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在りし日を思ふ

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□ □ □ □


 目を覚ますと、天井でも海斗さんや疾風の姿でもなく、あおい双眼が真っ先に飛び込んできた。その双眼の片方には片眼鏡モノクルがかけられている。


「やぁ、お目覚めだね」
「……」


 一瞬頭がついていかなくて、恐怖云々うんぬんの前に固まってしまった。

 ――カミーユ様だ。

 頭がようやっと理解すると、疾風の身体と海斗さんの服をさっと掴む。もう、反射的なまでの素早さで。


「君が選んだ未来への束の間の旅、どうだったかな?」


 カミーユ様は私のそんな不躾ぶしつけともとれる態度を見逃してくれるらしい。薄い唇から出てきた言葉はそれをしかるものではなかった。顔に浮かぶ表情も微笑みのソレだ。

 けれど、カミーユ様が口にした言葉は、私の頭頂部へ見えない拳を正確に振り下ろした。

 その選ぶ云々うんぬんって話は、夢の中で青龍社の神様に言われたことと同じこと。
 ということは、あれは……夢、じゃ、ない?

 ざらりと、嫌な感じが全身をまるで蛇のようにいまわる。

 カミーユ様が本当に未来を見せることができるかどうかは分からない。でも、この人だったらやってみればできてしまう気がする。

 ……落ち着け。落ち着くんだ。どうだったもなにも、あんな未来、私は絶対に選ばない。絶対に、だ。だから、あんな未来は訪れない。訪れさせない。

 ――いや、待って? 待って待って?
 選んだ・・・ということは、そうじゃない未来もあるってことで。


「……わたしが、えらんだ?」


 私は期待を込め、少しだけ、ほんの少しだけ身を乗り出し、蒼眼を真正面から見つめ返す。手はまだ疾風と海斗さんを掴んだままだ。

 カミーユ様は目を細め、口角をあげた。

 そして、カミーユ様が再び口を開き、何かを言いかけた時――。


「なんや、ここにおったん?」
「あやめ!」


 綾芽が障子の向こうから顔を覗かせた。
 海斗さんや疾風に伸ばしていた手を離し、素早く立ち上がり駆け寄る。

 外にいたせいか、身体はそれほど温かくないけれど、確かに生きている・・・・・


「いつもなら子犬みてぇにキャンキャンとうるせぇ声で出迎えてくるくせに、それがないからいないのかと思ったぞ」
「……あぁ、まったく! 海斗さん! 起きなさい! それで炬燵で寝ていないという言い訳が通用すると思っているなら大間違いですよ!」


 ぎゅっと綾芽の身体に手を回して抱き着いていると、上から呆れ半分怒り半分の声が聞こえてくる。

 顔を向けると、綾芽の後から夏生さんと巳鶴さん、劉さんも戻ってきていた。

 みんなの方にも手を伸ばしたい気持ちはある。実際、伸ばしかけた。けれど、その手は再び綾芽の服を掴んだ。

 別に長く離れていたわけではないのに、綾芽から離れようとしない私。夏生さん達も何事かあったらしいと気づいたようだ。たがいに目を見合わせ、私を見下ろしてきた。


「……わっ!」


 綾芽に抱きあげられ、背中をポンポンと軽く叩かれる。


「えぇ子でお留守番しとったん?」
「……ん」


 この際だから、綾芽の胸に耳を押し当ててみた。トン、トンっと心臓が拍動はくどうしている音が聞こえる。命の音だ。

 大丈夫。まだ・・、大丈夫。


「どこか具合が悪いんですか?」
「んーん。だいじょーぶ」
「熱……は、ないようですね」


 巳鶴さんが私の額や首筋に手をあて、健康チェックをし始めた。別にどこかが悪いわけではないから、それも無事クリアする。

 一緒にいた海斗さんもようやく起き上がったところ。となると、皆の視線は必然的にカミーユ様へと集められた。


「おやおや。私が君達に話せることは何もないよ」
「そっちの事情がらみなのか?」
「こちらの? あぁ、まぁ当たらずとも遠からずというところかな」


 そう言いながら立ち上がったカミーユ様が、それとなく綾芽へ細めた目を向ける。


「じゃあ、君達も戻ってきたことだし、私も交代の時間だ。もう行くとするよ」
「あ、ちょっと待て!」


 てっきりいつものように赤色の大門を呼び出すのかと思ったけれど、そうではないらしい。カミーユ様が言い終えるのと同時くらいに一陣の突風が起きた。家の中だから威力いりょくこそおさえられているものの、目を開けていられないくらい強い。


「うわっ!」
「……っ!」


 綾芽が私の頭を抱え、その風との間に自分の身体をすべり込ませる。他の皆も腕で頭をかばったり、風にあおられる長い髪を押さえつけてその突風をやり過ごした。

 ――明後日あさっての朝日がのぼる頃、青龍社の鳥居とりい前で。

 風の音にまぎれ、カミーユ様の声が耳元でした気がする。


「……あっ! み、みやさまはっ!?」


 慌てて宮様が寝ていた方を見ると、一番近くにいた海斗さんが宮様の身体を掴んでいた。なんらかの力が働いていたのか、あれほど大きな音がしたというのに、宮様は目を覚ましておらず、すぅすぅと寝息を立てている。


「疾風。お前がいてくれて助かった」


 夏生さんが疾風の頭をき撫でる。その口ぶりからして、どうやら宮様を突風から守ったのは、海斗さんだけでなく疾風もだったらしい。


「今の音はっ!?」
「おい、大丈夫かっ!?」


 他の部屋からおじさん達が続々と顔を出してきた。


「心配すんな。誰も怪我はしちゃいねぇ」
「一体なんだったんです?」
「元老院の奴が帰り際に風を起こしやがったんだ」
「壊れたものも特にないようですね」
「あぁ。だが、怪我も壊れたものもないとはいえ、片付けはいるだろ。ったく。こっちの迷惑も考えろってんだ」


 風に煽られて飛ばされた物を拾い上げ始める夏生さん達。それを黙って見ている私を、綾芽も黙って見下ろしていた。
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