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人は見た目によらない

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 満足いくまで海斗さんいじりを堪能たんのうしていると、ボーンボーンボーンと大広間にある掛け時計の音がこの部屋まで聞こえてくる。全部で三回。いつの間にかおやつの時間を迎えていた。

 今なら空も飛べるかもって具合でルンタッタ気分の私が向かう先。それはもちろん、薫くんが待つ食堂です。

 何故かって? そりゃあ、当然、例のパフェを食すため! 

 ということで、海斗さんは一旦放置。満足はしたけれど、許したわけではないのが食べ物の恐ろしさなのですよ。

 たぶん、今の時間だと、薫くんは厨房で今日の夕飯の献立を考えている時間のはず。東のお屋敷には結構な数の人がいるし、皆、いっぱい食べるから考える方も大変だよねぇ。

 食堂の奥、厨房の片隅からひょっこりと顔を出し、薫くんを探す。


「かーおーるーおにぃーちゃーん!」
「あぁ、来たね。待ってたよ。今出すから、そこに座って待ってて」


 イエッサー!
 指でさされたテーブルにつき……つ、つき……つけぬ。

 食堂の椅子は高くて、自力で座るのは無理がある。

 でも負けぬ! ぐぬぅううううううっ。もおぉちょっとぉおおおおっ。


「綾芽は一緒じゃ……って、ゴメン。一人じゃ座れなかったんだっけ」


 片手でパフェとスプーンを持ってきた薫くんに無事手助けしてもらい、やっとこさ椅子に座れた。

 し、身長よ、早く伸びてくれ。切にそれを願っている。
 ……縮むことはあったけど、伸びることはないとか、言わないよね?

 ……ブルッ。

 あぁ、まずい。悪寒おかんが。
 せっかく楽しい時間なのに、こんな不吉なこと考えるんじゃなかった。

 気を取り直しまして! ではでは!
 よっ、待ってました! 私のパフェ!


「無理して全部食べきる必要ないから、食べきれなくなったら声をかけてね」
「あい! いただきましゅ!」


 んー! どこから食べようかな!?
 アイス? フルーツ? 生クリーム? 選べませぬー! ならばここは、落とさないように全乗せで!


「ほわほわーつめたくてーあまくてーしあわせー」
「幸せ、ねぇ。こんなんで幸せなら、他の幸せはものすごい幸せになるけど」
「いまもいーっぱいしあわせなのー」


 やばい。自分でも完全に頬が緩んでるのが分かる。それくらい美味しい。

 いつものご飯もそのままお店に出せるくらい美味しいけど、このパフェはまた格別。さすがはプロの料理人。デザートいえど、一切の妥協をしていない。口の中の物がなくなるより早く、スプーンが次の一口へと動きだす。

 薫くんも私の目の前の椅子に腰を下ろした。頬杖をつきながら見だしたのは、私と綾芽が買ってきた料理本。時たま顔を上げて、私の方を見てくる。

 そんな見つめちゃいやん、恥ずかしい!


「鼻、クリームついてるよ」
「むむっ。ほ、ほんとだ」


 さらに恥ずかしい目に合った! 
 しかも、それで見つめちゃいやんとか、完全な自意識過剰でしかないやつ。

 ……ここはちょっと真面目な顔をしてやりすごそう。大丈夫。幸い心の声だから、聞こえてない知られてない。安心安全、心の声だ。

 スプーンを持ってる方とは逆の指でぬぐい、そのまま口へ。


「……あっ」


 口に運ぼうとした一瞬の隙をつかれ、私の指は後ろへさらわれた。

 振り返ると、そこにいたのは綾芽だった。なあに?と聞く暇もなく、私の指が綾芽の口へと運ばれる。ぺろりとくすぐったい舌の感触がしたかと思えば、指についていた生クリームは全てめとられていた。

 
「甘いわー」
「当然でしょ。生クリームなんだから」
 

 どうやらこの生クリームは綾芽のお気にさなかったらしい。甘い物が苦手なわけじゃないけれど、生クリームはちょっと苦手なのかもしれない。

 そのまま近くに置いてあった紙ナプキンで指を丁寧にぬぐってくれた。


「そんな食べると夜ご飯入らへんやろ。手伝てつどうたるわ」
「えっ!?」


 綾芽は口を開け、指で自分の口を指した。

 つまり、あーん、ですね? あーん待機中なんですね? 分かりました。ご要望にお応えしましょう! さっきみたいに、全部乗せにチャレンジです。あ、生クリームは抜きの方がいいね。好きじゃないみたいだし。でも、意外とバランスが……スプーンが私用、つまりお子ちゃまの一口サイズ用だからね!

 あるかどうか分からない私の名誉のために主張させていただこう。決して私が不器用なわけじゃない。断じてない。


「あ、あやめ、もっとこっち。おくち、こっち」
「めっちゃプルプルしとるやん。別にムリして乗せんでも、別々でかまへんよ?」
「このたべかた、おいしーの! とーってもしあわせよ?」


 だから、一回試してみて! できれば早く、今すぐに。出ないと落ちる!

 最終的には両手でスプーンを持って、綾芽の口へ。


「……どぉ? おいしー?」
「ん。美味しい美味しい」


 二回続けて言われると、信用性薄くなるなぁ。

 でもまぁ、とりあえず、ミッション成功です!


「ふっふふー」
「えらいご機嫌やなぁ。やっぱり食い意地だけは一丁前や」
「む?」


 やっぱり、とな? 引っかかる言い方するなぁ。
 食い意地が張ってるのはまぁ認めるから、そこに関して異論はない。一丁前だってことも、素直に賛辞として受け取っておこう。

 でも、やっぱりって。そこは引っかからせてもらおうか。


「子供はこういうの好きだと思うけど? 別に食い意地張ってるとかじゃないでしょ」


 そうだそうだ! もっと言ってやってくれ、薫くん。私の胃袋の――ひいては私の名誉のために!


「おっ、丁度えぇ所に当事者のお出ましや。劉、ちょっとこっち来ぃ」


 呼ばれた当人は何が何だか分かっていないだろうけど、とりあえず言われた通りに私達が座るテーブルの方までやって来た。

 入れ代わりに薫くんが席を立ち、厨房に戻っていく。そして、冷蔵庫から冷えたお茶をコップに入れて戻ってきた。しかも、人数分。

 いやはや、仕事のできる男とは彼のことです。


「おおきに。で、劉。この子が昼寝しとる間に起きたこと、薫にも教えてやってくれへん?」
「……」


 な、何でこちらを見るんだい? 劉さんや。
 なんだかよくない事言われるような気がするから先に言うと、世の中には秘密にしておいた方がいいということも多々あってだねぇ。


「みやび、ねる、あいだ、ゆび、ちかづける。くわえる、られた」


 んん? つまり?
 私が寝ている間に指を近づけたら、くわえられた、と?

 劉さんだったんか! 海斗さんによるチョコパクの原点は!

 そして、薫くん。
 若干、さっきより私を見る目が白いような気がするのは気のせいでしょうか。気のせいであることを私は切に望みます。


「それ、条件反射じゃないの? たぶん」
「そう! それ! じょーけーはんしゃなの!」


 条件反射な、と冷静に綾芽に返された。

 分かってるよ! でも、この舌足らずなのがいけないの!

 ただでさえお腹が鳴っただけで笑われるのに、これ以上食べ物関係で彼らにネタを提供してはいけない。

 そんなことになれば私は……私はっ! 笑いのネタを提供しながら歩き回るちびっこに成り果ててしまうっ!
 そんなことになってもいいのは、真正のちびっこだけだよね? そんなことになっても可愛いのは、真正のちびっこだからだよね?

 ……いっそのこと、今からでも頭ぶつけて記憶喪失に。


「はい、ストーップ。何かよからぬこと考えてそうやから、一応止めとくわ」
「むぅ」


 なぜバレたし。
 散歩のときの水溜まりの一件といい、綾芽には何故かよくバレる。

 ……よし。ここはひとつ。
 悪い大人が使う手段で手を打ちましょう。いやぁ、一回やってみたかったんだよね、これ。うひひっ。


「りゅー」


 両手でつつを作り、劉さんにしか聞こえないように、小さく彼の名を呼ぶ。


「なに?」
「これーおいしーの。あげるから、ちょっとあげるから、しーっよ?」
「しー?」
「うん。しー」


 人差し指を口元に当てて、劉さんの方へ身を乗り出した。すると、劉さんも同じように返してくれた。

 さすがに意味、分かってる、よね?


「おだいかんさま、これをおおさめくだしゃい。やまぶきいろのおかしでございましゅ」
「おだい、かん? やまぶきいろ?」
「りゅー。おにゅしもわりゅよのー、っていって」
「おにゅしもわりゅよのー?」


 おぅ。舌足らずになった部分も再現されちゃったよ。

 まぁ、いい! 皆様ご存知、悪代官と越後屋よ!

 ささっ、劉さんや。こちらが山吹色のお菓子ならぬ、アイス・フルーツ・クリーム三点盛のパフェでございます。

 さっきの綾芽の時と同じように、なんとかかんとか劉さんの口へ運んだ。若干アイスの冷たさが歯に染みたらしく、梅干しを食べた後みたいにキュッと眉根が寄っている。

 くすくす笑っていると、ふっと手元に影がおりた。いつの間にか、綾芽と薫くんが席から立ち上がって私の背後で腕組みして立っていた。


「へぇー。時代劇とか見とったん?」
「う、うん。あやめがいないとき、ひろまでてれびみてるの。おじしゃんたちと」
「ふーん。情操教育が大事って皆で協力しあってる時になぁ」


 あ、あれ? 綾芽さん? 顔、笑顔なのに怖いよ?


「誰と見てたの? 僕にそいつの名前を教えてよ。よりにもよって、悪代官ごっこなんて覚えるなんて」
「え、えーと」


 薫くんまでそんな。
 うーん。これはまずいことになった。


「えっとー、おなまえわかんにゃい」


 ええい。出血大サービスだ。
 秘儀・首コテンぞ。我、秘儀使っても許されるちびっこぞ。

 え? 中身女子高生? 今は聞こえぬ。


「大丈夫、大丈夫。今から屋敷中回って探そ」
「え、えぇーっ」


 ムンクの叫び、by私。

 綾芽は本気で見つける気らしく、私を脇から抱え上げた。そのまま食堂の出入り口を目指し、長い脚を活かして大きな歩幅でスタスタと歩いていく。

 あ゛ぁーっ! パフェが! パフェが遠のいていく!


「夜ご飯の後にでもまだ食べられるから、今は我慢しよし」
「うぅっ。……あい」
「綾芽。もし真犯人が名乗り出さないようなら、今日のご飯のおかずはめざし一匹って言っといて」
「おぉ、了解了解。そら、かなんわ」


 お仕事をして、お腹が空いてる時におかずがめざし一匹。確かに嫌だ。私だって嫌だもの。皆ならもっと嫌なはず。

 ともあれ、ご飯なしにならないのは暴動を抑えるためかと思えてきてしまうのは、毎回の食事時のプチ戦争を見ているからだろう。

『あれは最早食堂ではない。戦場だ。あれは最早食事ではない。戦争だ』
とは、どこの誰が言い出したのか知らないけど、的確にまとを射ていると思う。




「さぁー、きりきり吐いてもらおか」
 

 この後、綾芽はなかなか犯人を言おうとしない私に業を煮やし、皆の前で薫からのお達しを告げた。それから犯人のおじさん達が皆から吊るしあげられるまで、ほんの数秒足らず。

 真に食い意地が張っているのは私ではないと、ここに断固表明いたします!
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