293 / 314
花ぞ昔の香に匂ひける
4
しおりを挟む□ □ □ □
それから半日。
お昼ご飯を食べ終わり、お腹もくちくなった。
いつもなら食後の散歩に出かけた後のお昼寝コースだけど、今日は違う。
櫻宮様の隙を見て、首尾よくコトを成功させるための準備も済ませてある。そして、とある協力者の根回しによる、さる御方の到着も確認済み。
その、さる御方にして最後の一人──帝様を部屋に案内する。障子を開けると同時に背を押して、間髪入れずにまた障子を閉めた。
若干、中からおどろおどろしい気配が漏れ出てきた気がするけど、あえて気づかないフリをする。ここ大事。試験には出ないけど、生きていく中ではなかなかに重要な知恵なので。
ともあれ、これで今回の主役がみな出揃い、準備も万端。完璧だ。
「ふっ、ふはははははっ! だぁいせいこぉーぅ」
縁側の天井を見上げ、誰もいない空間に向かってピースサインをかましてみた。
肝心なことは何一つ終わっちゃいないけど、前段階ともいうべき場を整えるところまでは頑張った。私の中ではもう十分大成功だって胸を張って言えちゃう。
だって、思い立ったが吉日とはいえ、時期が良くなかった。
今回は皆、本当に忙しくって、一人で部屋の準備から誘導までやらなくちゃいけなくて。いやもう、ほんっとーに大変だった。日頃、いかに私の思いつきという名の我儘に皆が付き合ってくれてたか、よーく実感できちゃった。
「……なぁ」
障子を挟んで向こう側、部屋の中から綾芽の声がする。
「説明、まだ?」
「ひぇっ、こ……わくないよ!?」
うそうそ、怖いよ!
どうしてそんな地の底から湧いて出てくるような低い声っ!?
……まっ、綾芽と櫻宮様、それから緊急事態だから至急来て欲しいってお願いして来てもらった帝様の三人をまとめて一室に閉じ込めた主犯、それがこの私であることに他ならないからなんだけど。どうしてもなにもないね。
でもまぁ、ふふん。
勘のいい綾芽を出し抜けた事実が一種のやってやったぜ感をもたらしてくれた。後で絶対に怒られるという結果から目を逸らせば、なかなかに順調な滑り出しだと自画自賛しちゃってもよろしいんじゃなかろうか。いや、いいはずだ。どうせ後から怒られるんだもの、自画自賛しとこ。やだ、嬉しい!
「雅」
「説明」
……ふぅ。
何事も、引き際というか、そういう大事な時がある。間違いなく、今がそれだ。なお、試験には以下略。
上がりに上がったテンションを落ち着かせるべく、咳払いと深呼吸を一つ。
「さんにんとも、おたがいにたいしてしょうじきになるまででられないへやー」
「分かった。やっぱ海斗やな」
「うん?」
「今すぐあいつをここに呼びよし」
「あいつ?」
「海斗に決まっとるやろ?」
ありゃりゃ。
綾芽の頭の中では海斗さんが私の背後にいることが確定したみたい。確かに、大儺の儀の時は海斗さんの知恵を拝借したけど、今回は違うのに。
そもそも、今回の計画のもとは、さる御仁の秘蔵書に出てきたやつ。
荷物運びの時にソレを落としちゃって、たまたま後ろを歩いていた私が見つけて拾ってあげた。その時、落とした拍子に開けてしまっていたページがコレだったったってわけ。もちろん、その人とはソレの中身も含めて、私にソレを見せたっていう事実の秘密保持契約を結ぶことに。対価は瑠衣さんとこのお菓子詰め合わせセット。もちろん、即答でオーケーした。
いやぁ、世の中どんな時に役立つか分からないもんだよね。たとえそれがどんな知識でも。引き出しは多いに越したことはないとはよく言ったもの。
「いやはや、こればかりは可愛らしい悪戯だとは思えんなぁ」
「ほんま。こんなとこで悠長に話しとる時間なんてあらへんいうてるのに、よくもまぁ、こんな手ぇのこんだこと」
「……」
帝様や綾芽は不快さを隠そうとしていない。
でも、櫻宮様は?
櫻宮様はずっと黙ったままだ。今までの言動からすると、二人の言葉に反発しつつも部屋を出たい意思は明確に主張するだろう。
けれど、今はそれがない。私にはそれが何よりの答えに思えた。
つまり、こんな状況とはいえ、櫻宮様はここから出たくない、もしくはまだ出なくてもいいと思ってる、と。
「雅、お前が何を考えているかは分からんが、私達は世間一般でいう仲良し兄弟にはどうあってもなれんのだ。どうか諦めてくれ」
「……っ」
部屋の外にいる私には部屋の中の様子は分からない。障子をほんの少し開けて、様子を窺いたい気もする。
でも、ダメだ。ここは私自身が制約を設けて囲った部屋。その制約は私でも破れない。そういう部屋だ。
ただ、今の櫻宮様は泣きそうな、酷く心細そうな顔をしている気がする。
そして、それと同じくらい気がかりなのが、帝様が何か誤解をしているらしいってこと。
本日二度目だけど、仕方ない。誤解だけでも解いておこう。
「あのね、ちがうのよ。おたがいにたいしてしょうじきになるまで、でられないの。いますぐなかよしになってっていうわけじゃないんです」
そりゃあ、仲良くなってくれるなら是非そうしてもらいたいけど。
長年のしこりを一朝一夕で消すことができるなら、この世から兄弟間の諍いによる事案は一掃されるはず。
でも、そうなってないし、この先なることもない。そんな素敵なことが起こるのは、まさしくファンタジーの世界、温かさや見る人の願望だけで世界が構築されている夢物語の中でだけ。悲しいかな、それが現実ってやつらしい。
だからこそ、そんな世界ではないからこそ、彼らには正直になってもらわなければならない。自分の考えを、腹を割って、言葉を尽くして。そして、そうすることができるうちに、赦されるうちに。
「さくらのみやさま」
廊下に正座して、できる限りの優しい声音で名前を呼ぶ。
もこもこの着ぐるみのおかげで、廊下の冷たさも寒さも随分と和らいでいる。だから、いつまでだって付き合える。妥協はなし、だ。
「わたしとずーっといっしょにいるのはね、もちろんむりなことじゃないよ?」
「……」
「でもね、わたしはわたし。だれかのかわりになんかなれないよ? ましてや、“だれかさん”のかわりになんて、ぜったいに」
「……」
歳は櫻宮様の方が上だけど、一時的とはいえ、大事な大事な妹?弟?分。だから、ついつい助け舟を出してしまう。
だけど、私が口を挟むのはここまで。後は櫻宮様、そして帝様と綾芽次第。まぁ、次第といっても、条件を果たすまで出られないから、どちらにせよ本音を言い合うしかない。それでも、停滞どころか無いものとされてきたこの問題を少しでも進めるいい機会だ。
ただ一つ、私側に問題があるとすれば。
グギュルルルルルルルゥゥン
「……むぅ」
ある程度予想はできていたこととはいえ、部屋の維持のため、そこそこの力を使うことになる。当然、いつものお腹の虫も動力源を欲するわけで。
食堂に行って何か作ってもらおうか。となると、お昼を食べた後だし、なんて言い訳を……うーん。
なんて頭をひねって考えていると、廊下の角の方から何か固いものを床に置く音が聞こえてきた。そちらに目を向けると、差し入れと思しき大きな平皿に乗ったおにぎりの山が置いてある。
それから、廊下を曲がった奥の方から、聞き覚えのあるスマホの着信音が。夏生さん達と離れて南で生活してた時、たまに貸してもらってたから間違いない。すぐに聞こえなくなったけど、そのスマホの持ち主はまだそこにいるんだと思う。立ち去る足音がしなかったから。
「……そうだよねぇ。わたしだけじゃないもんね」
彼らの間の問題を気にかけているのはさ。
今回のことを教えてないだけで、きっと、本当はもっとたくさん。
そのまま膝立ちでズルズルとお皿のところまで向かう。
その人や三人の顔を思い浮かべながら、いただきます、と、手を合わせた。
0
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!
京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。
戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。
で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!
hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。
ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。
魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。
ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる