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心の中で舌を出す
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最初に行ったのは、都の中でも一二を争う老舗人形店。
瑠衣さんの雛人形もここで揃えたらしい。その時は七段飾りだったそうで、今回も七段飾りにしようとお店の人と話始めたから、さぁ大変。
置く場所がないからとか、準備や後片付けや保管が大変だからとか、もっともらしいことを言って、なんとかお内裏様とお雛様だけの、いわゆる“親王飾り”にしてもらった。あと、“つるし飾り”も一緒にお買い上げ。
瑠衣さんは最後まで『あんなに広い大広間があるのに』ってボヤいていたけど、絶対に夏生さんの許可が下りなかったと思う。
それにここだけの話、実は、“日本人形”っていうのがあんまり得意じゃない。彼らはいわば器。なんの器なのかはご想像にお任せするけれど、ソレ関係が絡んでくることが多い。
もちろん、全部じゃないことも分かってはいる。だけど、だからこそ、一段だけの方がいろんな意味でありがたい。
購入した品は後で郵送で東のお屋敷に送ってくれるそうだ。
人形店を後にして、次に向かったのが、海斗さんの実家である例の呉服屋さん。
事前に海斗さんから連絡がいっていたのか、お店の人がたくさん歓待してくれる中、お店の奥の方には先客がいた。どんな偶然だと驚くなかれ。その先客というのが、瀬里さん、それから、狩野家当主だというおじいさんだったのだ。
妙にねっとりとした瀬里さんの視線を避けつつ、おじいさんと初めましての挨拶を簡単に済ませた。それからしばらくの間、瑠衣さんが瀬里さんと少々険悪に、おばあさんがおじいさんと和やかに言葉を交わしていた。その後、店員さんに見送られながら、二人は帰っていった。
二人がお店を出てから、そう時間が経つこともなく。
店員さんが出してきてくれた着物を皆で見ていた。
あぁ、そうだ。ちゃんと覚えてる。
――そこまでは。
「……ちゃん。雅ちゃん!」
ふぁっ!
気づいたら、私の肩を軽く掴んだ瑠衣さんに、二三度身体を揺さ振られていた。
「るい、さん?」
「良かった! 大丈夫? どこか痛い所とか、ない?」
「ん。だいじょ……えっ?」
あまりにも一瞬の出来事すぎて、今だに頭が追いついてない。
どうしてお店の入り口側のショーウィンドウが粉々になって、ガラスの破片が中に飛び散ってるんだろう? どうして皆、辺りにうずくまっているんだろう。どうして外があんなに騒がしくて……。
櫻宮様は!? どこ!?
急いで辺りを見渡すと、すぐ後ろでスゥスゥと寝息を立てて寝こんでいた。心配したけど、床の上なだけで、破片が散らばった床の上ではなかった。
ひとまずホッと一つ息をつく。
「すみません。この子達を東の屋敷まで連れ帰っていただけませんか?」
「……」
そう瑠衣さんから頼まれたのは、こんな惨状にも関わらず、ただ一人けろりとしているアノ人だった。
でも、神妙な面持ちで瑠衣さんが頼んでいるっていうのに、アノ人は聞いているのかいないのかさっぱり分からない。いつもと同様、全く変わらず。興味を持たず。
……あれ? いや、違った。瑠衣さんの脇腹の辺りをジッと見つめてた。
そして、瑠衣さんからふいっと視線を外したかと思うと、転がっていた椅子を指さした。
「そこへ座れ」
「えっ?」
「座れと言っているのが聞こえぬのか?」
わけも分からず、瑠衣さんは面食らいながらもアノ人の指示に従った。瑠衣さんが椅子に座るやいなや、アノ人はすぐに瑠衣さんの背中寄りの脇腹に手をかざし始めた。ポゥッと明るい光がその一点を包み込んでいったのは、それからすぐのことだった。
「我が娘をその身を挺して庇おうとした礼だ」
「あ、ありがとうございます」
「……そこの嫗は軽い脳震盪。今に目を覚ます」
「そう、ですか。……良かったぁ」
顔色が良くなかった瑠衣さんの顔に、一瞬だけ笑みが戻ってきた。
いつもは勝気で凛とした雰囲気の瑠衣さんだけど、この時ばかりは祖母を想う孫が心の底から安堵した時の顔だった。
「……そうだ! 皆さん、大丈夫ですか!? すぐに救急車を手配しますから!」
そう言って、瑠衣さんはすぐに椅子から立ち上がり、動けずにいる人のもとへ駆け寄っていった。その顔つきは今まで見たことがないほど険しい。さすが社長さんなだけあって、他の動ける人に出す指示もすごく的確だ。もちろん、指示を出すだけじゃなく、自分も積極的に動き回ってもいる。
一方、アノ人は言われずとも帰るつもりだったらしい。櫻宮様を宙に浮かそうとして、何を思ったかそこで止め、俵担ぎで担ぎ上げた。そして、次は私とばかりに空いた腕を伸ばしてくる。
その腕からすり抜け、アノ人の今は黒い双眼をじっと見つめた。
「……なにがあったの?」
「さぁ? 我はそなたが無事でさえいれば、他に興味はない。……あぁ、泣き喚かれると面倒ゆえ、コレは先に眠らせてある。怪我もない」
私達だけが無傷なのが少し気になるところ。
ただ、今はそれを問いただしている暇はない。
お店の中がこんなになっているんだもの。外がもっと酷いことになっていても、なに一つ不思議じゃない。
外と内を分けるモノが無くなった出入り口付近に駆け寄り、そこから外を覗いてみた。
――衝突事故だった。車が何台も巻き込まれている。しかも、そのうち一台が物凄い煙と共に火柱を立てていた。きっと、この車が爆発した衝撃でショーウインドウが粉々になってしまったんだろう。
この通りは片側二車線で、平日も交通量が多い。しかも、人気店や老舗店が軒を連ねている、いわば東のメインストリートだ。休日ほどではないにしても、今日もたくさんの人が道を歩いていたはず。
それに、事故に巻き込まれた車のうち、見覚えがある車が一台。
……さっき、狩野家のおじいさんと瀬里さんが乗っていった車だ。
炎上している車は道の反対側。対して、狩野家の車は道のすぐこちら側。しかも、どこからか看板が落ちてきたらしく、車の屋根を大きく凹ませている。もう車から脱出できていればいいけれど、そうじゃなかったら色々と時間の問題に。
「あっ! 雅ちゃん!」
瑠衣さんの声が背後から聞こえてくる。
けれど、駆けだした私の足は止まらなかった。
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