ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

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闇が深いほど光は輝く

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□ □ □ □


 誰かが後ろにいる。絶対いる。
 無視できない存在感に、恐る恐る後ろを振り返ってみる。そしたら、きょとんとした顔で櫻宮様がいたって自然体のままつっ立っていた。


「……ちょっとちょっと。おるすばんっていったのに」
「お?」


 ひょいっと首を傾げる櫻宮様からは反省の色もバツの悪さも感じられない。

 お留守番の意味、まだ分からなかったのかぁ。意味は分からないけど、とりあえずうなずいてみた、と。そっかぁ。……んー、残念!


「まぁいっか。しーですよ?」
「ん」


 少し前に起き……いや、文字通り叩き起こされた私のひたいはまだたぶん赤い。これが櫻宮様の仕業しわざじゃなければ間違いなく夏生さんにげ口していた。

 ……夏生さん達、また心配してくれてるはず。たぶん。きっと。だから早くここから帰らなきゃ。大丈夫。彼岸ひがんの一歩手前からだって帰れたんだから。

 それに、今は。
 
 手を引く櫻宮様の手をきゅっとにぎりしめる。

 今は一人じゃないもの。
 櫻宮様は絶対に私が連れ帰らなきゃ。

 気を引きめ直し、寝かされていた部屋から少し離れた廊下ろうかの角から向こう側をのぞき見る。櫻宮様も私の真似まねをして、下から顔を出した。

 よし、誰もいない。

 しばらく当てもなくあっち行きこっち行きしていると、人がこちらに向かってやって来る気配がしてくる。これはまずいと、一番近くの部屋に入ってやり過ごした。ついでに少し休憩きゅうけいも。それから今更いまさらだけど、姿が見えなくなるように、櫻宮様にもその影響があるように調整して、っと。


「ふーっ。もっとはやくにやっとけばよかった。みやさま、あんまりうごきまわったらだめだよ。ほかのひとまでみえなくするの、まだちゃんとながくできるかわからないから」


 櫻宮様から目を離し、外の様子をうかがいつつ、そう言い聞かせておく。

 まぁ、さっきもダメだったし、期待はしないでおこうかなぁ……って、んん? なにやってんの?

 部屋の中央よりこちら寄りに立ててある衝立ついたての向こうを櫻宮様が覗き込んでいる。私もそばに寄って同じように覗き込んだ。


「……あり?」


 衝立の向こう側には一対の布団がかれていた。そして、そこに寝かされていたのは思いも寄らない人だった。


「……ここ、このひとのおうちだったの?」


 寝ている彼女――狩野瀬里さんの表情は少し血色が悪い。化粧けしょうをしてないということを抜きにしてもだ。

 でも、自分で口にしててなんだけど、ここがこの人の家だなんて、そんなはずはない。あるわけがない。
 だって、橘さんがこの人の家に私を連れてくる理由なんてないはずだし。

 考えにふけりつつも、外の廊下を通る人がいて、そちらに注意がいく。人気ひとけがなくなった後、もう一度衝立の向こうを覗く前に下を向いて櫻宮様へ目を向けた。すると、櫻宮様の姿が思っていた場所にない。

 ……ない!?

 あわてて周りを見渡すと、寝ている瀬里さんの枕元でじっと瀬里さんの顔を覗き込んでいた。

 なんだかこの光景、見覚えというか、覚えがある。そして、嫌な予感も。

 嫌な予感ほど当たるというもの。
 予感は的中し、すっと櫻宮様が手をあげた。


「ちょっ、だめだめ! なにやろうとしてるの!」
「おっ、き」
「おこしちゃだめ! じゃなくて、なんでたたいておこそうとするかな」


 間一髪のところで櫻宮様の手が振り下ろされるのを止められた。

 起こすべきかもしれないけど、それでも今じゃない。今起きられてもどうしようもないんだから。完全にキャパオーバーだし。


「よくわかんないけど、とにかくかえろ!」
「ん」


 ここで見た事を早く夏生さん達に伝えないと。

 帰り方は……分かんないけど、とりあえずこのお屋敷の外に出られたら交番とか。それがなくても、近くの家かお店で電話を借りて。

 逃げる算段を考えていると、廊下から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「あの子達が起きたらすぐに私を呼ぶように言ってあったでしょう?」
「もっ、申し訳ございませんっ」
「すぐに屋敷中を探しなさい」
「はっ」
「承知しましたっ」
「……まったく」


 声が聞こえた方のふすまに耳を当てる。
 ばたばたと走り去る音がした後、声が全く聞こえなくなった。

 すると、何を思ったのか、櫻宮様が襖に手をかけた。


「……」
「あっ、こらっ!」


 ……あぁ。やばい。
 つい声が出ちゃった。さっきまでは気をつけていられたのに。

 姿が消せるようになったとはいえ、声まではまだ駄目。しかも、今日は自分だけじゃなくて櫻宮様も一緒。効果にむらっけがあるのはどうしても仕方がない。


「……」
「……」


 数秒続く沈黙ちんもくの後。


「雅さん、姿は隠せても声が隠せてませんよ」


 軽く目をつむり、覚悟を決める。
 櫻宮様と私の姿を消していた術を解き、部屋から出た。


「……お、おきましたよー?」
「そのようですね。よく眠れたようで、良かったです」


 橘さんの様子はいつもと変わらない。気を失う前に見たあの顔も雰囲気も、今はどこにも。それが良いことなのか、はたまた危惧きぐすべきことなのか。

 襖を閉める直前、部屋の中から衣擦きぬずれの音が聞こえた気がした。
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