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負けず嫌いは勝利の秘訣

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□ □ □ □


 ナメてた。

 四季杯って、完全に体育祭とか文化祭的なノリを想像していたんだけど。

 これ、思いっきり戦場やないですか!


 時は四季杯開催当日。さかのぼること数時間前。


「じゃあ、もう行くから」
「がんばって!」
「もちろん。優勝して海斗に何でも言うこと聞かせてやるんだから」
「……がんばれー」


 薫くんは今から出場者だけが入れるという控室へ助手さん達と一緒に向かうのだそうだ。

 厳正なる抽選あみだくじの結果、助手を射止めた料理人さん達は皆、涙したという。練習段階からして、どんな涙なのかは推して知るべし、だ。

 それにしても、彼、完全に優勝する気しかないですやん。
 誰ですの、面倒だから嫌だとか、時間の無駄とかおっしゃっていたのは。
 ……私だよっと言いたいところだけど、私じゃないよ。


「なぁ、そういえば、俺達あいつがどんな料理にするか聞いてねぇよな?」
「むふふ。わたし、しってる」


 ドヤ顔、決まってますか?

 あぁ、海斗さん! そんなほっぺた引っ張らないでぇー!


もちみてぇに伸びる伸びる」
「あーめー」


 綾芽、助けて!

 すぐ隣に立つ綾芽に両手を伸ばした。


「海斗、そこらでやめてやってや。女の子なんやし」
「ほーだほーだ」
「保護者を引き合いにだすなんて、ずりーぞ」


 何を言うか。子供の特権ぞ。
 もっと言えば、子供と同次元で争っている海斗さんって……こっどもー! 楽しいから言わないけどね!

 その後もしばらくじゃれていると、ジャリジャリと砂利を踏みしめる音が背後から聞こえてきた。
 挨拶回りに行ってくると離れた夏生さんが戻ってきたんだろうと、そちらを見ると全くの別人が立っていた。


「まさか、このような場にまで幼子を連れてくるとはな」
「……ちっ。面倒な奴が現れやがった」


 海斗さん、顔、顔っ! 凶悪犯みたいなお顔になってますよ! これから誰をヤるおつもりですか!?

 海斗さんにとって、この出会いは到底歓迎できないものであったらしい。
 そして、これは海斗さんだけに当てはまることじゃなかった。


「おやまぁ、西の大将さんがこんなところで何してはりますのん?」


 綾芽の言い方も、普段と変わらないように聞こえて、その実、ちょこちょこととげがある。

 でも、海斗さんと違って表情はにこやか……って、いうわけでもない、かもしれない。冷笑とでも言うべきなのか、普段はなかなかお目にかかれない、かかりたくない類の笑みを浮かべている。


「別に。たまたまここを通りがかった時に、やかましい声が耳障りだったので、一言物申してやろうと思っただけのこと」
「へぇ。それはそれは、どうもすいまっせん」


 西の大将というからには、目の前のこの男の人は東のお屋敷でいう夏生さんポジにあたる人だ。
 そんな偉い人に向かってそんな口の利き方……と思って、ハッとした。

 他所よそどころか、自分の大将にまでそんな態度だったわ、この人。

 しかも、西、ということは、例のあの罵詈雑言ばりぞうごん文を送りつけてきたヤツではあーりませんか?
 よし、ここで会ったが百年目。……ウソ、二、三分目。
 そこへなおれぇい! この私が成敗してくれるっ!

 とは言い出さない、私、空気読める子。


「まったく。帝から守護の任を預かっているというのに、子供の世話ができるとは。東はなんとも平和な地になったと見える」
「自分とこの任地を平和にすることがそれぞれに任された最大のお役目ですやん。当然のことです。でもほんま、どこかの誰かさんとこの人達には困ったもんやで。わざわざ反対んとこの夏祭りに来て、しょーもない悪さを引き起こされたんやから。迷惑やったわぁ」
「ほぉ。子供の世話だけじゃなく、最低限任務をこなすだけの能はあったんだな。驚きだ」


 ひ、ひえーっ! 大人の会話って怖い! 

 ちなみに、海斗さんが先程から会話に参加していないのは、何も大人しく静観しているわけではない。私がきちんと両手でお口チャックをしているからだ。

 まぁ、それでも私の両手を払いのけるのなんて簡単だろう。それでもしないのは、綾芽の口の達者さというか、物怖じしない性格というか、それら全てをかけ合わせて綾芽を信頼しているからだと思う。

 こんな時にそんな信頼みせてもいいのかと、思わんこともないけどね!

 そんなこんなで、目の前には目が座った状態で男の人を睨む海斗さん。後ろには冷ややかなオーラ漂わせている綾芽と男の人二人。

 ……ちびっこにどうしろとぉー!?


「あら? 西のおおとりさんじゃない。それと……みやびちゃぁーん!」


 いた。救世主いた! しかも、思いっきり知ってる人!

 女神というに相応ふさわしい美貌びぼうを持った人――瑠衣さんが、私の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
 瑠衣さんは海斗さんの口を押える私の両手をさらって抱き上げ、そのいい匂いのする豊満なおむ……お身体でギュッと抱きしめてくれた。


「るいおねえちゃま、く、くるしい」
「やだ、ごめんね? 来るとは聞いていたけど、着いてすぐに見つけられるとは思ってなくて、嬉しくなってつい」
「でも、だっこもぎゅーもすきぃー」
「長いことあの小生意気な弟弟子を見てきたせいかしら? やっぱり可愛いわぁ」
「かおるおにーちゃ、きらいでしゅか?」
「そ、そんなこと……ないわ。でも、いい? 雅ちゃんはあんな風に育っちゃダメよ?」
「う?」
「お返事」
「あい」


 ……ありゃ。
 いつも夏生さんとか夏生さんとか綾芽とか、たまに巳鶴さんとかに怒られた時に“返事”って言われるから、つい条件反射で返事しちゃった。

 でもまぁ、瑠衣さん満足そうだし、いっか。


「ふん。付き合いきれん」


 瑠衣さんに鳳さんと呼ばれた西の大将さんが、この場を立ち去ろうときびすを返す。
 それに気づいた瑠衣さんが鳳さんの方へ顔を向けた。


「鳳さん、雅ちゃんを抱っこしていかなくていいんですか?」


 ……んん? 瑠衣さん、今なんて?
 もしかしたら、昨日の耳掃除、上手くいってなかったのかしらん?

 パタリと足を止めた鳳さんに、瑠衣さんは止めを刺した。


「鳳さん、可愛いもの大好きなのに。こーんなにみやびちゃん可愛いんだから、抱っこしておかないなんて、もったいないですよ」
「……失礼する」


 先程までとは違う居心地の悪さに私が身動みじろぎすると、鳳さんはサッと足早に去って行……こうとした。


「まぁまぁ、そぉ急がんでもぉー」
「じゅうぶん時間、あるだろぉー?」


 そこには最高にイイ表情を浮かべた悪魔……いえいえ、私の保護者さん達二人が鳳さんの肩をしっかり捕まえておりました。
 ふと見ると、瑠衣さんの口元にも同じ笑みが。

 ……大人って、コワーイ。




 審査員の一人として招かれたという瑠衣さんと別れ、向かった四季杯のメイン会場は当然ながら人でごった返していた。
 その会場の至る所にテーブルが置かれ、お皿に箸、フォークにスプーンが用意されている。さすがに椅子を全員分用意するわけにはいかないから、立食形式をとる形になっていた。

 まだ料理が運ばれてきていないテーブルを見て、気づいた。

 これ、自力じゃどんな料理か見えないし、お皿に取れないやつですやん。
 ここでもかよ!と、ツッコミを入れさせていただきたい。


「あ、夏生さんに劉」


 人混みの中に二人の姿を見つけ、ぶつからないように避けながら二人の元へ歩み寄った。

 お手手?
 もちろん、ちゃんと綾芽と繋いどります。迷子こわい。


「おめぇら、今までどこをほっつき歩いてやがった」
「散歩ですわ、散歩。そうそう。さっき、向こうで鳳さんにばったり会うたんですよ。あと、瑠衣さんも」
「鳳? なんも問題起こしてねぇだろうなぁ?」
「なぁんも。ただおしゃべりしただけですわ」


 いーや、あれはただのおしゃべりなんかじゃなかったね。
 ただのおしゃべりで、あんなに空気がピリピリしたり凍りついたりしてたまるか!

 そんな私の心の叫びは当然ながら夏生さんには届かず、夏生さんがフンと興味なさげに鼻を鳴らしてこの話は終わった。


「皆様、長らくお待たせいたしました! 本日、四季杯のメイン司会を務めさせていただきますのは南のあおいと!」
あかねでございます! どーぞ皆様、最後までお楽しみくださいませ!」


 コードレスマイク片手に、顔がそっくりな男の人達がヒラヒラと観客の私達に向かって手を振ってきた。違うのは、蒼さんが右の前髪が長くて、茜さんが左の前髪が長いことくらい。

 双子だという彼らは、口上をとどこおらせることなく進めていった。


「さてさて、皆様お待ちかね!」
「本日のメインイベントの出場者達の紹介といきましょう!」


 料理を運ぶ裏方さん達と入ってきたのは、それぞれの料理人さん達。薫くんもちゃんといる。


「かおるおにーちゃーん!」


 両手をフリフリ。

 薫くんも満更でもない様子でニヤッと笑ってくれた。


「おっと。東には可愛い応援団がいるようですねー! あれが噂の小姫か!?」
「そんな東の料理人はもちろん、料理長の薫さんです! 可愛らしい応援つきとはうらやましいですね。小姫ちゃん、僕らにも声援を!」


 おぉう? なんか分かんないけど、お兄さん達からのリクエストが来ましたよ?

 なんとなく隣にいた海斗さんを見上げると、したり顔で抱き上げてくれた。


「なんでもいいから、なんか言ってやればいいんじゃね?」
「むむ。……がんばれー!」

「……マジかわ」
「あとで東に遊びいこ」


 一瞬、トーンがガラリと変わった双子の声がマイクによって拾われ、会場中に広まった。

 次に西、南、最後に北の料理人さんの紹介があり、ひとまず料理人さんの紹介は全て終わった。


「さて、お次は今回の審査員を務める方々の紹介です! えっと……ん?」
「ちょ! 僕達聞いてないんですけど!」


 んん? なにやら内輪めしてるみたいだけど、どうしたのかな?

 二人に近づき、こそこそと耳打ちした人がいたかと思えば、次の瞬間、二人が勢いよく後ろを振り返り、彼らの後ろで腕組してる人に向かって噛みついている。
 さすがにその人はマイクを持っていないからなんて言っているか分からないけど、再びこちらを向いた二人の顔色が良くないことからして、すごく大変な事態になったってことは分かる。だって、面倒事を押し付けられた時の海斗さんと同じ顔してるもの。


「……えー。ただいまをもちまして、今回の四季杯、御前試合と相成あいなりました。皆、目に余る言動行為はつつしむように」
「なお、そのような輩が出た場合、今回の持ち回りである南より厳重な処罰が課せられることになるので、各々おのおのきもに命じて行動なさいますよう」


 蒼さんと茜さんがキリリと真面目な顔つきで発した言葉に、会場中が静かにどよめいた。


「ねえ、ごぜんじあいって?」
「この四季杯を帝が見るってことだよ。今回の持ち回り、うちじゃなくって良かったぜ」


 海斗さんがこう言うからには、その持ち回りってやつになったらきっと色んな苦労があるんだろう。
 だって、現に蒼さんと茜さんが一気に気を引き締めてる。


「本来、審査委員長は別のお方にお願いしておりましたが、陛下がいらっしゃるということで、陛下が審査委員長となられます」
「それでは、各料理、テーブルに準備していきますので、もう少々、お待ちくださいませ」


 ペコリとお辞儀した二人はクルリと振り返り、先程噛みついていた人の所に駆け寄っていった。


「……たいへんだねぇ」
「そりゃあなぁ。お、来たぜ」


 私達の近くにあったテーブルにも料理が運ばれてきた。
 青、赤、白、黒のランチョンマットの上にそれぞれお皿が置かれ、お題に相応しい“目を楽しませる料理”がずらりと並んでいく。


「ふおぉぉぉぉ!」
「はい、お待ち。前掛けしとかな、君、こぼすやろ」
「……あい」


 薫くんのヤツは試作段階で見てたからなんとなくどんなものか分かってたけど、他の人達のも美味しそぉー。

 いつもだったら、こぼさないよ、とか、いらない、とかごねてたけど、今はいい。

 それよりも、早く食べたい!


「それでは試食の開始です。それぞれ数は準備しておりますので、なくなったら申し出てください」
「試食終了後、投票に入ります。票の加点方式はその際に審査委員の方々がお決めになりますので、皆様、まずは各料理長の腕を心ゆくまでお楽しみください」


 あーもう、どれから食べようかな!

 南の人のは小皿を花びらに見立てて、その上に披露宴の時に出てくる料理みたいなおしゃれな盛り付けのお品々。
 北の人のは大きな笹の葉を笹船にして、その上には色々なネタのお寿司。
 西の人のは人参か何かでとても緻密ちみつな彫り物がしてあり、それがフカヒレらしきスープに浮かべられている。
 東は我らが薫くんの力作。ご存知、十二星座をデザート仕立てで箱に敷き詰めてある。

 ……決められるわけがないっ! ってことで、ここはもう、アレで!
 

「ど、れ、に、し、よ、う、か、なぁー……あやめ、これー」


 まずはお寿司、いっただきまぁーす!
 ……お、おいひぃーよぉ。

 もっきゅもっきゅとハムスターのように頬に一杯詰め込み、余すことなく味わせていただいております。

 あ、お次はエンガワでお願いします。


うまいか?」
「ん」


 お口の中、今、いっぱいだからサムズアップ。

 ネタの新鮮さはもちろん、噛めば噛むほど甘み?旨味?がでてくる。
 そして、シャリは噛まなくてもホロロと口の中で溶け、程よい酢加減がネタの味と上手く調和して口の中に広がっていく。

 これを旨いと言わず、何を旨いと言う。


「ちゃんと噛むんやで?」
「ん、ふぁい」


 おっと、危ない危ない。

 口から零れ落ちそうになった米粒を両手で押しとどめ、口の中に戻した。


 「本当に可愛いなぁ。リスとかハムスターみたい」
「ねぇねぇ、南も楽しいよ? うち、来ない?」
「あかんあかん。この子ぉは東で面倒見るて決まっとるんや」
「「えー」」


 本日の司会の二人、蒼さんと茜さんが連れ立ってやってきた。

 初めと比べて随分とやつれ……お疲れのようです。
 まぁ、さもありなん。

 それにしても。ムフフフ。
 瑠衣さんといい、この二人といい、人生初のモテ期到来よ! 私、今だったら調子に乗っても許されるような気がするから乗っとくわ!

 モテ期バンザイ!

 ……おっと、忘れるところだった。

 ごくんと口の中身を飲み込み、二人に向き直った。


「はじめまして。みやびでしゅ。よろしくおねがいしましゅ」


 ペコリとお辞儀も忘れない。

 お疲れのお二人には笑顔も振りまいちゃいますよー!
 私、今、すごくご機嫌だからね。大サービスしちゃおう!


「あーん、して」
「え? ……あーん」
「おいしいでしゅか? おいしいでしゅよねー?」
「すっごく美味しいね!」
「なんですか、なんですか、なんなんですか、この可愛い生き物は!」


 食べてもらったのは北の人のお寿司だけど、美味しいものは美味しいんだから。
 どうせ勝敗の行方は上の人達が決めちゃうんだろうし、私達くらいは美味しいものを好きなだけ自由気ままに食べてもいいと思うんだ。

 ということで、どんどん食べますよー!

 とりあえず、次のを見て取りたいから抱っこを所望いたします。

 ぐすん。
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