ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅

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在りし日を思ふ

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□ □ □ □


 太陽が地平線から昇ってくる。

 カーテン越しに外をのぞき込むと、東の空があざやかな朝焼けに染まっているのが見えた。この景色はほんのつかの間のもの。しばらくの間、その美しさを何を考えるでもなく、ただぼうっとながめる。

 ――お前のお父上や蛇神様、そしてお前以外は皆人間だ。つまり、年齢順を考えずとも当然お前よりも先にってしまう。

 ふと、誕生日におじいちゃんから言われた言葉を思い出してしまった。あかつきの、その一種のはかなさに引きずられたんだろう。

 ……駄目だ駄目だ。
 こんな憂鬱ゆううつな気分のままだと、きっとろくでもないことになるに違いないもの。

 気持ちを無理にでも切り替えるため、首を二、三度左右に振る。そして、頬杖ほおづえをとき、後ろを振り返った。

 今いる和室は離れの一室なんだけど、布団が二組、並び敷かれたままである。一組目は抜けがらになった私用の布団。もう一組の布団では、この離れの主である巳鶴さんがまだ寝ている。

 巳鶴さんは徹夜てつやが平気な分、一度でも寝てしまうと朝に極端に弱い。そんな彼のことだから、目を覚ますのはまだ当分先になるだろう。全く身じろぎもせず、ちゃんと息をしているか心配になるくらい寝相がいい。

 そんな巳鶴さんを起こしてしまわないよう静かに着替えを済ませ、そっと離れを出た。きょろきょろと周囲を見渡し、辺りに人がいないことを確かめながら足を進める。

 珍しいことに、今日は一人も朝稽古げいこをしている人がいない。いつもは数人は素振りやら筋トレストレッチをしている人がいるっていうのに。

 ……私ってば、もしかしたら今日はすっごくツイてる日なのかもしれない。
 最近大変だったけど、いい子にしてたからだと思うのよ。いい子にしてるのって、ほんと大変なんだから。ふぅ。とか、言っちゃってみたりして。なぁんてね。

 そうやって自分で自分のテンションを上げていたけれど、それにも待ったがかかってしまった。


「どこへ行く?」


 声をかけられて初めて気が付いた。すぐ目の前に、薄浅葱あさぎ色の羽織を肩に掛けたアノ人が立っている。まるで私が出てくるのを待っていたかのような絶妙なタイミングだった。

 普段の私なら、スルーするか、嫌悪感もあらわに威嚇いかくする。

 だがしかし、好き嫌いを別にすれば、今日、私は本当にツイてる日らしい。アノ人の全身を下から上から下へと視線を往復させる。

 今、アノ人の髪の色は白銀、瞳の色は紅眼。これが本性なのかは定かじゃないけれど、少なくとも人前に姿を見せる時の黒髪黒眼ではない。
 つまり、今、あえて見せようとしない限り、この人は他の人には姿が見えないし、声も聞こえない。


「……しーっ」
「……」


 最初の予定というか作戦では、ここを出る時、門の所では姿を消していけばいいと思ってた。私も頑張がんばって修行をしている身。基本的なことかつ短時間であればそう消耗しょうもうすることもなくなってきたから。

 ――でも、この人が一緒なら。


「せーりゅーしゃにいくの。こっそりいける?」
「あの社の神に会いに行くのか?」
「ううん。げんろーいんのかみーゆさまが、もんのところでおはなしがあるって」
「……ふむ」


 アノ人はそれだけ言うと、あごに人差し指をあて、何事か考え始めた。

 早くしないと、もう朝日は昇り始めてる。カミーユ様も忙しい身だ。そう長くは待ってくれないだろう。それに、巳鶴さんはよくても、なかなか起きてこない私をあやしむ人が出てきてしまうかもしれない。


「いける?」


 服を引っ張り、彼の顔をあおぎ見る。もう一度問いかけた私に、アノ人は私の身体を抱え上げた。


「そのようなこと、我にとっては造作もなきこと。そなたは……」


 アノ人はそう言った後、言葉を途切れさせた。


「いや、なんでもない。では、参るとしよう」
「ん。……おねがいしましゅ、おねがいします」


 食い気味でんだ言葉を言い直す。
 
 何を考えているのか、アノ人がじっと私のことを見下ろしてきた。

 そんな見られるようなこと、何もありませんでしたけど、何か?

 その後すぐ、私とアノ人は東のお屋敷から青龍社へと転移した。


「……行ったか」
「はい」
「ふん。俺達を出し抜こうなんざ、五十年早いわ」


 柱の影から現れた夏生さんと窓から顔を出した巳鶴さんが、そんな恐ろしい会話をしていたことさえ知らずに。
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