ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

文字の大きさ
上 下
280 / 314
闇が深いほど光は輝く

4

しおりを挟む
 
 寝起きは小悪魔、起きれば怪獣、眠る姿は大天使。
 手持ち無沙汰ぶさたになり、櫻宮様のほっぺをつんつくとついてみる。すべすべして、やわらかくて気持ちいぃー。


「んーっ」


 おっと、いけないいけない。

 ポンポンっと櫻宮様の胸の辺りを優しくたたくと、また規則正しい寝息が立ち始めた。

 ほっとしたのもつかの間。
 何かに見られてる気がして、真上の鴨居かもいの辺りを見上げてみた。そこには、顔、顔、顔。どれも上半身をアップで撮った写真が額縁に入れられ、ずらりと並んでいた。その並びはどうやら年代順らしい。最初の一枚が随分と古く、白黒で少しぼやけているのに対し、最後の二枚はカラーになってはっきり写っている。


「……ん?」


 その最後の二枚に写っている夫婦らしき人達と、その前の前の男の人の顔。見覚えがある。その人ズバリってわけじゃなくて、あぁ、血縁者なんだろうなって感じの。


「ん、んんっ」


 じっと写真をながめていると、咳払せきばらいが聞こえてきた。机を挟んだ向こう側──さっきまで橘さんが座っていた方から。ちょっとばかしわざとらしいけれど、私の気を引くには十分だった。

 写真から視線をそらし、そちらへ向ける。
 橘さんがさっきまで座っていた所に三人、男の人と女の人が二人座っていた。隣り合って座る男の人と女の人は夫婦らしく、仲睦なかむつまじげに寄り添っている。

 でも、おかしいな。誰か入ってくる音なんて、しなかったと思うんだけど。


「やっ」
「こ、こんにちはぁー」


 実に軽い調子で、男の人が片手を上げて挨拶あいさつしてきた。その人柄は、まだ会って間もないのに、どこか海斗さんに似たものを彷彿ほうふつとさせた。

 一瞬だけ、後ろの写真──目の前の三人のうち二人にそっくりな写真を見た。
 残る一人はもう知ってる。だって、夢の中で一回会ったというか、視たというか、とにかく知ってる。


璃櫻りおう


 夢の中で聞いたのと同じ声は、横で眠る櫻宮様に向けられていた。


「……いまね、わるいやつのせいでちっちゃくなってるの。でも、ちゃんともとにもどすから」
「ありがとう。本当に、ありがとう」


 そう言って何度も頭を下げてくる女の人──茉莉さん。櫻宮様のお母さん。
 その茉莉さんの肩に優しく手をかけるご夫婦は、たぶん。


「……わたし、みやびです。おじさんたちは?」
「私達かい? 私は」
「あなた」
「ん? ……おっ、そうだったな! ついうっかり。すまんすまん!」
「もう。……ごめんなさいね。それは言えないの」
「どうして?」
「私達、本当はここにいてはいけないことになっているからだよ。いやぁ、約束を破ったと、危うく連れていかれるところだった。というわけで、私達が誰かってことは気にしないでくれるかい?」
「……ん」


 二人はすまなさそうに言うけど、たぶん、いや、絶対に橘さんのご両親だ。顔がすっごく似てるかって言われるとそうでもないんだけど、ふとした拍子ひょうしの二人の表情とか雰囲気がそっくりなんだもの。

 ……でも、あれ? 櫻宮様のお母さんって、何年か前の火事で亡くなったって前に聞かなかったっけ?
 それで、本当はここにいてはいけないって。私達って。

 ……なるほど。なーるほどー。そういうわけですか。後ろの写真はそういう。なるほどなるほど。
 つまり、ゆー……ほにゃららさんのお仲間っていうね。

 あーでも、この人達も綾芽のお母さんの時みたく怖くないや。むしろ、全く違和感がない分、あの時よりも接しやすいかも。
 今だって、櫻宮様のお母さんが亡くなってるってことと、橘さんのお父さんの言葉をつなぎ合わせなきゃ、この人達が本来は彼岸ひがんの住人だって分からなかったくらいだから。


「ふふっ。よく眠ってる」


 茉莉さんがこちら側にそっとやってきて、櫻宮様の顔をのぞき込み、少しいびつな笑顔を兄夫婦に向けた。そして、櫻宮様の顔にかかった髪のたばを払おうとして、その指がピクッとかすかにねた。そのまま指をてのひらの中ににぎり込み、名残惜なごりおしげに手を引いていく。

 そうだ。触れることはかなわない。
 それが、決められたの世のことわりだから。たとえ、生きていた頃、数える程しか触れ合えなかったとしても。そんな事情がみ取られ、特別な状況を迎えることはない。


「茉莉」
「えぇ、分かってるわ」


 触れられない代わりに、茉莉さんは櫻宮様の額の辺りに口付けをひとつ落とした。すやすやとよく眠る櫻宮様は、なにも気づいていないだろう。


「……君に一つ、時が来たら伝えて欲しいことがあるんだ」
「つたえてほしいこと?」
「あぁ。頼めるかな?」
「いいですよ! おやすいごようです!」
「良かった」
「ごめんなさいね。こんなことを貴女に頼んでしまって」
「ううん。でも」


 立ち上がって女の人の隣に行き、ちょこんと座る。そして、下からのぞき込むようにして女の人と顔を合わせた。


「ごめんなさいはね、いやだなぁ」
「え?」
「まえにね、おかあさんがいってたの。ごめんなさいはじぶんがわるいことをしたときにだけつかいなさいって。ふのことばは、あいてもふのかんじょうにさせてしまうからって。だからね、わたし、ありがとうっていわれるほうがすき!」
「……そう。そうね。確かにその通りだわ」


 ……あ、やっぱり。


「ありがとう」


 親子だなぁって思った。笑った顔に橘さんの面影おもかげがある。いや、逆か。この人の面影が橘さんにあるんだ。

 二人してクスクスと笑い合っていると、男の人が自分も輪に入れろとばかりに咳払いを一つした。


「じゃあ、まずは」


 ……ん? まずは?

 この後、何やら騒がしくなった外そっちのけで、とうとう部屋の中にあった帳面とペンを取り出してまでメモする羽目になった。
 ちょっと話がよく分からないところもあったけど、というか大半がそうだったけど、そこはそのまま書き取っていく。
 でも、その中にも私ですら分かる伝言が。それぞれ橘さんと櫻宮様に。


「ずっと愛してるわ」
「たとええなくても、聴こえなくても、触れなくても」
「お前達の幸せを、心の底からずっといのってる」


 最後の最後に聞いた伝言は、紙をちょっと手元から離して書いた。でないと、出てきた涙やら鼻水がれてにじんで、読めなくなりそうだったから。

 伝言を書き終え、ぐしぐしとそでで涙やらなんやらをぬぐう私の耳に、「ありがとう」と聞こえてきたのが最後。顔を上げると、もうそこに三人の姿はなかった。


「んーっ」


 髪の毛が不快に感じるところにかかったのか、櫻宮様が声を上げた。ゆっくりと開かれる目の形はなるほど。茉莉さんそっくり。


「……みやさま、おかあさんからでんごんですよ」


 早く伝えておきたい。ずっと、ずっとずっと伝えたかっただろうから。
 でも、今の櫻宮様に理解してもらうのは難しいってこともちゃんと分かってる。だから、元の姿に戻った時にも、もう一度。

 案の定、櫻宮様はきょとんとしていたけれど、それでもいい。今はまだ、お母さんの死が訪れていない頃の櫻宮様なんだから。

 ぎゅっと抱きしめるだなんて、十日ほど前の私達の関係だったら嫌がられて泣かれて終わりだっただろう。でも、今は私の特訓の時以外、ひとまとめにされている事が多いおかげか、少しは仲良くなれてきた。

 その甲斐かいあってか、櫻宮様も小さい手できゅっと抱きしめ返してくる。

 お母さんを亡くした櫻宮様の前では思っちゃいけないことなのかもしれない。
 だけど、無性に、すごくすごくお母さんに会いたくなった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

家族

葉月さん
ライト文芸
孤独な少女は優しい女の人の家に居候することになって、、、⁉︎

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」

なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。 授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生 そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』 仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。 魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。 常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。 ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。 カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中 タイトルを 「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」 から変更しました。

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

処理中です...