 仲良しが一番。はい、復唱。
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