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闇が深いほど光は輝く
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しおりを挟む寝起きは小悪魔、起きれば怪獣、眠る姿は大天使。
手持ち無沙汰になり、櫻宮様のほっぺをつんつくとついてみる。すべすべして、柔らかくて気持ちいぃー。
「んーっ」
おっと、いけないいけない。
ポンポンっと櫻宮様の胸の辺りを優しく叩くと、また規則正しい寝息が立ち始めた。
ほっとしたのも束の間。
何かに見られてる気がして、真上の鴨居の辺りを見上げてみた。そこには、顔、顔、顔。どれも上半身をアップで撮った写真が額縁に入れられ、ずらりと並んでいた。その並びはどうやら年代順らしい。最初の一枚が随分と古く、白黒で少しぼやけているのに対し、最後の二枚はカラーになってはっきり写っている。
「……ん?」
その最後の二枚に写っている夫婦らしき人達と、その前の前の男の人の顔。見覚えがある。その人ズバリってわけじゃなくて、あぁ、血縁者なんだろうなって感じの。
「ん、んんっ」
じっと写真を眺めていると、咳払いが聞こえてきた。机を挟んだ向こう側──さっきまで橘さんが座っていた方から。ちょっとばかしわざとらしいけれど、私の気を引くには十分だった。
写真から視線をそらし、そちらへ向ける。
橘さんがさっきまで座っていた所に三人、男の人と女の人が二人座っていた。隣り合って座る男の人と女の人は夫婦らしく、仲睦まじげに寄り添っている。
でも、おかしいな。誰か入ってくる音なんて、しなかったと思うんだけど。
「やっ」
「こ、こんにちはぁー」
実に軽い調子で、男の人が片手を上げて挨拶してきた。その人柄は、まだ会って間もないのに、どこか海斗さんに似たものを彷彿とさせた。
一瞬だけ、後ろの写真──目の前の三人のうち二人にそっくりな写真を見た。
残る一人はもう知ってる。だって、夢の中で一回会ったというか、視たというか、とにかく知ってる。
「璃櫻」
夢の中で聞いたのと同じ声は、横で眠る櫻宮様に向けられていた。
「……いまね、わるいやつのせいでちっちゃくなってるの。でも、ちゃんともとにもどすから」
「ありがとう。本当に、ありがとう」
そう言って何度も頭を下げてくる女の人──茉莉さん。櫻宮様のお母さん。
その茉莉さんの肩に優しく手をかけるご夫婦は、たぶん。
「……わたし、みやびです。おじさんたちは?」
「私達かい? 私は」
「あなた」
「ん? ……おっ、そうだったな! ついうっかり。すまんすまん!」
「もう。……ごめんなさいね。それは言えないの」
「どうして?」
「私達、本当はここにいてはいけないことになっているからだよ。いやぁ、約束を破ったと、危うく連れていかれるところだった。というわけで、私達が誰かってことは気にしないでくれるかい?」
「……ん」
二人はすまなさそうに言うけど、たぶん、いや、絶対に橘さんのご両親だ。顔がすっごく似てるかって言われるとそうでもないんだけど、ふとした拍子の二人の表情とか雰囲気がそっくりなんだもの。
……でも、あれ? 櫻宮様のお母さんって、何年か前の火事で亡くなったって前に聞かなかったっけ?
それで、本当はここにいてはいけないって。私達って。
……なるほど。なーるほどー。そういうわけですか。後ろの写真はそういう。なるほどなるほど。
つまり、ゆー……ほにゃららさんのお仲間っていうね。
あーでも、この人達も綾芽のお母さんの時みたく怖くないや。むしろ、全く違和感がない分、あの時よりも接しやすいかも。
今だって、櫻宮様のお母さんが亡くなってるってことと、橘さんのお父さんの言葉を繋ぎ合わせなきゃ、この人達が本来は彼岸の住人だって分からなかったくらいだから。
「ふふっ。よく眠ってる」
茉莉さんがこちら側にそっとやってきて、櫻宮様の顔を覗き込み、少し歪な笑顔を兄夫婦に向けた。そして、櫻宮様の顔にかかった髪の束を払おうとして、その指がピクッと微かに跳ねた。そのまま指を掌の中に握り込み、名残惜しげに手を引いていく。
そうだ。触れることは叶わない。
それが、決められた此の世の理だから。たとえ、生きていた頃、数える程しか触れ合えなかったとしても。そんな事情が汲み取られ、特別な状況を迎えることはない。
「茉莉」
「えぇ、分かってるわ」
触れられない代わりに、茉莉さんは櫻宮様の額の辺りに口付けをひとつ落とした。すやすやとよく眠る櫻宮様は、なにも気づいていないだろう。
「……君に一つ、時が来たら伝えて欲しいことがあるんだ」
「つたえてほしいこと?」
「あぁ。頼めるかな?」
「いいですよ! おやすいごようです!」
「良かった」
「ごめんなさいね。こんなことを貴女に頼んでしまって」
「ううん。でも」
立ち上がって女の人の隣に行き、ちょこんと座る。そして、下から覗き込むようにして女の人と顔を合わせた。
「ごめんなさいはね、いやだなぁ」
「え?」
「まえにね、おかあさんがいってたの。ごめんなさいはじぶんがわるいことをしたときにだけつかいなさいって。ふのことばは、あいてもふのかんじょうにさせてしまうからって。だからね、わたし、ありがとうっていわれるほうがすき!」
「……そう。そうね。確かにその通りだわ」
……あ、やっぱり。
「ありがとう」
親子だなぁって思った。笑った顔に橘さんの面影がある。いや、逆か。この人の面影が橘さんにあるんだ。
二人してクスクスと笑い合っていると、男の人が自分も輪に入れろとばかりに咳払いを一つした。
「じゃあ、まずは」
……ん? まずは?
この後、何やら騒がしくなった外そっちのけで、とうとう部屋の中にあった帳面とペンを取り出してまでメモする羽目になった。
ちょっと話がよく分からないところもあったけど、というか大半がそうだったけど、そこはそのまま書き取っていく。
でも、その中にも私ですら分かる伝言が。それぞれ橘さんと櫻宮様に。
「ずっと愛してるわ」
「たとえ視えなくても、聴こえなくても、触れなくても」
「お前達の幸せを、心の底からずっと祈ってる」
最後の最後に聞いた伝言は、紙をちょっと手元から離して書いた。でないと、出てきた涙やら鼻水が垂れて滲んで、読めなくなりそうだったから。
伝言を書き終え、ぐしぐしと袖で涙やらなんやらを拭う私の耳に、「ありがとう」と聞こえてきたのが最後。顔を上げると、もうそこに三人の姿はなかった。
「んーっ」
髪の毛が不快に感じるところにかかったのか、櫻宮様が声を上げた。ゆっくりと開かれる目の形はなるほど。茉莉さんそっくり。
「……みやさま、おかあさんからでんごんですよ」
早く伝えておきたい。ずっと、ずっとずっと伝えたかっただろうから。
でも、今の櫻宮様に理解してもらうのは難しいってこともちゃんと分かってる。だから、元の姿に戻った時にも、もう一度。
案の定、櫻宮様はきょとんとしていたけれど、それでもいい。今はまだ、お母さんの死が訪れていない頃の櫻宮様なんだから。
ぎゅっと抱きしめるだなんて、十日ほど前の私達の関係だったら嫌がられて泣かれて終わりだっただろう。でも、今は私の特訓の時以外、ひとまとめにされている事が多いおかげか、少しは仲良くなれてきた。
その甲斐あってか、櫻宮様も小さい手できゅっと抱きしめ返してくる。
お母さんを亡くした櫻宮様の前では思っちゃいけないことなのかもしれない。
だけど、無性に、すごくすごくお母さんに会いたくなった。
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