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闇が深いほど光は輝く

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◇ ◇ ◇ ◇

        
 伝言は、一つのお願いというには数が多くて。それに、預けられたのは皆、この世のどんなものより温かくて素敵な言葉達。
 早く早くって思って、今度はわりと堂々と部屋を出た。いや、堂々と出歩いていいもんじゃないって分かってはいるんだけど、さ。

 でも、それがいけなかったんだ。

 今、目の前にいるのは、捕らえられた櫻宮様と、狩野瀬里あのおんな。櫻宮様はなんとか腕の中から逃れようと身じろぎしている。だけど、たとえ女でも、小さな子供であれば動きを封じることなんてわりと容易い。子供が痛い目に遭わないようになんて、ちっとも考えさえしなければ。

 嫌がってボロボロと涙をこぼしている櫻宮様を見ていると、守らなきゃ、私が、助けなきゃって。

 だから。

 ――許さない。絶対に。今度こそ。

 ふわりと髪が宙に浮く。部屋の柱が不穏な音を立ててきしんだ。


「これ、は……っ」


 怒りで我を忘れかけてる真っ最中でも、親しい人の声ならば耳に届く。

 橘さんの声がした後ろを振り向いて、初めて気がついた。

 ――つ、詰みでしょうか。詰みですね。

 いつのまにか、後ろにいた人達が膝を折っている。今にも地面に頭をこすりつけそうなほどだ。きっと、全身に相当な負荷がかかっているはず。

 やばいよまずいよどうしよう。
 他の人を巻き込むつもりはなかったのに。しかも、肝心のあの女は櫻宮様を盾にしてるから、なんの影響も受けてないっていうのにさ!

 と、とりあえず、落ち着こう。うん、落ち着こう。ね。深呼吸しよう。そしたらきっと、解ける……はず。


「今すぐここから離れなさい。屋敷の外、できるだけ遠くに」


 ふっと和らいだ圧に、皆の身体が動くようになった。

 状況を察して、橘さんが皆に出した指示は短いながらも的確だと思う。危ないから、どうか離れていてほしい。やらかしちゃった本人がそう思うのもなんだけど。


「で、ですがっ」
「煌橘様を残してなど」
「早くしなさい!」


 渋る人達に、橘さんの一喝が飛んだ。皆、心配げにしつつも命令には逆らえぬと、部屋からバタバタと走り去っていく。
 残ったのは、私に櫻宮様、橘さんとあの女。そして、もう一人。少し前に橘さんを連れて行った中学生くらいの男の子。


「あなたも、おばあさまを連れて早くここから」
「嫌ですっ! 俺はここに残ります!」
「こんな時に駄々をこねるのは」
「まぁいいじゃないか」


 ……え? えっ!?

 歪めた顔を幾分か和らげた橘さんが、帝様をサッと背にかばう。帝様が現れたことに驚いた様子はない。


「お前とて、私がお前で彼がお前だったなら、きっと同じことを言うだろう?」
「それは……」


 言葉を詰まらせた橘さんに、帝様は口元に弧を描いた。

 それにしても、最初は空耳かと。だって、帝様がここにいるなんて、そんなこと。と、思ったけど、あの女がここにいたことを考えると、ここにいるはずのない人が他にもいたってもうおかしくない。
 でも、理由まではとんと見当がつかなかった。


「さて」


 帝様がカクンと首を傾けて、橘さんの背の後ろからあの女の方を見る。私もその視線の先を追いかけた。

 櫻宮様は暴れ泣き疲れたのか、見るからにぐったりとしている。


「ご機嫌よう。陛下。このような格好で申し訳ございません」
「そんな些事さじ、別に構わん。だが、本当に申し訳ないと思っているのなら、今すぐソレを解放してもらおう」
「それはできませんわ。この子は私の大事な憑代よりしろですもの」
「どういうことだ?」


 私の・・
 その単語が無性にかんに障る。

 ぐぬぬと唇を噛みしめながら睨みつけていると、橘さんに何度か名前をささやかれた。


「雅さん」
「……」


 んんっ。聞こえないなぁ。耳掃除ちゃんとしてるのになぁ。

 もう何度目か。
 素知らぬふりしてその場に留まっていると、とうとう男の子にズルズルと引っ張られた。


「陛下、私より前には絶対に出ないでくださいね」


 橘さんは後ろにいる帝様にも釘をさすことを忘れていなかった。けれど、帝様はその忠言に言葉を返さない。

 この場にいる皆が、櫻宮様を取り戻すための行動を起こそうとしていた。

 けれど。


「人を生き返らせること以外、願いを一つだけ叶えてくれる花」


 あの女が発した言葉に、帝様に橘さん、男の子は自らの身体をこわばらせた。


「……どこでそれを?」
「ある方が教えてくださったの。その花に願えば、きっと綾芽さんも私のことだけを愛してくださる。私だけを見ていてくださるわ。陛下も、私達が仲睦まじく暮らしていくことをお望みでしょう?」


 フフフッと笑うあの女。
 その笑みは見た目こそ純粋そのものに見える。けれど、その実、純粋なものとは程遠い。

 もはや執着としか思えないそれを語る目に、光はない。あるのは、手に入れなければすまないという独占欲と、与えられて当然という傲慢ごうまんの影。
 
 あぁ、もう。ほんっとうに。
 いつもいつも自分のことばかり。自己中心的な考えも人間であれば仕方がない。けれど、この女のはその許容範囲を大きく超えている。


「おじいさまには悪いけれど、色々不確かな計画よりも、こちらの方が確実ですもの。その花が存在することは国王夫妻の自決が証明済ですし。だって、そうでしょう? 花がなければ、その花にまつわる話が本当でなければ、犬死する必要なんて」


 ……こ、のっ!


「待て」


 帝様の左腕が前に立つ橘さんの肩に後ろからまわされ、帝様の右手は私の肩を強く掴んだ。


「いぬじにって、そういった! みかどさまもきいたでしょ!? はなとかなんとか、よくわからないけど、あいつがだれかのたいせつなひとのさいごをぶじょくしたんだよっ!?」


 後から考えれば、櫻宮様のことを一瞬度外視するほど頭に血がのぼってた。止めてくれなきゃ、どうなってたか。
 でも、その時は――この時は、帝様にさえ食ってかかった。

 帝様の真意が掴めず、抜け駆け禁止の意味もこめて、橘さんと男の子の手をとる。私達が帝様の返事をじっと待つ間、帝様はいつもと変わらない柔らかな表情を浮かべたまま。

 早くなんとか言ってくれないかな。
 帝様が口を開いたのは、そう思って返事を急き立てようとした時だった。
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