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花ぞ昔の香に匂ひける
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しおりを挟むそれから、橘さんの大伯母だというおばあさんに深々と頭を下げられ、とても子供に向けてとは思えないほど長ーい礼の言葉が続き。
頭を下げられた時点で腰がひけていた私は、綾芽の背に始終隠れっぱなしというそんなこんなの騒動が一旦の幕引きを得た後。
島を取り返す手伝いをするとはいえ、諸々の感情はすぐには上書きされない。下手に刺激しないよう、その日の内に彼らが暮らす屋敷一帯から東の屋敷に戻ってきた私達。
狩野瀬里は監視の下、北の由岐さんに預けられた。夏生さん達が懇意にしている病院にという話もあったけれど、検査を一通りし終え、異常なしのお墨付きを医者から得たことからその采配となった。東にある病院で今も治療中の狩野家当主のおじいさんと物理的にも離しておく方が得策だということもあったかもしれない。
その一方で、東の超超優秀な劉さん達が次に島へ捜索隊が入る日程を入手してきた。ちょうど一週間後。しかも、その捜索隊を指揮する人は捜索隊全体の中でも結構な発言力があるうちの一人なのだそう。素晴らしい。今回、作戦を決行するに当たって相手にもってこいの人物だ。
準備は色々な人の手によって着々と進められている。ここまでは順調そのもの。
けれど、私には──いや、私達には、その前に解決せねばならない大きな問題が別にもう一つある。
「はあぁぁぁぁぁっ」
「むぅ」
「いいこねーいいこいいこーかわいいねー。だから、もとにもどってもそのままでいてほしいのよぉ! おねがいよぉー!」
とうとうやってきた、櫻宮様の身体から珠を取り出す日。
皇彼方を迎え撃つ……じゃなくて出迎えるべく、縁側で櫻宮様をお膝に乗っけて待っている。座高はあまり変わらないけど、こうしてると暖房器具もいらないくらい温かい。
最初は不安もあった二週間だったけど、終わってみればあっという間だった。もちろん、それは櫻宮様が私と仲良くしてくれたからっていうのが大きい。だからその分、あの櫻宮様に戻ってしまうのかと思うと。
「かみさまかみさま、おねがいします! なにとぞなにとぞっ! このままおっきく! なかよしでいたいんです!」
天に向かって手を合わせたから、櫻宮様から手が離れた。それがお気に召さなかったらしい。離れた手を取り、自分のお腹に手を回させる。
「ぎゅっ、して」
「……っ! するよぉーっ! いっぱいするからぁ!」
ぎゅうぎゅうと隙間なく抱き寄せ、柔らかくいい匂いがする髪に頬擦りする。櫻宮様も、今度は満足そうにドヤっとしている。
周りにいる大人達からはなんとも言えない視線を寄越されているけど、何か問題でもあるのかなぁ? いーや、ないよね! あるはずがない!
ほんと、帝様が私を膝に乗せたがる理由がよっく分かるってものだ。
小さい子供は天使と悪魔が共存してる。子供ってコワイ。あぁ、もちろん落語の饅頭怖いと同じ意味で。怖い怖いと言うだけで、大好物の供給がある。なんて幸せ。饅頭怖いを考えた人、天っ才かっ!
――だから、あとちょっと、もうちょっとだけ。
けれど、ヤツは本当にタイミングとやらをことごとく外してくる。いっそわざとかもしれない。十分にあり得る、ヤツならば。
「おやおや。そんなにその姿が気に入ってるなら、二週間と言わず、ずっとそのままにしてあげようか?」
「……ばかばかばーか、どあほ!」
いつものごとく、何の前触れもなく庭先に現れた皇彼方と猫を抱いたお兄さん。
でも、こっちはいつものようにとはいかないもんね。
今か今かと待ち構えていた夏生さん達と、今日こそこの二人組を元老院に連行したいカミーユさん達が取り囲む。
けれど、そんな状況でさえ二人は顔色一つ変えない。こちとら魅力溢れる甘言に惑わされぬよう、悪態つきまくっとるというのにさ。
「君ってびっくりするくらい語彙が貧困だよね。もうちょっと勉強したら?」
「やってますぅー! めちゃくちゃしっかりやってますぅー! べーっ、だ!」
「こっの……くそチビ。誰に向かって。……やーい、チビチビチービ!」
緊迫感漂うべき両者の間に、地を這うほど低次元な応酬が交わされる。しかも、お兄さんのさっきの語彙が貧困云々発言は絶対にブーメランで己に返されるべきで、悪口の応酬としてはなんともお粗末すぎる。
夏生さんと皇彼方の間で、一瞬の目配せのやり取りがあった。
今だけは敵とか味方とか関係ないらしい。
その夏生さんの指示により、私の口は子瑛さんの掌によって塞がれた。しかも、片手じゃなくて両手で。片手でも十分覆えているというのに、この厳重さ。お兄さんも、口を閉じた状態で皇彼方を睨んでいる。たぶん、術かなにかで無理に塞がれているんだろう。
そんなお兄さんの睨みも、私の無言のガン見も、二人からは無視され。
仕方ない。すっと背後の子瑛さんに視線を移すと、同じように子瑛さんもすっと視線を外してくる。伸びをしてなんとか自由を得ようとしたけれど、夏生さんの命令は絶対の子瑛さんも負けてはいなかった。
私と子瑛さんの無言の攻防が繰り広げられ始めた時。
「珠を取り出すんだろ? さっさと終わらせて、とっととお縄につきやがれ」
「酷いなぁ。せっかく色んな問題を解決するためのきっかけを提供してあげているっていうのに」
「あ゛ぁ? んな御託はいいから、早くしろ」
「やれやれ。あいも変わらず、本当に人間は己の見たいものを見たいようにしか見ないんだから」
皇彼方が足を進めるたび、取り囲んでいた輪が広がったり狭まったりする。
そして、とうとう目の前までやって来た。子瑛さんとの攻防も一時休戦。私も前を向いた。
「さ。始めようか」
伸ばされた手が、櫻宮様の心臓の辺りにかかる。
ずぷり、と。
身体の中に入り込んだ手が刺し抜かれた時、その手には丸い珠が握られていた。
その珠はとても綺麗な光を帯びていて、その輝きは宝石のそれよりも柔らかく、それでいてどことなく温かかった。
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