上 下
267 / 314
心の中で舌を出す

2

しおりを挟む

 なにはともあれ、瑠衣さんもちゃんと事前に許可をとれた。これで最大の問題が消えたことになる。
 
 ――ただ。

 隣に立つ神坂さんをそっと見上げる。服もちょっとだけ摘まんだ。

 神坂さんのお誘いは断ったのに、瑠衣さん達のは受けるんだもん。不愉快ふゆかいな気持ちになってない? 大丈夫? 

 そう聞こうとすると、それよりも早く、神坂さんが何かに気づいたようにパッと表情を明らめた。ポンポンっと私の頭をごく軽くたたくと、腰を私の目線と同じになるほど曲げてくる。


「大丈夫、安心していいよ。今日のおやつはちゃんととっておくように、俺から薫さんに言っておくから」
「えっ? あっ! ありがとうございましゅ。……じゃなくて、いや、それもだけど」
「あと、いつも遊びに行くときに持って行ってるリュック取ってこようか?」
「りゅっく……んーん。じぶんでもってくる」


 なんだか、不愉快っていうより……むしろ嬉しそう?
 私よりも前のめりになって出かけさせようとしてる気がする。

 ……まぁ、いっか。神坂さんが悪い気がしていないのなら。
 
 さて、そうと決まれば後は出かける準備だ。うさちゃんリュックを持ってこねば。これ以上待たせるのも悪いから、縁側から直接部屋に……。

 ……ん?


「あら、もう一人?」


 瑠衣さんのおばあさんが、私の姿を目で追いかけていたらしい。
 わずかに開けた障子の狭間からこちらをのぞく姿に、目元をほころばせた。


「可愛いわねぇ。男の子? 女の子かしら?」
「なに? 雅ちゃん以外にも預かるようになったの?」


 二人の問いには答えず、夏生さんと神坂さんがバッと勢いよく後ろを振り向く。
 この屋敷内で子供と言われて思い浮かぶ面子は限られてくる。私と、千早様。でも、今、彼はいない。そうなると、残りは最近増えた新顔のだけ。

 私と神坂さんが出かける時にはお昼寝タイムに突入していた櫻宮様が起き上がり、こちらをじっと見つめていた。


「ねぇ、あなたも一緒にお出かけ、する?」
「……でも、あの子、どこかで」
「わーっ! ちょ、ちょっとまってて!」


 夏生さんを引っ張り、縁側を駆け上がって部屋の障子をぴしゃりと閉めた。


「おばあさん、さくらのみやさまのちいさいころのこと、しってる!」
「大きな声出すんじゃねぇっ」
「……ん。むぐぐ」


 口元を塞がれ、仕方ないからコクコクと頷いて意思表示をする。

 あのね、いっつも思うけど、子供の顔に対して大人の、それも男の人の手って大きいんだよ。だからね、口を塞ごうとしたら自然と鼻まで塞いでいる時もあるってことを自覚してほしい。
 
 手首のところをぺちぺちっと叩くと、ようやく離してくれた。

 しっかし、どうしたものかなぁ。
 小さくするにしても、別の姿にするとか配慮はいりょってものを……皇彼方ヤツに求めても無駄むだかぁ。そうだよなぁ。無駄なんだよなぁ。なにせ人の話すら聞かないんだもの。配慮なんて気の利いたことができるなら人の話だって聞けるはずだもんなぁ。

 今のところ、櫻宮様のことを知っているのは東のお屋敷の皆と、帝様に橘さん、あとは昨日あの場にいた幹部の人達だけ。ただ、おばあさんの年代ともなると、櫻宮様の同じ年頃の時のことを覚えていたとしてもおかしくはない。だから、外に出る時なんかは今が冬なのをこれ幸いと、マフラーやら帽子やらで上手いこと隠し、外部の人にバレるのを防いでいた。

 それももう過去のこと。今はしっかりばっちり見られている。しかも、瑠衣さんも一緒に。これじゃあ、後で誤魔化しようもない。


「ふむ。その童のこと、知られてはまずいのか?」


 声がすると同時に、アノ人が部屋に僅かに生じた暗がりから姿を現した。
 まるで本物の幽霊ゆうれいみたいな登場の仕方に、櫻宮様の身体がびくっとふるれる。しかも、現れた無表情の男がそのままじっと自分を見下ろしてくるのが怖くてたまらないらしい。すっかりその場で固まってしまった。その姿は、まるでへびにらまれたかえる状態だ。

 ……ちょっと、こっちこっち。

 夏生さんの手をひき、櫻宮様がアノ人の視線の先から消えるよう夏生さんに立ってもらう。そのまま私も一緒に夏生さんの背に隠れた。さっきの登場の仕方、私もちょっぴり怖かったから、その意趣いしゅ返しだ、なんてことはない。


「……あぁ、まぁ、な」


 夏生さんは私達二人にちらっと視線を寄越した後、すぐにアノ人へ向き直った。


「どうにかできるか?」
「ふむ。……二冊で手を打ってやる」
「……仕方ねぇな。念のために先に聞いとくが、どうするつもりだ?」
「なに、別の童の姿に見えるようにすればいいだけのこと」
「……はぁ。簡単そうに言ってくれる。が、まぁ、悪かねぇな」


 大人だけで話がどんどん進んでいく。
 二冊がなんのことなのかさっぱりだけど、どうやらそれを対価にアノ人がどうにかしてくれるらしい。それは良いことだ。皆が助かる。

 ――でも。


「なんか、わたしよりたよりにされてる」
「んなこたぁどうだっていいんだよ。ほれ、良い子にしとけよ?」
「……で、でもさでもさっ!」


 話はついた。
 そう決着づけた夏生さんが障子に手をかけた瞬間、服の裾を握って止めた。


「なんだ?」
「んっと、みやさまもいっしょにいっていいの? ほら、けいびとか」


 要人の外出には警備の問題がつきものだ。いくら身元バレする確率が限りなくゼロに近づくとはいえ、宮様は宮様。護衛がつかないというのはありえない。

 それに、私としても、色々と知ってしまった後じゃあ、対応に困る。蒼さんにやったコトは許せない。けど、記憶がまっさらな子供時代に戻っているなら、邪険じゃけんにするのもなんか違う気がするのも確か。……肝心かんじんの本人に嫌われてるんじゃないかって心配ももちろんある。

 けれど、返ってきた夏生さんの答えは実にあっさりしたものだった。


「大丈夫だろ」
「……ほんとに?」
「ん」


 夏生さんがあごでしゃくって見せた先には、黒髪黒目のアノ人の姿。つまり、普通の人にも見えるように顕現けんげんしているアノ人が腕組みをして立っている。

 “使えるモノはなんでも使え”
 普段からそう言ってる夏生さんらしいといえばらしい。

 確かに、これ以上ないくらいの護衛ではある、かもしれない。けど、私の記憶違いじゃなければ、この人、櫻宮様のこと攻撃しようとしてましたよ? それで護衛って、大丈夫なの? 護衛の基準ゆるすぎない?

 うんうん一人でうなっていると、背を押され、玄関まで来てしまった。いつの間にか縁側で脱ぎ捨てたくつも回収されており、ちょこんとそろえて置いてある。

 ……もう、背に腹は代えられないのかもしれない。
 だって、櫻宮様は出かける準備を着実に整えつつある。いつの間にと思うけど、考えてみれば私も玄関先にいつでも出かけられるようにマフラーと手袋、上着をかけられる場所を用意してもらっている。櫻宮様の分も、もちろんその用意があった。

 そうこうしているうちに、いつになくご機嫌な櫻宮様は靴をこうとし始めている。べりべりっとがして履いたらまたべりっとくっつけるマジックテープの子供靴だから、履けないとぐずることもなくすぐに準備は整った。

 ここまで来たら、一緒に行くという選択肢せんたくししか残されていないだろう。
 なにせ、他でもない、この東のトップが許可を出したのだから。

 観念した私が靴を履いていると、アノ人も草履ぞうりに足をかけるのを見た櫻宮様がそっと私の服を握ってきた。


「どうしたの?」
「……」


 櫻宮様の視線の先にはアノ人がいる。

 あぁ、さっきのがよっぽど怖かったんだね。でもって、現在進行形でアノ人に対する苦手意識は続いている、と。
 だよね。めちゃくちゃ分かるよ、その気持ち。根本は違うかもしれないけど、苦手なのは一緒。子供のいたいけなハートをおびやかした重罪人だ。


「……て、つなご?」
「んっ」


 お、おうっ。やっぱり可愛かわえぇんよ、もうっ!

 さすがは、そんじょそこらではなかなかお目にかかれないほどの美形っぷりな帝様や綾芽の兄弟。安心してちょっぴりはにかんで見せた笑顔がもんのすごく可愛い櫻宮様に、危うく大きな声を出してしまうところだった。

 危ない危ない。せっかくあちらから寄ってきてくれたのに。こんなり橋効果的なこと、滅多にあるもんじゃない。

 ……そうなると、アノ人が一緒に来てくれることになって、私的にも良かったってこと? うーん。素直に認めたくないけど、認めざるをえないぃぃっ。
 
 内心、頭を抱え地団太じだんだみつつ外に出る。すると、ちょうど綾芽と海斗さんが門から入ってくるところだった。


「帰ったでぇー」
「おー、瑠衣……っと」


 瑠衣さんと一緒にいるおばあさんに気づき、すぐさま二人も頭を下げて挨拶をする。挨拶と雑談もそこそこに、二人は私達の傍まで小走りでやってきた。


「二人とも余所よそ行き着て、どないしたん?」
「ふふっ。この子達の一日、私達がいただくわ」


 瑠衣さん。ちょっと言い方が…ササ…女怪盗かいとうみたいでかっこいいねっ!


「じだいげきでもね、いたんだよ? しゅじんこうのぎぞくとね、えものをかけてしょうぶするの。うんどうしんけいもすごくってね。いえのやねをスタタタタって」


 ……あ、いつのまにか口に? 
 ごめんなさい。お話続けて? 私、おくちチャック。


「今日は懇意こんいにしている呉服ごふく屋さんと人形店へ行こうかと。……そうそう、確か、貴方の御実家が」


 おばあさんが海斗さんの方を見て、小首を傾げた。すると、自然と櫻宮様以外の視線が海斗さんに集中しだす。

 そういえば、海斗さんの実家は大きな呉服屋さんだって言ってたなぁ。


「……あ、あぁー。そういう」


 本人も瞬時に状況を察したらしい。
 口元がこれでもかというほど引きつっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

わかったわ、私が代役になればいいのね?[完]

風龍佳乃
恋愛
ブェールズ侯爵家に生まれたリディー。 しかしリディーは 「双子が産まれると家門が分裂する」 そんな言い伝えがありブェールズ夫婦は 妹のリディーをすぐにシュエル伯爵家の 養女として送り出したのだった。 リディーは13歳の時 姉のリディアーナが病に倒れたと 聞かされ初めて自分の生い立ちを知る。 そしてリディアーナは皇太子殿下の 婚約者候補だと知らされて葛藤する。 リディーは皇太子殿下からの依頼を 受けて姉に成り代わり 身代わりとしてリディアーナを演じる 事を選んだリディーに試練が待っていた。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

俺を追い出した元パーティメンバーが速攻で全滅したんですけど、これは魔王の仕業ですか?

ほーとどっぐ
ファンタジー
王国最強のS級冒険者パーティに所属していたユウマ・カザキリ。しかし、弓使いの彼は他のパーティメンバーのような強力な攻撃スキルは持っていなかった。罠の解除といったアイテムで代用可能な地味スキルばかりの彼は、ついに戦力外通告を受けて追い出されてしまう。 が、彼を追い出したせいでパーティはたった1日で全滅してしまったのだった。 元とはいえパーティメンバーの強さをよく知っているユウマは、迷宮内で魔王が復活したのではと勘違いしてしまう。幸か不幸か。なんと封印された魔王も時を同じくして復活してしまい、話はどんどんと拗れていく。 「やはり、魔王の仕業だったのか!」 「いや、身に覚えがないんだが?」

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...