ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

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在りし日を思ふ

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 泣いた後だからか、目がヒリヒリする。

 目を大きく開けてやり過ごそうとしていると、少し離れた所にいるカミーユ様達の姿が目に入った。正直、二人の攻撃の火消しに回っている男の人がいなければ、辺りははちの巣火の海待ったなしだっただろう。
 
 じっと二人の方を見つめる私に、綾芽は黙って私を抱き上げた。好奇心はなんとやらで、フラフラと近寄っていきそうだと思ったのかもしれない。そんなおろかな挑戦ちょうせんはしないし、なんなら綾芽と葵様の間で手をつないでおきたかったというのに。

 まぁ、これはこれで悪くない。勝手知ったる腕の内。居心地のいいポジションを探るべく、ごそごそと身動みじろぎしてまわる。

 よしよし、見つけた見つけた。


「あぁ、まずいな」


 突然、そんな不穏ふおんきわまりない声が聞こえてきた。
 顔をあげると、それまで苦笑ぎみにしつつも、粛々しゅくしゅくと事態の対処にあたっていた男の人の表情がくもっている。そして、隣に立つ葵様も同じく。

 カミーユ様と皇彼方の力を己の力で相殺そうさいできるような実力者が、思わず口に出してしまうほど“まずい”という状況。それは、私だったらまず間違いなく“とてつもなく”という副詞がもれなくついてくるっていうのに。

 ……ん、んー、あれだね。よく聞こえた空耳だ。 
 最近、このちっこい耳のさらにちっこい鼓膜こまくで大音量で聞くことが多くなってきたからなぁ。ちょっと今度、耳鼻科、行ってみよっかなぁー……なんて。

 ピリッとした空気に、たまらず綾芽の服をきゅっと握りしめた。


「あの、何がまずいんです?」
「その子の御父上がすぐそこに来てて、娘を返せと激昂げっこうしかけてるんだよ。あと、君のお仲間も一緒だぞ」


 そっと、握りしめていた手を離した。

 いや、別に重大な何かが起こって欲しかったとかではない。そろそろ二人のフォローができるだけの力がきてきたとか、元老院に何か異変があってそれを察知したとか。そんなことはそもそも望んでない。

 でも、なんかちょっと……またアノ人の暴走ですか迷惑かけてごめんなさい感が強くってですね。

 思わず、“ハウス”なんて犬をしつける時みたいなことを思ってしまった。まぁ、飼ったことないから使い時とか分かんないけど。
 “ステイ”? いやいや、言葉は合ってる。どうぞそのままお帰りください。

 ピンと張られた緊張の糸も一瞬でだるんだるんにゆるんだ。いや、まだ皇彼方がいる時点で緩ませちゃいけないんだろうけど、緩んでしまったものはしょうがない。


「綾芽さん」


 すっと居住まいを正した葵様が綾芽の名を呼んだ。


「未来が視える者から言われると皮肉に聞こえるかもしれませんが。貴方や周りの方々が、雅ちゃんと素敵な未来を、良い思い出を抱えきれないほど沢山たくさん作れるよう祈っています。心の底から、本当に」
「……善処ぜんしょしますわ」


 目をせる葵様に、綾芽は短くそう返した。


すばる
「あぁ。……おい、カミーユ!」
「そんなっ! まだまだ遊び足りないよ!」
「俺がどれだけカバーに入ったと。もう十分だろ? ほれ、仕事だ仕事!」
「やれやれ。第一の長殿は人使いが荒い」
「残念ながら、俺達は人じゃないんでな。多少は荒くもなる」


 仕方なしといった感じを全面に押し出したカミーユ様は、その場で攻撃の手を止めた。肩をすくめ、首を左右に軽く振る。

 と、思いきや、いつの間にかカミーユ様の姿は皇彼方のすぐ後ろにあった。おまけに、あっという間にヤツの腕をひねり上げてもいる。

 ――じゃらじゃらっ

 んん? なんだろう? 今、なんか金属がぶつかり合う音が。

 まるで、重い鎖を……って、あぁ、もしかすると不可視の鎖なのかもしれない。葵様も男の人もカミーユ様も、その音に関しては何の注意も向けていないし。きっと、それを使って皇彼方を捕縛するつもりなんだろう。

 が、話はそう簡単にいかなかった。

 カミーユ様が後ろに回り込めたということは、それまで互角に渡り合っていた皇彼方にもそれができるということだ。

 ヤツの場合、回り込むだけではない。トンットンッと軽やかに跳躍ちょうやくし、カミーユ様だけでなく男の人からも間合いをとった。

 それに加え、もう一つ良くないことに……。


「ちょっと待った!」


 男の人がさっと手を伸ばし、何かを必死に取りつくろおうとしている。

 そちらを見ると、周囲をおおっている結界の一部に亀裂きれつができ始めていた。それは段々大きく広がっていき。


「待った待った! ……あぁー」


 終いにはガラスが地面に叩きつけられた時のような音がして、男の人が張ってくれていた結界は粉々に解かれてしまった。先程まで結界の外側だった所には、男の人が言っていた通り、アノ人と夏生さん達がそろって仁王立ちしていた。


「我が娘を返せ」


 アノ人の白銀の髪が、漏れ出る力の影響でゆらりと持ち上がっていく。心なしか、夏生さん達の背後にも見えないはずの炎雷が見える気がする。

 アノ人だと思った私が皇彼方にホイホイとついて行ったということを、アノ人はもう承知しているんだろう。その怒気は、自分を一時結界の外に締め出していた男の人ではなく、皇彼方一人に向けられていた。


「そんなに怒らないでくれると嬉しいな。それにほら、僕の傍にはもういないんだから」
「一度ならず、二度までも。よほど命がしくないとみえる」
「今はまだ惜しいよ。だからそんなに怒らないでって。今日は本当にいいことを教えに来ただけだから」


 けれど、“本当にいいこと”なんてアノ人には関係ない。
 そりゃそうだ。この人も皇彼方もゴーイングマイウェイ。我が道を行くタイプだもの。

 今だって、とりあえず皇彼方の話を聞いてみるという判断を下した夏生さんの迅速な指示の下、劉さんと海斗さんが両側から羽交はがめにしなければ何をしでかしていたことか。
 
 それでも、お母さんから夏生さん達のことを何かと言われているんだろう。珍しく分かりやすいほど怒気をあらわにしていたというのに、二人の手を降ろさせるだけで場をおさめた。
  
 ――そこにいる先見は物事の中間をはぶいて教えているから、僕がそれを補完してあげよう。

 そう上から目線でのたまった皇彼方は薄く笑った。


「少し前から、僕はまつりごとの中心にいる一部の人間に協力していてね」
「協力? はっ。利用の間違いだろ」
「海斗、黙っとけ」


 夏生さんには叱られてしまったけど、海斗さんの言うことはこれっぽっちも間違いじゃない。むしろ、ドがつくほどの正論。さすがは東の頼れる兄貴分。ここぞという時は以心伝心かと思うほど、私が言いたいことを言ってくれる。

 それに、ヤツも表情をくずさず、すぐに反論をしなかった。やっぱりだ。
 

「彼らが求めているモノ、君は何だと思う?」
「……はぐらかさずにとっとと言ったらどうだ」


 夏生さんの眉間に深いしわが寄る。短気な夏生さんにしては随分ずいぶんとこらえている方だ。綾芽や海斗さんが同じことしたら、即鉄拳制裁の後、言葉が返ってくる。

 不適に笑う皇彼方の口が再び開かれるのを、皆で待った。



「彼岸の住人を此方こちら側に戻すこと、だよ」



 それは、つまり。

 “死者の蘇生”

 人間も人外も関係ない。等しく絶対にゆるされることのない行為だった。
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