258 / 314
在りし日を思ふ
6
しおりを挟む□ □ □ □
太陽が地平線から昇ってくる。
カーテン越しに外を覗き込むと、東の空が鮮やかな朝焼けに染まっているのが見えた。この景色はほんの束の間のもの。しばらくの間、その美しさを何を考えるでもなく、ただぼうっと眺める。
――お前のお父上や蛇神様、そしてお前以外は皆人間だ。つまり、年齢順を考えずとも当然お前よりも先に逝ってしまう。
ふと、誕生日におじいちゃんから言われた言葉を思い出してしまった。暁の、その一種の儚さに引きずられたんだろう。
……駄目だ駄目だ。
こんな憂鬱な気分のままだと、きっとろくでもないことになるに違いないもの。
気持ちを無理にでも切り替えるため、首を二、三度左右に振る。そして、頬杖をとき、後ろを振り返った。
今いる和室は離れの一室なんだけど、布団が二組、並び敷かれたままである。一組目は抜け殻になった私用の布団。もう一組の布団では、この離れの主である巳鶴さんがまだ寝ている。
巳鶴さんは徹夜が平気な分、一度でも寝てしまうと朝に極端に弱い。そんな彼のことだから、目を覚ますのはまだ当分先になるだろう。全く身じろぎもせず、ちゃんと息をしているか心配になるくらい寝相がいい。
そんな巳鶴さんを起こしてしまわないよう静かに着替えを済ませ、そっと離れを出た。きょろきょろと周囲を見渡し、辺りに人がいないことを確かめながら足を進める。
珍しいことに、今日は一人も朝稽古をしている人がいない。いつもは数人は素振りやら筋トレストレッチをしている人がいるっていうのに。
……私ってば、もしかしたら今日はすっごくツイてる日なのかもしれない。
最近大変だったけど、いい子にしてたからだと思うのよ。いい子にしてるのって、ほんと大変なんだから。ふぅ。とか、言っちゃってみたりして。なぁんてね。
そうやって自分で自分のテンションを上げていたけれど、それにも待ったがかかってしまった。
「どこへ行く?」
声をかけられて初めて気が付いた。すぐ目の前に、薄浅葱色の羽織を肩に掛けたアノ人が立っている。まるで私が出てくるのを待っていたかのような絶妙なタイミングだった。
普段の私なら、スルーするか、嫌悪感も露わに威嚇する。
だがしかし、好き嫌いを別にすれば、今日、私は本当にツイてる日らしい。アノ人の全身を下から上から下へと視線を往復させる。
今、アノ人の髪の色は白銀、瞳の色は紅眼。これが本性なのかは定かじゃないけれど、少なくとも人前に姿を見せる時の黒髪黒眼ではない。
つまり、今、あえて見せようとしない限り、この人は他の人には姿が見えないし、声も聞こえない。
「……しーっ」
「……」
最初の予定というか作戦では、ここを出る時、門の所では姿を消していけばいいと思ってた。私も頑張って修行をしている身。基本的なことかつ短時間であればそう消耗することもなくなってきたから。
――でも、この人が一緒なら。
「せーりゅーしゃにいくの。こっそりいける?」
「あの社の神に会いに行くのか?」
「ううん。げんろーいんのかみーゆさまが、もんのところでおはなしがあるって」
「……ふむ」
アノ人はそれだけ言うと、顎に人差し指をあて、何事か考え始めた。
早くしないと、もう朝日は昇り始めてる。カミーユ様も忙しい身だ。そう長くは待ってくれないだろう。それに、巳鶴さんはよくても、なかなか起きてこない私を怪しむ人が出てきてしまうかもしれない。
「いける?」
服を引っ張り、彼の顔を仰ぎ見る。もう一度問いかけた私に、アノ人は私の身体を抱え上げた。
「そのようなこと、我にとっては造作もなきこと。そなたは……」
アノ人はそう言った後、言葉を途切れさせた。
「いや、なんでもない。では、参るとしよう」
「ん。……おねがいしましゅ、おねがいします」
食い気味で噛んだ言葉を言い直す。
何を考えているのか、アノ人がじっと私のことを見下ろしてきた。
そんな見られるようなこと、何もありませんでしたけど、何か?
その後すぐ、私とアノ人は東のお屋敷から青龍社へと転移した。
「……行ったか」
「はい」
「ふん。俺達を出し抜こうなんざ、五十年早いわ」
柱の影から現れた夏生さんと窓から顔を出した巳鶴さんが、そんな恐ろしい会話をしていたことさえ知らずに。
0
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!
京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。
戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。
で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
刻の短刀クロノダガー ~悪役にされた令嬢の人生を取り戻せ~
玄未マオ
ファンタジー
三名の婚約者候補。
彼らは前の時間軸において、一人は敵、もう一人は彼女のために命を落とした騎士。
そして、最後の一人は前の時間軸では面識すらなかったが、彼女を助けるためにやって来た魂の依り代。
過去の過ちを記憶の隅に押しやり孫の誕生を喜ぶ国王に、かつて地獄へと追いやった公爵令嬢セシルの恨みを語る青年が現れる。
それはかつてセシルを嵌めた自分たち夫婦の息子だった。
非道が明るみになり処刑された王太子妃リジェンナ。
無傷だった自分に『幻の王子』にされた息子が語りかけ、王家の秘術が発動される。
巻き戻りファンタジー。
ヒーローは、ごめん、生きている人間ですらない。
ヒロインは悪役令嬢ポジのセシルお嬢様ではなく、彼女の筆頭侍女のアンジュ。
楽しんでくれたらうれしいです。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる