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闇が深いほど光は輝く

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 横開きの玄関の戸を、そうっと開ける。
 男の人が数人、それから東のおじさん達の何人かが、尻餅やらうつ伏せやらで地面に伏せっているのが隙間から見えた。どうやら鴉天狗のお兄さんの心配は的中してしまったらしい。
 そのすぐ傍で夏生さんと女の人が話し込んで、というより、夏生さんが女の人をガミガミと叱りつけている。けれど、女の人が意に介した様子は微塵もない。


「ねぇ、この人達、治してくれる?」
「たりめぇだ。……おい、準備を」
「たりめぇ? たりめぇ。……あぁ、当たり前! ですって。良かったわね」
「あ゛ぁ? ったく。自分で攻撃しといて治療させようなんざ、とんでもねぇヤツだな」
「あら、それこそ当たり前でしょう? 壊れた玩具は直さなきゃ、また一緒に遊べないもの。それに、自分で攻撃しといてっていうのは語弊があるんじゃない? 貴方も見ていたくせに。彼らが先に仕掛けてきた。私はそれに応えただけ。こういうの、一体なんて言うんだったかしら」


 夏生さんの眉がぎゅっと寄る。

 比べるのは失礼かもしれないけど、どうも聞いている限りだと、あの男にそっくりだ。女の人の話の持って行き方というか、方向性というか、ずばり性格そのものというか。人間を玩具と言い切る辺り、それが如実に表れている。

 最近起きている事件をさらに複雑化させている黒幕にして、最重要指名手配犯──皇彼方。
 奏様のお兄さんって聞いたけれど、実は奏様じゃなくてこの女の人が妹なんだと言われた方がしっくりくるくらい。

 それに、答えを求めているようで本当は答えを既に知っている風なのも、夏生さんにとっては気に食わないところなんだろう。
 

「……言わせておけば」


 おっと。悠長に覗き見している場合じゃない。これ以上はヤバそうだ。


「ちょぉっとまったあぁぁっ!」


 一人で先に駆けて行って、女の人の前で封筒を掲げて見せる。

 この紋所が目に入らぬか!ってやつ!

 ん?っと小首を傾げられたので、なんだなんだとひっくり返して見てみると、印璽が上下逆さまだった。ゴホンと一つ咳払い。何事もなかったように正しい向きに直し、ずいっと前に押し出し掲げ直す。


「また?」
「また」
「ほんとに駄目?」
「だめ」


 また燃やされるかもってちょっと警戒したけど、それはなく。

 あぁ、駄目駄目。頬を膨らませてみたって駄目なものは駄目だから。

 私も軽く頬を膨らまし返す。すると、女の人はふふっと笑い、しばらく私の頬を突っついて遊んでいた。


「雅」
「はいはーい」
「お前、なんかやらかしてねぇだろうな」
「あい、だいじょーぶ。なにも……してない、かな」
「どっちだ」


 してないといえばしてないし、したといえばした。
 はて。未遂の場合、一体どう答えるのが正解なんだろう。

 しかも、夏生さんてば、無事の確認よりその心配が先だなんて。見れば分かるのかもしれないけど、第一声はほら、なんかこう。ね。
 まぁ、綾芽の重くなった発言よりかはマシだけどね。

 とりあえず、答えが欲しいようなので、してない方に賭けよう。

 口を開きかけた時、後ろから服をグッと掴まれた。
 一旦口を閉じて後ろを振り向くと、櫻宮様が居心地悪そうに私の背に隠れている。その視線の先を追うと、東のおじさん達以外のほとんど、特に年配の人達が櫻宮様を凝視といっても過言ではないほど見つめていた。


「そっくりだ。茉莉様がお小さかった頃に」
「あぁ。生写しだ」
「あの子が、例の」
「いや、櫻宮はすでに成人しているはず」
「じゃあ、一体」


 ……あぁ、そっか。
 いつもならアノ人が別人に見せてくれてるけど、今日はそれがないからありのまま。茉莉さんにそっくりな櫻宮様だから、みんなが驚くのも無理はない。

 櫻宮様は自分に注目が集まるのが怖いらしく、怯えたような目をしている。さっきまで片手だった私の服を掴む手も、今は両手で固く握りしめていた。

 でも、もう平気だよ。なんたって、夏生さんに海斗に巳鶴さん、おじさん達も大勢いるんだもの。私たちにとって、この世界中どこを探しても、これ以上心強い味方はいない。


「だいじょうぶ。こわくないよ」
「……」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 弟も妹もいないけど、ここ何日間かで年下のあやし方もだいぶ分かってきた。頼られるお姉ちゃんっていうのもいいものだ。
 こう思えるのも手がかからないお世話しか任されてないし、一緒にお世話される側だからかもしれない。けど、それでも、やっぱり自分より小さい子は可愛い。

 そのまま身体を捻らせて、きゅっと抱きしめる。
 大半が綾芽達が私にしてくれることの受け売りだけど、怖がっているのをあやす時にはやっぱりコレが一番きく。

 大丈夫、大丈夫。


「そういや、綾芽が中に行っただろ? あいつはどうした?」
「んー。なんかおとなだけのはなしがあるって。あやめとーみかどさまとーたちばなさんとーきくいちさんとー、あと、からすてんぐのおにいさんがのこってる。……あ、あのおんなも」
「あの女?」
「そう!」


 訝し気に眉を寄せる夏生さんに、狩野瀬里のことを教えてあげた。もちろん、例の暴言もそっくりそのまま。

 鼻息荒く話終えた私に、海斗さんがどうどうと言わんばかりに私の頭をガシガシと撫でつける。そして、その視線はそのまま女の人に向けられた。


「菊市はちゃんと引き渡すって鴉天狗に聞いたぜ。で、あんたらの役目は無事終わったんだろ? なんでまだ残ってんだ?」
「食事をね、しようと思ったの」
「食事だぁ? んなもん、戻ってからでも十分いいもんが食えるだろ」
「ふふっ。ここのはね、スパイスがきいてて一等美味しいの。それにたぁくさんあるんだもの。いくら食べても飽き足りないくらい」
「……スパイス、ねぇ」


 聞いている限りは普通そうに聞こえる女の人の言葉だけど、海斗さん達も不穏なモノを感じ取ったらしい。誰一人として納得していそうにない。だから、女の人の言う食事が何を意味するのか、これまた夏生さん達に教えてあげた。

 案の定、夏生さん達は顔を引きつらせつつ女の人に視線をやる。一方の女の人はといえば、この場にあまりそぐわない満面の笑みでもってその視線に応えた。

 夏生さんが口元をヒクリと苦々しげに揺らした後、視線を下げ、私の方を見てくる。


「雅、中で他に何があったのか、全部教えろ」
「えっと……あっ!」


 忘れるところだった! 橘さんのお父さん達からの伝言を書いた紙!
 えぇっと、確か、前のポケットに……。


「あった!」
「……」
「ん、あぁ、みるの?」


 櫻宮様が私の手元を見ようと爪先立ちして覗き込んでくる。

 一応、早く早くって思って書いてたから全部ひらがなだけど、ひらがなでもまだ読めないと思うんだけどなぁ。まぁ、見たいっていうんなら。

 でも、やっぱり読めなかったのか、すぐに興味をなくしたみたいでまた後ろに下がってしまった。

 ちょっと待っててねと言い含め、その紙の束を夏生さんに渡す。


「あのね、これ、でんごん」
「は? 誰から」
「んっとね、たちばなさんのおとうさんとおかあさん、それから、まりさんも」
「……誰への」
「みんなへの」


 その言葉に、夏生さん達も含め、大人達が息を呑む。そして、間を置かずに玉砂利を踏む足音が聞こえてきた。


「一体、何が目的ですか?」


 すっと私の上に影ができる。
 瑠衣さんのおばあさんと同じくらいの歳のおばあさんが前に出てきて、私を値踏みするかのようにじっと見下ろしていた。
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