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心の中で舌を出す
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しおりを挟むなにはともあれ、瑠衣さんもちゃんと事前に許可をとれた。これで最大の問題が消えたことになる。
――ただ。
隣に立つ神坂さんをそっと見上げる。服もちょっとだけ摘まんだ。
神坂さんのお誘いは断ったのに、瑠衣さん達のは受けるんだもん。不愉快な気持ちになってない? 大丈夫?
そう聞こうとすると、それよりも早く、神坂さんが何かに気づいたようにパッと表情を明らめた。ポンポンっと私の頭をごく軽くたたくと、腰を私の目線と同じになるほど曲げてくる。
「大丈夫、安心していいよ。今日のおやつはちゃんととっておくように、俺から薫さんに言っておくから」
「えっ? あっ! ありがとうございましゅ。……じゃなくて、いや、それもだけど」
「あと、いつも遊びに行くときに持って行ってるリュック取ってこようか?」
「りゅっく……んーん。じぶんでもってくる」
なんだか、不愉快っていうより……むしろ嬉しそう?
私よりも前のめりになって出かけさせようとしてる気がする。
……まぁ、いっか。神坂さんが悪い気がしていないのなら。
さて、そうと決まれば後は出かける準備だ。うさちゃんリュックを持ってこねば。これ以上待たせるのも悪いから、縁側から直接部屋に……。
……ん?
「あら、もう一人?」
瑠衣さんのおばあさんが、私の姿を目で追いかけていたらしい。
僅かに開けた障子の狭間からこちらを覗く姿に、目元を綻ばせた。
「可愛いわねぇ。男の子? 女の子かしら?」
「なに? 雅ちゃん以外にも預かるようになったの?」
二人の問いには答えず、夏生さんと神坂さんがバッと勢いよく後ろを振り向く。
この屋敷内で子供と言われて思い浮かぶ面子は限られてくる。私と、千早様。でも、今、彼はいない。そうなると、残りは最近増えた新顔の彼だけ。
私と神坂さんが出かける時にはお昼寝タイムに突入していた櫻宮様が起き上がり、こちらをじっと見つめていた。
「ねぇ、あなたも一緒にお出かけ、する?」
「……でも、あの子、どこかで」
「わーっ! ちょ、ちょっとまってて!」
夏生さんを引っ張り、縁側を駆け上がって部屋の障子をぴしゃりと閉めた。
「おばあさん、さくらのみやさまのちいさいころのこと、しってる!」
「大きな声出すんじゃねぇっ」
「……ん。むぐぐ」
口元を塞がれ、仕方ないからコクコクと頷いて意思表示をする。
あのね、いっつも思うけど、子供の顔に対して大人の、それも男の人の手って大きいんだよ。だからね、口を塞ごうとしたら自然と鼻まで塞いでいる時もあるってことを自覚してほしい。
手首のところをぺちぺちっと叩くと、ようやく離してくれた。
しっかし、どうしたものかなぁ。
小さくするにしても、別の姿にするとか配慮ってものを……皇彼方に求めても無駄かぁ。そうだよなぁ。無駄なんだよなぁ。なにせ人の話すら聞かないんだもの。配慮なんて気の利いたことができるなら人の話だって聞けるはずだもんなぁ。
今のところ、櫻宮様のことを知っているのは東のお屋敷の皆と、帝様に橘さん、あとは昨日あの場にいた幹部の人達だけ。ただ、おばあさんの年代ともなると、櫻宮様の同じ年頃の時のことを覚えていたとしてもおかしくはない。だから、外に出る時なんかは今が冬なのをこれ幸いと、マフラーやら帽子やらで上手いこと隠し、外部の人にバレるのを防いでいた。
それももう過去のこと。今はしっかりばっちり見られている。しかも、瑠衣さんも一緒に。これじゃあ、後で誤魔化しようもない。
「ふむ。その童のこと、知られてはまずいのか?」
声がすると同時に、アノ人が部屋に僅かに生じた暗がりから姿を現した。
まるで本物の幽霊みたいな登場の仕方に、櫻宮様の身体がびくっと震え揺れる。しかも、現れた無表情の男がそのままじっと自分を見下ろしてくるのが怖くてたまらないらしい。すっかりその場で固まってしまった。その姿は、まるで蛇に睨まれた蛙状態だ。
……ちょっと、こっちこっち。
夏生さんの手をひき、櫻宮様がアノ人の視線の先から消えるよう夏生さんに立ってもらう。そのまま私も一緒に夏生さんの背に隠れた。さっきの登場の仕方、私もちょっぴり怖かったから、その意趣返しだ、なんてことはない。
「……あぁ、まぁ、な」
夏生さんは私達二人にちらっと視線を寄越した後、すぐにアノ人へ向き直った。
「どうにかできるか?」
「ふむ。……二冊で手を打ってやる」
「……仕方ねぇな。念のために先に聞いとくが、どうするつもりだ?」
「なに、別の童の姿に見えるようにすればいいだけのこと」
「……はぁ。簡単そうに言ってくれる。が、まぁ、悪かねぇな」
大人だけで話がどんどん進んでいく。
二冊がなんのことなのかさっぱりだけど、どうやらそれを対価にアノ人がどうにかしてくれるらしい。それは良いことだ。皆が助かる。
――でも。
「なんか、わたしよりたよりにされてる」
「んなこたぁどうだっていいんだよ。ほれ、良い子にしとけよ?」
「……で、でもさでもさっ!」
話はついた。
そう決着づけた夏生さんが障子に手をかけた瞬間、服の裾を握って止めた。
「なんだ?」
「んっと、みやさまもいっしょにいっていいの? ほら、けいびとか」
要人の外出には警備の問題がつきものだ。いくら身元バレする確率が限りなくゼロに近づくとはいえ、宮様は宮様。護衛がつかないというのはありえない。
それに、私としても、色々と知ってしまった後じゃあ、対応に困る。蒼さんにやったコトは許せない。けど、記憶がまっさらな子供時代に戻っているなら、邪険にするのもなんか違う気がするのも確か。……肝心の本人に嫌われてるんじゃないかって心配ももちろんある。
けれど、返ってきた夏生さんの答えは実にあっさりしたものだった。
「大丈夫だろ」
「……ほんとに?」
「ん」
夏生さんが顎でしゃくって見せた先には、黒髪黒目のアノ人の姿。つまり、普通の人にも見えるように顕現しているアノ人が腕組みをして立っている。
“使えるモノはなんでも使え”
普段からそう言ってる夏生さんらしいといえばらしい。
確かに、これ以上ないくらいの護衛ではある、かもしれない。けど、私の記憶違いじゃなければ、この人、櫻宮様のこと攻撃しようとしてましたよ? それで護衛って、大丈夫なの? 護衛の基準緩すぎない?
うんうん一人で唸っていると、背を押され、玄関まで来てしまった。いつの間にか縁側で脱ぎ捨てた靴も回収されており、ちょこんと揃えて置いてある。
……もう、背に腹は代えられないのかもしれない。
だって、櫻宮様は出かける準備を着実に整えつつある。いつの間にと思うけど、考えてみれば私も玄関先にいつでも出かけられるようにマフラーと手袋、上着をかけられる場所を用意してもらっている。櫻宮様の分も、もちろんその用意があった。
そうこうしているうちに、いつになくご機嫌な櫻宮様は靴を履こうとし始めている。べりべりっと剥がして履いたらまたべりっとくっつけるマジックテープの子供靴だから、履けないとぐずることもなくすぐに準備は整った。
ここまで来たら、一緒に行くという選択肢しか残されていないだろう。
なにせ、他でもない、この東のトップが許可を出したのだから。
観念した私が靴を履いていると、アノ人も草履に足をかけるのを見た櫻宮様がそっと私の服を握ってきた。
「どうしたの?」
「……」
櫻宮様の視線の先にはアノ人がいる。
あぁ、さっきのがよっぽど怖かったんだね。でもって、現在進行形でアノ人に対する苦手意識は続いている、と。
だよね。めちゃくちゃ分かるよ、その気持ち。根本は違うかもしれないけど、苦手なのは一緒。子供のいたいけなハートを脅かした重罪人だ。
「……て、つなご?」
「んっ」
お、おうっ。やっぱり可愛えぇんよ、もうっ!
さすがは、そんじょそこらではなかなかお目にかかれないほどの美形っぷりな帝様や綾芽の兄弟。安心してちょっぴりはにかんで見せた笑顔がもんのすごく可愛い櫻宮様に、危うく大きな声を出してしまうところだった。
危ない危ない。せっかくあちらから寄ってきてくれたのに。こんな吊り橋効果的なこと、滅多にあるもんじゃない。
……そうなると、アノ人が一緒に来てくれることになって、私的にも良かったってこと? うーん。素直に認めたくないけど、認めざるをえないぃぃっ。
内心、頭を抱え地団太を踏みつつ外に出る。すると、ちょうど綾芽と海斗さんが門から入ってくるところだった。
「帰ったでぇー」
「おー、瑠衣……っと」
瑠衣さんと一緒にいるおばあさんに気づき、すぐさま二人も頭を下げて挨拶をする。挨拶と雑談もそこそこに、二人は私達の傍まで小走りでやってきた。
「二人とも余所行き着て、どないしたん?」
「ふふっ。この子達の一日、私達がいただくわ」
瑠衣さん。ちょっと言い方が…ササ…女怪盗みたいでかっこいいねっ!
「じだいげきでもね、いたんだよ? しゅじんこうのぎぞくとね、えものをかけてしょうぶするの。うんどうしんけいもすごくってね。いえのやねをスタタタタって」
……あ、いつのまにか口に?
ごめんなさい。お話続けて? 私、おくちチャック。
「今日は懇意にしている呉服屋さんと人形店へ行こうかと。……そうそう、確か、貴方の御実家が」
おばあさんが海斗さんの方を見て、小首を傾げた。すると、自然と櫻宮様以外の視線が海斗さんに集中しだす。
そういえば、海斗さんの実家は大きな呉服屋さんだって言ってたなぁ。
「……あ、あぁー。そういう」
本人も瞬時に状況を察したらしい。
口元がこれでもかというほど引きつっていった。
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