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闇が深いほど光は輝く
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病院へ赤ちゃんを見に行った翌々日。
『南で世話になってこい』
寝起きの髪の毛暴発真っ只中の私に、朝の挨拶もそこそこに夏生さんがそう言い放った。
ふぁい?という返事を了承の意に取られ、有無を言わさず身支度を整えられていく。夏生さんてば、了承ではなく疑問形の返事だと分かっているだろうにさ。
ちなみに、送迎役は海斗さんにしてもらった。
普段、実家には近寄りたがらない海斗さんだけど、さすがに帝様直々に家の仕事を手伝うようにと命じられたみたい。滅茶苦茶になっていたお店の中もだいぶ片付いたらしく、昨日の夕方に屋敷へ帰ってきていた。
そんな海斗さん、これを機会に『戻って家業を継げ』という声がますます大きくなったらしい。どんな激しいやりとりがあったか知らないけれど、帰ってくるなり、私の頭を顎置き代わりにしてしばらく放心していた。
まぁ、海斗さんのことはとりあえずおいといて、そんなわけで朝から櫻宮様と一緒に南のお屋敷へ。
今の南のお屋敷は長引く帝様の滞在があればこそ、東とは違い、人の数がかなり減っているということはない。けれど、それなりに外勤に出ている人はいるし、いつも以上にどこか空気がピリリッとしていた。
空気といえば、もう暦上は春だけど、外はまだまだ寒い。冬将軍やい、いつまで居座り続けるんだと文句の一つも言いたくなる。
とはいえ、雪の日は昨日で最後になるだろう。それくらいしっかりと降り積もった。
そんな辺り一面銀世界の中、暇を持て余した私、櫻宮様、そして帝様の三人組は、よし来たとばかりにお庭の雪かきに精を出した。
なにせ、ここに至るまで、他の屋敷のお手伝いはことごとく断られていた。専ら、陛下にそんなことはさせられぬ、と。この雪かきも、最初、鳳さんや凛さんは許してくれそうになかった。
ただ、そんな時に他ならぬ帝様の鶴の一声が。
『仕方ない。こうなったら、外へ散歩にでも出かけてこよう』
そっちの方が断然困ると、鳳さんもそう判断したんだろう。人手が足りないことは分かっているから、たぶん帝様も本心から出た言葉じゃなかったはず。それでも、きちんと防寒して、やり過ぎないことを条件に渋々許可を出してくれた。
そうして、ようやく最後の区画をやり終えた時には鼻の先が赤鼻のトナカイ化。帽子やマフラーに守られても、それらの恩恵を受けられない鼻の頭、そしてその周辺の頬。自分の身ながら哀れ過ぎて辛い。
「おじゃまします!」
「ます!」
すぐさま帝様のお部屋に駆け込み、炬燵に首から下を献上した。
「あ゛ーっ。あったかぁいよぉー」
これぞ至福の時。
ついついお酒を一気に飲み干した後のおじさん達みたいな声が出ちゃう。
文明の利器、万歳!
まさしく東洋の魔物。一度入ると出られなくなる人食い道具。これを置いておくだけで人をダメにできる魔性の武器。
もー、異世界に勇者はいらないよ。魔王の居室にこれ一個置いておくだけでほとんど問題は解決する。絶対する。……有能な補佐官さえいなければ。
「どれ。ホットココアを作るよう、桐生に言ってこよう」
帝様が立ち上がり、襖に手をかけた。
「んー……もうちょっとあったまってからぁー」
いつもだったら、すぐに桐生さん達がいる厨房まで一緒に行く。だけど、今はもうちょっとここにいたい。
「いや。結構長く雪かきをしていたようだ。風邪をひかせては綾芽達に叱られてしまうからな。お前達はそこで待っていてくれるか?」
「はぁーい」
さすがは綾芽のお兄さん。私を喜ばせることを熟知していらっしゃる。
陛下に何をさせているんだ!と、夏生さんが聞いたら怒り狂いそうだけど。キシャーッと角と牙が生えてもおかしくない。
でも、ここはありがたくお言葉に甘えちゃうもんね。なにより、夏生さんいないし。鬼の居ぬ間になんとやら、ってね。
「雅さん、こちらですか?」
帝様が襖を閉めてからそう経たないうちに、外から声がかけられた。
「あっ! たちばなさん!」
「しっ、静かに」
襖が音も小さく開かれると、橘さんがさっと中に入ってきてすぐに襖を閉めた。
ここ最近、帝様のご用事とやらで出かけていた橘さんに、なんだか久しぶりに会った気がする。
私が身体を起こすと、櫻宮様も私の腕に掴まって起き上がった。
「あなたも一緒でしたか」
「あのね、さっきまで、みかどさまとさんにんで、にわのゆきかきしてたの」
「そうですか。それはご苦労様です。ところで、貴女がた二人にお願いがあるのですが」
「おねがい?」
「えぇ。さっきも言った通り、静かに聞いてもらえますか?」
「あい。しずかにききます」
「ありがとうございます。……実は、陛下のお誕生日がもうすぐで」
「……えっ! いつ!?」
「しーっ」
「ご、ごめんなさいっ」
いやぁ、初耳情報すぎて。つい。
「外に駐めている車に色んな方々からの贈り物を乗せているのですが、それを屋敷の中に一旦隠しておこうと思いまして。下ろすのを手伝っていただけませんか?」
「うーんと、いい、けど……ほっとここあ、さめちゃう?」
「ホットココアなら私が温め直してさしあげますよ」
「なら、おてつだいします」
「良かった。では、陛下や皆に気づかれないうちに裏口から出ましょう」
「みんなにもないしょ?」
「はい。内緒です」
「くふふ。みやさま、ないしょですって」
「ん。な、しょ」
二人でクスクス笑い合っていると、橘さんから早く早くと促された。
そうだね、そうだね。帝様が戻るまでに部屋には帰ってきておきたい。
だって、気づかれないうちにってことは、サプライズしたいってことでしょう? いいね、サプライズ! 好きだよ、そういうサプライズ!
雪かきの時に着ていた防寒グッズをしっかり装備し、外に出た。
うおぉぅ、やっぱり寒いぃ。
時折ヒュゥッと強く鳴る風の音を聞きながら、裏門まで急ぎ気味に歩いて行く。
丁度交代の時間だったのか、門番さんは一人しかいない。その一人も、なんだか心ここに在らず。入る人は厳しく見咎められるけど、出る人はそうでもないみたいで、呼び止められることもなくすんなりと屋敷を出られた。
屋敷の外にある駐車場には車がたくさん駐められている。橘さんがその中の一台を指さしたので、その大きな車のドアにある取っ手を少し引くと、自動でドアが開いていった。
「二人は後ろの席のものをお願いできますか? 私はトランクの中のものを降ろすので」
「はぁい」
「あい」
先に櫻宮様を乗せ、後から私も続く。橘さんの言うとおり、後部座席には丁寧にラッピングされた贈り物がたくさん積まれている。そのうち一つを手に取り、もう一つ二つと持ち上げ比べてみる。
「んっと、どっちがかるいかな。……こっちか。みやさま、こっち」
「ん」
「わたしはこっち」
贈り物を小脇に抱え、少し背伸びをする。
「たちばなさーん、これだ……」
突然、濡れたハンカチに口と鼻を覆われた。嗅ぎ慣れない匂いだと気づく前に、意識がだんだん遠のいていってしまう。なんとか最後の力を振り絞って後ろを振り向いた。
……あれ? おかしいな。
「すみません」
橘さんが、私に……。
「こうすることが悪いことだとは思えなくて」
なら、その顔は、目は、どうしてそんな苦しそうなの? 悲しそうなの? なんで? どうして?
その問いへの答えは、もちろん返って来ず。
私の意識は温かな何かに包まれるようにして、そこで完全に途切れ去った。
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