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怒るのも仕事のうち
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しおりを挟むただいま、劉さんに抱っこされたまま、こっそりと門の傍に植わっている植木の後ろに隠れております。
二人揃ってこんな所で何をしているのかといえば。
もうそろそろ……あ、来た!
「あー……なんや、そう気ぃ落とさんでも」
「嫌われた。嫌われてしまった」
「なぁ、お前の声、全然聞こえてねぇと思うのは俺だけか?」
「おい、綾芽。お前が拾ってきたチビが拾ってきた保護者だろうが。お前がなんとかしやがれ」
「えー。それ、自分あんま関係ないですやろ」
見送りに出てきた綾芽と海斗さん、夏生さんがそれぞれを小突きあっている。
それを全く気にした様子もなく、絶賛落ち込み中のアノ人。そして、相も変わらず落ち込んでいると分かるのは言葉だけ。
呼び方だけど、もうアノ人はアノ人で十分だ。お父さんとか、ましてやパパさんなんて、絶対に呼んでなんかやるものか。
そんな誓いを立てている間に、面倒を押し付けられた形の綾芽もどうしたものかと言葉を選んでいるようだった。
すると、どうやらいい慰めの言葉を思いついたらしい。頬を軽く掻きながら、ヘラリと曖昧な笑みを見せた。
「あー……まぁ、神さんなんやし、お仕事忙しかったんですやろ。これから交流していけばえぇんと違います?」
「ん?」
「あ?」
頭に疑問符が浮かんでいる夏生さんと海斗さん。それに対して綾芽も首を傾げた。
そういえば、ここに初めて来た時の誤解ってまだ積極的には解いていなかったっけ。皆からそれ以上事細かに聞かれることもなかったから、楽でいいなぁって勝手に思ってたんだけど。
それが完全に裏目に出てしまってるのがこの状況。楽な方をとるといつもこうだ。
別の状況なら今すぐにでも飛び出して行って否定したいけど、今この状況ですぐには無理。なにせ、ここから出ていきたくない。
ちゃんと帰るまでは見送るように劉さんに説得され、それでも会いたくない私との妥協案がこの植木の植え込みからの隠れ見である。背が高い劉さんも一緒だから絶対にバレているけど、それでもこれは雰囲気的なもの。絶対に直接会わないという私の意思表示でもある。
けれど、誤解に関してはこれでアノ人の口によって解かれる。そう思っていた。
――しかし。
「なんだ。我が妻は何も教えていないと思っていたが、我が神だということだけは教えていたのだな」
「……っ!?」
「えぇ。自分の親は神さんやって、ちゃぁんと言うてましたよ? なぁ、海斗」
「……っ!?」
「あ、お、おぅ」
驚いた拍子に思わず漏れ出そうになった声を慌てて両手で抑え、その代わりに何度も瞬きを繰り返した。まさかの新事実に、心臓が待ってましたとばかりに軽快に早鐘を打ち始める。
海斗さんも戸惑いつつも綾芽の言葉に頷いた。
神様なんか信じないって思っていそうな海斗さんにしてみれば、この話は子供がよく語る夢物語に過ぎなかったのかもしれない。
アノ人は帰り際にとんでもない置き土産を残し、このお屋敷を去って行った。
あーえっとぉー。おっほん。
拝啓、向こうの世界で暮らすお母さん。
あなた、大事な話を一切私にしていないでしょう!?
◇ ◇ ◇ ◇
うぅー。視線が痛い。
アノ人が帰ったあと、私は再びお座敷に連行された。
「お前、本当に神の子供だったんだな」
「自分、最初からそう言うてましたやん。信じてもらえてなかったんです?」
「お前はこいつの父親と似て、訳分からねぇ行動なり言動なりしやがるからな。信憑性は半減だ。皆無じゃないだけマシだと思え」
「酷いわぁ。そう思わん?」
「えーっと、アハハ」
そこで私に聞かないでくれないかなぁ。だって、笑うしかないんだもの。決して否定しないというところで察してほしい。
「でもよ、本当に父親と暮らさなくていいのか?」
「あい。わたし、ここでみんなのおやくにたってみせましゅ」
「役にってなぁ」
「いいじゃないですか。こんなに可愛らしゅう頑張る言うてるんですから」
「だからうちは託児所じゃねぇって」
夏生さんがハァっと溜息をついた。
じゃあ、何か役に立つところを見せられればいいの?
……そういえば、アノ人と会った時、私、宙に浮いたんだっけ? アノ人の言動が突飛すぎて、そのことが頭からすっかり抜けてたけど。実は何か他にもできたりするのかな?
……あっ! そうだ!
縁側から庭に出て、目指すは薫くんの家庭菜園。皆も私が何をしだすのかと縁側まで出てきた。
「んーっ、ばっ! ……ぎゃっ!」
巨大なふわふわ生物が出てくる某アニメの少女の真似をしてみた。私の理想としては、菜園に実っている野菜が通常のやつよりも大きくなること。
だけど、理想と現実はいつも同じとは限らないとは上手くいったもので。
「ちょっと。どうなってるの?」
夕食分の野菜を取りに来た薫くんが、超巨大化して最早お化け野菜に成り果てたそれらを見て、ピクリと眉を動かすのはそれからすぐのことだった。
◇ ◇ ◇ ◇
夏生さんに首根っこ掴まれて、本日三度目の御座敷へ。
先程までとは違い、初めからピリッとした緊張感が漂っている。
「おい」
「あい」
「さっきみてぇなことしたの、今回が初めてか?」
「はじめて」
「そうか。ならいい。いや、よくはねぇが。……いいか? 世の中には他人の力を利用しようとしやがるヤツがごまんといる。そんな輩からしてみれば、お前は喉から手が出るほど欲しい存在なんだぞ?」
隣に座ってくれている劉さんの方を見ると、コクリと頷かれた。
今日の声かけ事案は偶々アノ人だっただけで。私が持ってた力を知らなかっただけで。これからこの力を他所に知られるようになれば、事件に巻き込まれるのもありえないことではない。
そういうことを夏生さんは危惧しているんだろう。
夏生さんが思う役に立つと、私が想像した役に立つはベクトルが違ったんだ。
――でも、それでも。それでもね。
「あのね、わたしね」
正座した膝の上の拳をギュッと握った。
「あのとき、あやめにたすけてもらったの、すごくすごーくうれしかった。もうしんじゃうっておもったのに、しななかったの」
夏生さんや綾芽、海斗さんに劉さんも黙って私の言うことに耳を傾けてくれている。だから、私も夏生さんの目をしっかりと見た。
「だからね、こんなだけど、みんなのやくにたてるなにかがあってうれしーの。だからね、そのね」
なんて言っていいか分からずに言い淀んでいると、綾芽がチョイチョイと手招きしてきた。
なぁに? 今、大事なところなのに。
劉さんが私の脇下から抱え上げ、綾芽の方にポンと軽く放った。なんなく綾芽の腕の中へダイブした私。
し、心臓がバクバクいってる。
「なにを心配してるかと思えば、力があるから追い出されるんやないかとか考えてるのと違う? それか、今よりも力をつけるなとか言われるんやないか、とか?」
……むぅ。それもある。
ここを追い出されたら私に行く当ては……ない。当然ながら、アノ人の元というのは選択肢から端から除外だ。
「そんなことするわけないやん。むしろ、逆や」
「ぎゃく?」
「そう、逆。そんな輩がおるから自分らが守ったる。そやから、安心して神様修行したらえぇよ」
神様修行。ここで、みんなと一緒にいながら。
「……あい。がんばりましゅ」
あれ? なんか、安心したら涙が。
涙がボロッボロと出てくるなんて、今日は涙腺が緩みきっているみたい。
「……ったく、ガキのくせに、他人の思考深読みしてんじゃねーよ」
「夏生さん、頑張る子ぉは嫌いやあらへんもんね?」
「うるせぇ」
言葉はぶっきらぼうでも、怖くても。怒らせたらいけない人でも。本当は優しいって知ってる。
ここの人達はみんな優しくて、温かい人達ばっかりだ。
お母さん、私、ここで精一杯頑張るからね。
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