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花ぞ昔の香に匂ひける
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しおりを挟む無事、珠は取り除かれた。後は櫻宮様だ。
けれど、櫻宮様はまだ小さなまま。気を失ったのか眠りにつかされたのか、目も閉じたまま。でも、呼吸は安定してる。
「み、みやさま? だいじょーぶ?」
「心配いらないよ。明日の朝には元に戻ってるはずだから」
「……そ、そっかぁ」
嬉しさ半分、寂しさ半分……うそ、嬉しさ二割、寂しさ八割。
綾芽達にとっては櫻宮様が元の姿でいることは至って自然のことだけど、私にとってはこの姿の櫻宮様の方が長く一緒にいる。なんなら、二週間きっちり毎日一緒にいて遊び……ゲフンゴフン、面倒を見ていた。
あと少ししか一緒にいてくれないかもしれないのに、櫻宮様はスヤスヤと眠り続けている。ついつい頬をツンツンしたり、身じろぎしたり。もちろん、起きてくれるのを期待してだとも。認めよう。今の私はなかなかの構ってちゃんだ。
でも、よほど深く眠りに落ちているのか、まったく反応がない。
「……さて。もういいかい?」
「やだなぁ。君達、僕の了解なんて必要としてないだろう?」
じゃらりと、いつか聞いた覚えのある鎖の音がした。
顔を上げると、今回は鎖がちゃんと見えた。その鎖は四方八方に散らばる元老院の人達の手元から伸びていて、皇彼方やお兄さんの首やら胴体やらに巻き付いている。
お兄さんは眉を顰め、その鎖を解こうとするけれど、すればするほど抵抗する力が弱くなっているのが傍目からでも分かった。
「前も思ったけど、随分と大層な物を持ち出してくるね。確かこれ、異国の神を長い間岩山に繋いでいたっていう代物だろう?」
「ちょっと! なんでそんな呑気に話なんかっ」
「おやおやっ? 抵抗、してくれるのかい?」
「カミーユ様」
「嬉しいなぁ。そうこなくっちゃ」
「カミーユ様!」
皇彼方達の傍へ素早い動きで詰め寄ってくるカミーユ様は、心底嬉しそうに頬を緩ませている。抵抗されるのが好きなんて、本当に変人さんだ。
僅かながら遅れをとりながらも、コリン様も後に続いて駆け寄ってきた。すかさず首を振り、上司にノーをつきつける。
うーん。あれだね。組織って、上の人がムムムな人でも、下がしっかりしていればなんとかなっちゃうもんなんだよなぁの縮図を見た気がする。
東は……まぁ、誰を上とするかにかかってる。上は上でも、立ち位置によっては胃に穴が開きそうな人だっているし。ほんと、損な役回りだね、中間管理職って。
「罪状についてはこの場では読み上げません。もとより、通常の羊皮紙一枚で収まる量でもありませんので」
「……まぁ、相手は違えど意趣返しもできたわけだし」
「はい? 今、なんと?」
「いや、別に。今回は大人しくついていくとするよ」
……怪しい。怪しすぎる! こんなに呆気なく捕まるだなんて、もっと何か別のことを企んでるに決まってるよ!
疑いしか込めてない眼差しを向けていると、皇彼方も私を見返してきた。
「そんな目で見られても、ここでの僕達の計画は本当にこれで幕引きなんだよね。期待に応えてあげたいところだけど、後は君達で上手くやるといいよ」
「僕達がせっかくお膳立てしてやったんだから、しくじったら絶対許さないからね! バカチビ!」
「なっ! ばっ! またいった!」
お兄さんを指さし、勢いよく振り返って子瑛さんに訴える。すると、子瑛さんはおろおろした挙句、迷いに迷い。
「……兄弟っ」
いつの間にか、子瑛さんの背後に立っていた劉さんに助けを求めた。
困った時の劉さん頼み。分かる。分かるよ。頼りになる感、半端ないものね。
でも、劉さんも母国語ならいざ知らず、この国の言葉はそんなにペラペラな方ではない。私の頭をポンポンと優しく叩き、完全に宥めすかしモードに入ってしまった。
「さぁ、行きますよ」
コリン様の合図と共に、もう見慣れた赤い大門が現れる。
「……雅ちゃん」
「なに?」
「また、ね」
「……またなんて、あるはずないもんね」
「ふふっ。それはどうかなぁ? 楽しみにしてるよ」
「……べぇーっ」
それを鼻で笑った皇彼方が背を押され、大門を潜っていく。そのすぐ後を同じく背を押されたお兄さんが続く。お兄さんが抱えていた猫はお利口なもので、主の足元をちょこちょこと短い脚でついていった。
そして、殿を務める男の人が向こう側で軽く頭を下げると、門はゆっくりと閉じていき、やがてすぅっと宙に消えた。
「……やけに呆気ないのが怖いところですが」
「まぁな。だが、あいつらに関してはもう俺達の出る幕じゃねぇだろ」
「……それもそうですね。さ、中へ入りましょう」
「あい」
眠ってしまって重くなった櫻宮様を子瑛さんが抱き上げ、私も立ち上がる。すると、かさりと何か軽い物が床に落ちる音がした。
「なんか落としたぞ?」
「んー?」
見ると、小さく折られた鶴だった。
折り紙して遊んだ覚えもなければ、誰かからもらった覚えもない。でも、確かにこれは私が立ち上がったら落ちたものだ。
「ちょい貸して」
「ん」
「これ、崩してもえぇやろか?」
「くずすの? いーよ」
「おおきに」
綾芽にその折り鶴を渡すと、綾芽は手早く元の正方形の折り紙へと崩していく。その折り紙の内側に目を通すと、横に覗きに来ていた夏生さんにもその面が見えるように指で挟んで見せた。
「……これは」
夏生さんの眉がぐっと寄り、綾芽の指からその紙を抜き取った。
「……ナメた真似してくれる。おい、劉!」
「ここに」
「これに書かれてる奴等、徹底的に洗え。なんでもいいから見つけてこい」
「はい」
夏生さんからの指示を受け、劉さんは何人かと目配せを交わしあう。そして、すぐにその人達と一緒に足早にこの場を離れていった。
むぅ。劉さんがお仕事なら、子瑛さんもダメだな。
両腕を伸ばしていた子瑛さんから向きをそらし、辺りをグルグルと回る。
だって、私も見たい! その紙に何が書かれていたのか、すっごく知りたい!
だから、誰か抱っこ! 早急な抱っこを所望する!
でも、誰も私の手をとってくれない。いつもは見かねた誰かがしてくれるのに。
……でもまぁ、理由は大体分かってる。背後霊もかくやといった有様で、私の後ろに張り付いて回ってるアノ人がいるからだ。
結果、アノ人の無言の圧に負けた皆は誰も抱っこをしてくれず、仕方なくアノ人に抱っこされた。
大事なことだから、もう一度反芻しとこう。あくまでも、仕方なく、だ。もう何回言ったり考えたりしてるか分かんないけど、ここ、ほんと大事だから。
そんなこんなでやっと見られると思ったのに、残念ながら、その紙はもう夏生さんの手元にはなかった。聞けば、劉さん達が持っていったんだと。指示されてた内容が内容だから、よく考えたら当然の結果だ。
もちろん、その紙の行方を確かめずグルグル回ってた私が悪い。
悪いんだけど、さぁあ? ……なんだかなぁ。なんか揃って騙された気がする。
「げせぬ」
「何がだ?」
「……なんでもない。あっち」
指をさしたのは、櫻宮様が寝かされにいった客間がある方向。今までは綾芽の部屋だったけど、子瑛さんが連れていったのはそっちだった。
私がそのまま抱っこされるに甘んじたのに満足してか、アノ人の足取りは軽い、気がする。その分、部屋に入った後、降ろしてくれるまでに時間がかかった。
ん? 着物の合わせをチラ見してるけど、何? 何か持ってるの?
まぁ、別になんでもいいんだけどね。ちょっと気になっただけ。
さぁさぁ、アノ人のことは置いといて。布団に寝かされた櫻宮様の横にうつ伏せに寝転がり、時たまツンツンと頬を突く。じーっと様子を見ていると、背中をトントンと軽く叩かれた。
「なぁに?」
「寝ないのか?」
「ねむくない」
「そうか」
そう言ったのに、アノ人は私の背をトントンと叩き続けた。その間隔は話がある時に触れるようなものではなく、さりとて私がさっきまで櫻宮様にしていたような構ってほしくてのようでもなく。
……もしかして、私を寝かしつけようと?
それに気づいたのは、心地よい微睡みに継続して襲われ、意識がプツンと途切れる間際。アノ人が懐から取り出した、お母さん作の例の紙。それにいそいそと線を引っ張っているのを目撃した時だった。
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